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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
異変と策動編

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第四十七話 「ナティア防衛戦 作戦会議」

六千――。


ギルドの空気が、その数字一つで一気に凍りついた。


「ろ、六千って……今、言ったか?」

「聞き間違いじゃないよな?」

「小型と中型が中心だって話だが……そんな数、どうやって……」


ざわざわと、低いざわめきが広がっていく。


パトロール・ファングのレントさんが、額の汗を拭いながら報告を続けた。


「小型が大半ですが、中型もかなり混じってます。

 進行速度からして……二日以内には、ナティアに到達するはずです」


ハルドさんは、腕組みをしたまま黙って聞いていた。


やがて、ゆっくりと口を開く。


「……今、街にいる戦力を確認する。

 冒険者と兵士を合わせて、およそ七百」


七百。


六千に対して、七百。


(……九倍近い差)


喉の奥が、きゅっと狭まる。


「一般的に、攻める側は守る側の十倍が必要と言われているが……」


そう呟いたのは、ミゼスさんだった。


「今回は逆だな。数で言えば、完全にこちらが劣勢だ」


誰かが、ぽつりと言った。


「……全員で、街から避難したほうがいいんじゃねえのか?」


その一言に、場の空気が揺れる。


「確かに……街ごと捨てちまったほうが――」

「子どもや老人もいるんだぞ。戦わせるわけには……」

「森の中を馬車で移動したら、それこそ魔物に襲われるんじゃないか?」


意見が飛び交う。


ハルドさんは一度目を閉じ、深く息を吐いた。


「……落ち着け」


その声だけで、ざわめきがすっと引いていく。


「避難は“最終手段”だ。

 森の魔素は乱れたまま。隊列を組んで移動すれば、餌を運ぶも同然になる」


(……やっぱり、そうなんだ)


胸のざわつきが、現実として形を持ち始める。


そのとき――


「じゃあ、その前に――私が王都まで行ってくる」


静かな声が、ざわつきを断ち切った。


シルファさんだった。


視線が、一斉に彼女へ向かう。


「ナティアから王都までは、馬車で一日。

 普通に行ったら時間が足りない。

 でも……“普通じゃない行き方”なら、間に合う」


カールアさんが、ぎょっとした顔になる。


「師匠、それって――」


「エンフォルスを使う」


シルファさんは、はっきりと言った。


ざわ、と空気が揺れる。


「ちょっと待ってください。

 長距離でエンフォルスを全開なんて、神経が焼けるかもしれないんですよ!」

「分かってる」


シルファさんは、少しだけ目を細めた。


「神経伝達を無理やり加速させる。

 長時間やれば、脳も身体も軋む。

 本来は推奨されない使い方」


そこで一拍置いて、続ける。


「それでも――この街を守るためなら、やる価値はある」


(……シルファさん)


胸がぎゅっと締め付けられる。


怖くないはずがないのに、少しも迷っていない横顔だった。


「王都に救援を要請するのは、私しかできない。

 だから、行く」


ハルドさんが、低く問う。


「到着後……動けるか?」


「指揮を執るくらいなら、なんとか。

 前線に立つのは、さすがに無理かもしれないけどね」


カールアさんが食い下がる。


「師匠、本当に――」

「カールア」


シルファさんは、その名前を静かに呼んだ。


「ナティアを預けても、いい?」


一瞬、カールアさんの目が揺れた。


それから、ぎゅっと拳を握る。


「……任せてください。

 弟弟子もいるし、パトロール・ファングもいる。

 この街は簡単には落とさせません」


その言葉に、レントさんたちも頷く。


「遊撃なら俺たちの得意分野だ」

「森の中で動くのは慣れてるからね」

「矢も罠も、用意できるものは全部使う」


ハルドさんは、短くまとめる。


「――決まりだな。

 シルファは王都へ。

 残り全員で、ナティアの防衛にあたる」


僕は、思わず口を開いた。


「シルファさん……本当に、大丈夫ですか」


「大丈夫じゃないよ」


あっさりと言われて、返事に詰まる。


「でもね、アイザック。

 “怖いからやらない”って選択ができるほど、私たちは余裕がない」


少しだけ、優しく微笑んだ。


「それに……君がここにいるんだ。

 だったら、王都は私に任せて」


(……信用されてる)


胸の核が、小さく脈打つ。


その鼓動が、少しだけ恐怖を押しのけてくれた。



作戦会議は続いた。


ギルドの大広間が、そのまま臨時の指揮室になっている。


大きな地図の上に、駒が並べられていく。


ナティアの城壁。

北東の森。

街道。

監視塔。


「敵は北東から来る。

 森を抜けて最短で来るなら、この街道沿いだ」


レントさんが指し示す。


ハルドさんが頷きながら、駒を動かした。


「城壁の外に無駄に出るのは悪手だ。

 基本方針は“籠城”。

 まずは城壁で迎え撃つ」


「前衛は、戦士系と兵士で壁を作る。

 術師と弓使いは後衛で援護。

 城壁の上には、大砲とバリスタを配置」


カールアさんが、矢継ぎ早に指示を出していく。


(……やっぱり、指揮するの慣れてるな)


