新王国誕生
新王国コディアルが誕生して五年が経った。
サージヤ城を取り壊し、新しい城が森の中に建設された。
その整然とした緑豊かな庭の中央には、石の彫刻で綺麗に周りを囲まれた小さな泉があった。
コンコンと湧き出る水は、年中その潤いを保ち続けている。
その周りを、楽しそうな笑い声をあげながらグルグルと走り回る男の子。
まだ3歳になったばかりの元気なその子は、やがて近づいてきた父親の腕に抱かれた。
「こら。 あまり走り回ると、転んで怪我するぞ」
困り顔で言う父親は、シーノ・ソラーオ、その人だった。
しっかりと蓄えたヒゲが少し不釣合いだが、瞳に光る志は五年前と同じだった。
「おろして! おろして!」
もがく子の拳がシーノの頬に当たり、ひるんだうちにその腕をすり抜けた子供は再び走り去った。
「何であいつはあんなに元気なんだ?」
「あなたに似たのよ」
微笑みながら寄り添ったのは、カリンだった。
だいぶ成長して顔つきが女らしくなり、化粧も覚え、綺麗に着飾っている。
「コディにも似たのかもね」
そう言って笑うカリンの後ろに、赤髪のセツナが現れた。
「シーノ様、親衛隊一番隊隊長ロックスが広間に着きました」
「うん、分かった。 ありがとう、すぐ行くよ」
シーノが微笑んで答えると、セツナは一礼して城の中へと入って行った。
その後ろ姿を見送りながら、感心したように言った。
「しかし大したもんだよな、見えないのに、何で段差とか分かるんだろう?」
するとカリンはからかうように笑った。
「セツナはあなたと違って神経を研ぎ澄ませてますからね。 それにしてもあの時、声を掛けて正解だったわね。 結構しっかりしているし、頼りになるし」
「んだよ! お前だって、自分のドレスにつまずいてたじゃねーか!」
「なによっ! あなただって自分のマント踏んでたくせにっ!」
小競り合いをする2人の間に愛息が割り込み、見上げた。
「ボクも入れて」
純粋で眩しい笑顔は、喧嘩を治めるのには充分すぎた。
「あぁ、パパはこれから仕事だから、ママと遊んでもらいなさい」
そしてグリグリッと頭をなでて頬にキスをすると、カリンに
「じゃ、行ってくる」
と声を掛け、城へと入っていった。
庭に残されたカリンは、しゃがんで息子と同じ視線になると、にっこりと微笑んだ。
「あなたにも話さなくてはね。 パパが守ったこの国と森のこと。そして、この泉のこと」
「?」
きょとんとする顔は、純粋なあのコディを思い出す。
シーノはこの国の王になった。
クリスが思い描いていたような、権力で人を押しつぶすソレではなく、シーノが大好きだった町の人々や森が幸せであるように。 そう願いながら、共に過ごすことを選んだ。
もうすぐこの庭も開放する。
この城の大抵の場所から、泉を見ることができる。
吹き抜けた広間の柱の隙間を、森の香りがする風が流れ渡る。
親衛隊一番隊隊長となったロックスは、今での兵の一番前に立って剣を振るっている。
動いていないと気が済まないのは、今でも同じのようだ。
そんなロックスもまた、シーノの横で泉を見つめていた。
「なんだか、夢を見ていたような気がする」
「あぁ、目まぐるしかったからな。 全てが大きく変わった」
「苦しくはないか?」
ロックスは泉を見つめたまま言った。 シーノは、彼の言いたい事を理解した。
「正直、今の俺には重すぎるよ。 だけど、俺は一人じゃない。 カリンも、息子も、お前も居てくれるし、セツナや家臣たちも頼りになる。 皆と一緒に乗り越えて行けると思ってる」
「強くなったな、シーノ」
シーノは照れたように鼻をすすった。 そんな所はまだ幼い。
「違うさ。 皆のおかげだ。 それに……」
泉は陽の光に彩られて輝いている。
「コディのおかげだ」
ロックスはたいした意見だ、と一息ついて、姿勢を正した。
「俺は、シーノ王に付いていくぜ!」
「やめろ、くすぐったい!」
笑って言い合う二人は、また一兵士だった頃に戻ったかのように見えた。
その二人に気づいた息子が、カリンの手を振り切って広間へと駆けて来た。
向かってくるその子を優しく見つめるロックス。
「そっくりになってきたな」
「そうか?」
「元気いっぱいだったもんな、俺と初めて会った時……」
「……そうだな。 両親が戦場で死んで一人になって、拾われたサージヤ王に少しでも恩を返したくて、ひたすら強くなろうと必死だった。 元気にしてるしか仕方なかったよ。 あの頃は……生きることに必死だった」
シーノは笑顔で言った。
「ロックス、兄弟って、いいもんだな」
すると彼は、照れたように返した。
「俺は何もしてないぞ。 逆に感謝してるくらいだ」
ポスッと胸に飛び込んだ息子を軽々と抱き上げると、シーノは微笑んだ。
「どんな事情があろうと、この子には、淋しい思いはさせたくない」
カリンも急いで追いかけてきた。 長いドレスがうっとおしそうで、思わずロックスは吹き出した。
「ごめんなさい、お邪魔しちゃって…… 何で笑ってるの、ロックス?」
「いや、なんでも」
同じように笑うシーノから息子を受け取り、カリンは庭に向かった。
「ほら、お庭に戻るわよ、コディ」
コディは母を見つめ、そして二人に振り向いた。
最高の笑顔を見せたコディを守り抜こうと、二人は心に誓っていた。
いつまでも輝く『コディの泉』と共に。
≪ 完 ≫




