第2章 居場所
部屋に入った瞬間、少女は立ち止まった。
当然だと思う。
狭いワンルーム。
最低限の家具だけ。
生活感なんて、ほとんどない。
人を招く場所じゃない。
「……そこ、座れ」
適当に指さす。
ベッドの端。
それしかなかった。
少女は小さくうなずいて、そっと腰を下ろした。
音を立てないようにしているのが分かる。
気を遣っているんだろう。
「……名前は」
ふと聞く。
聞くつもりなんてなかったのに、口が動いた。
「……陽菜、です」
少し間をあけて、答えが返ってきた。
「……そうか」
それ以上、言葉は続かなかった。
沈黙が落ちる。
時計の音だけが、やけに大きく聞こえる。
「腹、減ってるか」
なんとなく聞く。
陽菜は、少し迷ってから——
小さく、うなずいた。
冷蔵庫を開ける。
中身はほとんどない。
適当に残っていたインスタントの食べ物を取り出して、
無言で準備する。
湯気が立つ。
それだけで、部屋の空気が少しだけ変わった気がした。
「……ほら」
テーブルに置く。
陽菜は一瞬ためらってから、
「いただきます」と小さく言った。
その言葉に、少しだけ驚く。
こんな状況でも、ちゃんとそう言うのか。
ゆっくりと食べ始める陽菜。
一口ごとに、少しずつ表情がほどけていく。
「……うまいか」
気づけば聞いていた。
陽菜は、ほんの少しだけ笑ってうなずいた。
その瞬間——
胸の奥が、わずかに揺れた気がした。
意味は分からない。
ただ、今まで感じたことのない感覚だった。
「……風呂、使うか」
ぶっきらぼうに言う。
「……はい」
それだけのやり取り。
それなのに、なぜか妙に落ち着かない。
陽菜が風呂に入っている間、
俺は窓の外を見ていた。
夜は、変わらず静かだ。
でも——
どこか、いつもと違う。
足元に目を落とす。
さっきのことを思い出す。
倒れた連中。
逃げていく背中。
……結局、また同じことをした。
「……チッ」
小さく舌打ちする。
変わるつもりなんてなかった。
そんな必要もなかった。
なのに——
あの声が、頭から離れない。
『やめてください』
風呂場のドアが開く音がした。
振り返る。
陽菜が、少しだけ安心したような顔で立っていた。
濡れた髪を気にしながら、こちらを見ている。
「……ありがとうございました」
小さな声。
でも、はっきりとした言葉だった。
「……別に」
いつものように返す。
それで終わるはずだった。
それでいいはずだった。
なのに——
「……ここに、いていいですか」
一瞬、時間が止まった気がした。
「……は?」
思わず聞き返す。
陽菜は目を逸らさずに、続ける。
「帰る場所、ないんです」
分かっていた。
さっきのやり取りで。
でも、言葉にされると、少し違う。
沈黙が落ちる。
断る理由はいくらでもある。
関わるべきじゃない。
面倒になるだけだ。
なのに——
「……好きにしろ」
気づけば、そう言っていた。
陽菜の表情が、ほんの少しだけ緩む。
「……ありがとうございます」
その言葉を聞いて、
なぜか胸の奥が、また揺れた。
理解できない。
したくもない。
でも——
部屋の空気が、少しだけ変わったのは確かだった。
それが“居場所”になるなんて、
このときの俺は、まだ知らない。




