第七十九話 「英雄の凱旋──祝福の光が告げる“戦いの終焉”」
ハルドたちがアイザックへと近づいていく。
その動きを目にした冒険者と兵士たちの間に、ざわり、と不安の波が走った。
暗い夜の中で、かすかに揺れる松明の灯りが、皆の表情を照らす。
その光の下で、誰もが深く傷つき疲れ切っているのに——
それでも、彼らは最後の警戒心を捨てきれなかった。
「お、おい! 本当に大丈夫なのか……!? あの少年に近づくのは危険だろ!」
「そうだ! カールアさんもハルドさんも……一回、落ち着いてくれ!!」
恐れ、迷い、混乱。
そのすべてが、叫び声となって夜気へ溶けていく。
一方で、シルファの肩にも緊張が宿っていた。
そんな彼女へ、レオニスが気遣うように声をかける。
「シルファ、大丈夫か? お前の……弟子だったんだろ」
「大丈夫。生きてるからね……
でも、私のフォトンスラッシュを受けて立ってるなんて、正直信じられないけど」
シルファは無理に笑みを作るように肩をすくめる。
そこに、ミレナが困ったように声を乗せた。
「そんなことより……どうするんですか? この子、ずっと立ったままなんですけど……」
「そういえば、本隊がそろそろ来る頃だけど……聖女様、治してくれるかな?」
「バ、バカ! 失礼だろ! 聞かれたらどうするつもりだ……!
あの方は会合でファズラエルに来てたのを、無理言って協力してもらってるんだぞ!」
レオニスが珍しく慌てて突っ込み、ミレナは肩をすくめた。
その時——
カールアの声が、静かに響いた。
「師匠……助かりました。
それにお二人も、わざわざ遠くから……本当に、ありがとうございました」
カールアの落ち着いた声の裏には、張り詰めていた緊張と、戦いの終わりの“実感”が混じっていた。
その気配を聞いた瞬間、あたりの空気がふっと緩む。
「師匠!? ってことは、この子がシルファさんの後継——」
なぜか目を輝かせたミレナが言いかけたが、シルファが即座に遮る。
「次はレオニスじゃなくてあなた!? 今はそんなこと言ってる場合じゃないよ。
早く行こう。あの子の手当をしなきゃ」
その言葉に、ハルドとカールアも頷き、三人はアイザックのもとへ駆け寄った。
アイザックは立ったまま意識を失っていた。
呼吸は浅いが、確かに生きている。
今にも倒れそうな身体を三人でそっと支えた瞬間だった。
ハルドが、振り返りざまに叫んだ。
「みんな!!
戦いは……終わった!!
本当に……本当にご苦労だった!!!」
その叫びは、傷つき疲れた仲間たちの胸を震わせた。
夜空に響く大声は、張り詰めていたものを一気に解きほぐしていくかのようだった。
そして、ハルドは続ける。
「この少年に、不安があるのも分かる。
さっきまで“敵”のように見えたのも分かる。
だが……!!」
ハルド、カールアはアイザックの身体をそっと抱え、皆の前へ掲げる。
「この子がいなければ……俺たちはもう生きてなかった!!
それだけは、揺るがない事実だ!!」
カールアも叫ぶ。
「ナティアの英雄に……賞賛と喝采を!!!」
その瞬間。
冒険者、兵士たちの胸に積もっていた恐怖は、
一気に“歓喜”へと塗り替えられた。
「英雄ーーーー!!!」
「アイザックーーー!!!」
「ありがとうううう!!」
叫び声が、夜空に溢れ出す。
すると——
祝福するかのように。
アイザックに襲い掛かっていた“最後の斬撃”が、はるか上空へ飛んでいき、
朧げな夜雲を裂き、軌跡が光の花となって爆ぜた。
二つの月とは別に、ナティアを明るく照らす大光が夜空に広がる。
まるで天が、
「あの少年は救いの光だった」
と証明するかのような光景だった。
光は数分間も輝き、冬とは思えない暖かさを大地へ落としていった。
その光のもとで。
ハルド、カールア、ガルド、ララ、ダイナス、ディノ、ガナン、ミゼス、ティーネ、ロッカ、レント。
皆が次々とアイザックへ駆け寄る。
そして——シルファまでもが、アイザックを高く抱き上げ、胴上げを始めた。
「落とすなよー!!」
「アイザックー!!!」
「すげぇぞ……本当に英雄だ!!」
その光景を見つめながら、ミレナがぽつりと言う。
「さっきまで戦ってた相手が……こんなふうに称えられてるなんて、不思議な気持ちですね」
レオニスは深く頷いた。
「ああ……でも、この戦争に死者はいない。
それだけで、十分だ。
今日は全員疲れてる。明日から……ゆっくり話を聞こう。
あの少年とも、ちゃんと話してみたいしな」
「そうですね。こんな辺境に、あんな強い子が現れるなんて……本当に分からないですね」
ミレナが優しく微笑む。
ふと、レオニスが眉をひそめた。
「おい、ミレナ……アイザック……今、笑ってるのに、泣いてたぞ」
「えっ? レオニス隊長、また酔ってるんじゃ……?
それで私に追いつけなかったんじゃ——」
「ち、違う!! 最近禁酒してるんだ!! ……ほら、本隊が来るぞ!!
ったく、遅かったな! ははは!」
ミレナはそのタイミングの良さに思わず苦笑した。
そして——
アイザックの意識が、ふわりと浮上する。
(……なんで……こんなに温かい声が聞こえるんだろう)
(なんか……ふわふわしてる……)
(これ……夢、なのかな……?)
(守れなかった僕には……過分な夢かもしれないけど……)
(今だけは……この幸せに……身を委ねても……いいよね……)
微笑んだまま、アイザックの意識は静かに落ちた。
その頬を伝った一滴の涙は、フォトンスラッシュの光に照らされてきらりと輝いた。
短くも長かった戦いは、こうして幕を閉じる。
冬の夜とは思えないほど——
温かく、優しい夜だった。