その横で、ガルドさんが腕を組んだ。


「俺たち前衛は、ひたすら押し止める役目ってわけだな」

「はい。

 突撃してくる魔物の勢いを殺して、後衛の攻撃を通しやすくする。

 ガルドさんたちの踏ん張り次第で、被害は大きく変わるはずです」


僕が言うと、ガルドさんは鼻を鳴らした。


「おいおい、プレッシャーかけてくれるじゃねぇか。

 ……まぁ、やってやるさ」


パトロール・ファングのレントさんが僕を見た。


「アイザックは、うちと一緒に“遊撃隊”だ」

「遊撃……」


「正面の押し合いだけじゃ、数に潰される。

 流れが崩れたところ、突破されそうなところに回り込んで、

 ピンポイントで叩く役目だ」


「状況を見て、即座に動く。

 判断力が必要な分、負担も大きいけど――」


カールアさんが、じっと僕を見た。


「……君ならできる」


(……期待されてる)


うれしさと同時に、胃のあたりがきゅっと縮む。


「ミーナとミリエルは?」

「救護班だ」


ハルドさんが、迷いなく答える。


「ギルドの大広間を臨時の救護所にする。

 負傷者の運搬ルートも、これから詰める」


「分かりました」


ミーナさんが、きゅっと拳を握る。


ミリエルも真剣な顔で頷いた。


「風灯り亭のラナさんたちは?」

「街の外……南側にある避難用の洞窟だ。

 子どもや戦えない人たちと一緒に避難してもらう」


ハルドさんの声が、少しだけ柔らかくなる。


「ナティアが壊滅しそうになったら……

 冒険者を一部割いてでも住民を逃がす。

 その判断は、俺とカールアがする」


(……守れても、守れなくても、誰かが傷つく)


それが、当たり前みたいに話されている。


胸の奥が、じわりと熱くなった。



作戦会議がひと区切りついたころ――


シルファさんが、静かに立ち上がった。


「じゃあ、私は行くね」


ギルドの外へ出る。


冬の冷たい風が、頬を刺した。


ナティアの街並みの上に、薄く靄のような魔素の揺らぎが見える。


「シルファさん!」


思わず、声をかけた。


「……気をつけてください」


「うん。アイザックもね」


シルファさんは、軽く笑う。


それから、深く息を吸った。


「――エンフォルス」


空気が、一瞬だけ重くなる。


ぱちり、と小さな火花。


次の瞬間、シルファさんの身体に、激しい雷光がまとわりついた。


髪が逆立ち、金色の光が走る。


Geistdruckガイストドゥルク……抑制。

 Kraftstromクラフトシュトローム……出力最大」


低く呟く声。


地面がびりびりと震えた。


「神経伝達、限界ギリギリまで加速。

 ――行ってくる」


瞬間。


雷鳴にも似た轟音とともに、シルファさんの姿が消えた。


残されたのは、焦げた地面と、空気の振動だけ。


「うわっ……」

「雷属性の魔術って、あんな――」


「違う」


ハルドさんが短く言った。


「今のは魔術じゃない。

 エンフォルスだ」


カールアさんも、目を細める。


「“意志電流”を無理やり全開にした移動。

 正直、真似したら死にます」


(僕のエンフォルスなんて、まだ指先を痺れさせるだけなのに)


とんでもない差を、改めて思い知らされる。


それでも――


(シルファさんなら、きっと辿り着く)


不思議と、そう信じられた。



それから一時間ほどして。


ナティアの領主が、ギルドに姿を現した。


上質な布地のマントと、控えめな装飾。

護衛の兵士を数人連れている。


(……これが、貴族)


初めて見る“領主様”は、思っていたよりも険しい顔をしていた。


「六千……だと?」


ハルドさんから話を聞いて、低く呟く。


「森の魔物が一度にこれほど集うなど、聞いたことがない。

 ナティア史上、最大の襲撃になるぞ……」


その一言で、改めて事態の重さが突き刺さる。


「二日は猶予があるのだろう?

 住民を近隣の街へ避難させることは――」


「無理です」


ハルドさんは、はっきりと首を振った。


「まず馬車の数が足りない。

 それに、今の森は危険すぎる。

 隊列を組んで移動したら、襲ってくれと言っているようなものです」


領主は奥歯を噛みしめた。


「……確かに」


ハルドさんは続ける。


「シルファが、王都へ救援を要請しに向かいました。

 間に合うかどうかは分かりませんが――

 来てくれると信じるしかない」


「シルファが……?」


領主の目に、わずかな安堵が浮かぶ。


「ならば、わずかに光はあるか。

 しかし……判断を誤れば、街ごと焼かれることになる」


「そのときは、避難も視野に入れてください」


ハルドさんは静かに言う。


「住民の命を優先するか。

 街を守るか。

 どちらを選ぶにしても、決断は早くなければならない」


領主は目を閉じ、短く頷いた。


「分かった。

 ギルドと協力しよう」


(……これから、ナティアを守れても、守れなくても)


たくさんの命が、きっと消える。


でも。


(もう僕は、この街に……守りたいものが、たくさんできてしまった)


風灯り亭の灯り。

リオの笑顔。

エマの声。

ラナさんの優しい手。

ミーナさんの笑顔。

ミリエルの真っ直ぐな目。


そして――遠くのトーヴェルで。

弟と妹を抱く父と母。


(戦士としての覚悟を、持たなきゃいけない)


胸の核が、静かに熱を帯びる。


六千の影が迫る街で――


僕は、拳をゆっくりと握りしめた。

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