絆が生まれた時
セツナは、しばらくしてゆっくりとクリスを寝かせると、おもむろに銃を拾った。
そして、それを躊躇なく自分のこめかみにあてた。
「! ちょっ!」
「終わり!」
驚いて止めようとするカリンを、セツナは制した。
「何もかも、終わったわ。 私とクリス様の旅はここで終わった。 結局何も残らなかった。 私達の道はここで終わったの」
「セツナ!」
「カリンさん、最後に目を覚まさせてくれて、ありがとう。 だけど私は、あなたのようにはなれない。 ただクリス様の足を止めることしか出来なかった。 でもこれで良かったのかもしれない。 私も、今まで何人もの幸せを奪ってきた。 罪は償います」
セツナは引き金に指をかけ、力を込めた。
パーーーーン!
銃声が森の中にこだました。 何羽かの鳥が木々から飛び立った。
「セツ……ナ……?」
目を見開くカリンの前には、セツナの手にからみつくコディの姿があった。
「コディ!」
シーノが驚きの声を上げると、コディの体はセツナの手から離れ、地面に落ちた。
急いで抱き起こしたシーノの腕の中で、コディは力なく体を預けた。
「何で出てきた!」
≪シーノ……≫
その胸に、丸く穴が開いている。 不思議と、穴の周りがぼやけて見える。 コディはか弱い声を出した。
≪もう誰も死んじゃいけない。 生きることは尊いことだから……≫
「コディ、セツナを助けようとして……?」
カリンが震えながら跪いた。
呆然と立っていたセツナが呟くように言った。
「コダマ……?」
見えないが、気配と二人の会話で感じたようだ。 彼女もまた、コディの傍に跪いた。
「私を……?」
≪人も森も同じ。 大切なものだ。 そんな大切な自分の命を捨てちゃだめだ≫
「コディ! だからってその身を使ってかばうなんて……!」
カリンの瞳から涙が零れ落ちている。 シーノも悲痛な思いでコディを抱えている。
「コディ! カカの木に行こう! きっとまた治してくれる!」
立ち上がろうとするシーノの腕を、コディはギュッと掴み、首を横に振った。
≪コディ、鉄とか鉛が苦手なんだ……≫
「こんな時に冗談言うなよ!」
重さを感じるハズのないコディの体が、とても重く感じられた。
「……ウソだろ? コディ! また遊ぼうぜ! もう悪い奴らは居なくなったんだ。 これから遊び放題じゃないか。 森の中、また一緒に走り回ろうぜ、なぁ!」
コディは力なく微笑んだ。
≪うん、楽しかったよ。 シーノ、カリン、それに、ロックス……≫
「ロックス! そう言えば、まだここに来てない!」
カリンが弾けたように顔を上げた。
コディは彼女の方を見た。
≪ロックスはちゃんと生きてる≫
その時、ガサガサッと草むらが揺れ、巨体が姿を現した。
その肩には、気を失ったような兵士が担がれている。
「「ロックス!」」
シーノとカリンが同時に声を上げた。
「まだちょこまかと兵士らがうろついててな、掃除していたら遅くなっちまった……! コディ!」
ロックスはシーノの腕の中のコディに気づいて驚いた。
そして、傍に跪いて呆然としているセツナにも気づくと、肩に担がれた兵士を放り投げ、剣を向けた。
「お前かぁ!」
カリンが急いで止めた。
「違うのロックス! セツナを守ろうとして、コディは……」
「何だって?」
状況を把握できず戸惑うロックスに、カリンが言った。
「詳しい話は後で。 とにかくコディを助けるのが先決よ!」
ロックスもまた、コディの傍に寄り添った。 その背中が真っ赤なことに気づいたカリンが驚いた。
「何、この出血!」
するとロックスは、
「こんなのは後でいい! コディの方が先だ!」
よく見れば、真っ青な顔をしているロックス。 心配に思いながらも、カリンはコディの方に向き直した。
「コディ! 何か手はないのか? 薬草とか、何か必要なものがあれば、言ってくれ!」
シーノは必死で声を掛けた。 今にも目をつむりそうな状態に、皆動揺していた。
コディは必死に薄目を開けて言った。
≪皆、ありがとう。 森は守られた。 カカの木も喜んでる。 これからも、森は人々を、動物達を見守る。 未来永劫、変わる事無く、見守り続ける≫
うわごとの様に呟くコディ。
そして、フウッと大きく深呼吸をすると、そのままゆっくりと息を吐きながら目をつむった。
安らかな眠りにつく子供のようだった。
「「「コディ!」」」
皆の声も空しく、コディの目が再び開くことはなかった。
そしてその体は、シーノの腕の中でフワンとぼやけ、次にジンワリと水の固まりになると、バシャンッと地面へとこぼれた。
「体が水に……?」
戸惑うシーノの足元が滲み出した。
そして、コンコンと湧き水があふれ出してきた。
「これは……」
動揺するロックスの言葉に、カリンが思い出すように言った。
「歌えば癒し、泣けば水晶、死して泉……」
「泉……」
シーノが呟いた。
「コディは、泉になって生き続けるのね。 ここに居て、私達を見守ってくれる……」
カリンが愛おしそうに湧き水をすくった。
まったく濁りの無い透明な水が、いつの間にか昇っている陽の光を反射して、キラキラと指の間を零れ落ちた。
それを見ながら、シーノは落ち着きを取り戻した。
「そうか、そういうことか!」
いきなりシーノが明るく言ったので、ロックスが怪訝な顔で聞いた。
「どういうことだよ、シーノ?」
シーノは嬉しそうに言った。
「この森に点々とある泉。 あれはきっと、歴代のコダマが眠る場所なんだよ。 何らかの事情でコダマが死んで、その後、またコダマが生まれる……」
カリンも微笑んだ。 その頬には、涙の後が付いたままだ。
「そうね。 次のコダマも、可愛くて面白い子がいいわね」
「はあん、そういうことか」
ロックスも納得したようにうなづいた。
シーノは立ち上がると、今度は真面目な声で言った。
「だけどこの泉は、俺たちにとって一番大切なコダマの眠る場所だ」
「ええ、私達にとっては特別な……」
カリンとロックスも頷いた。
三人は立ち上がると、目を合わせた。
その瞳には、固い絆が宿った事を意味する光が生まれていた。