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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
師弟修行編

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第三十五話 「始まる地獄の修行」

朝の空気は、ひんやりとしていた。


昨日までと同じはずなのに、胸の奥の“核”が落ち着かず、どこかそわそわしている。


今日から――

シルファさんの弟子として、本格的な修行が始まる。


その実感をかみしめながら、僕は風灯り亭の階段を降りた。



「おはよう、アイザックくん!」

「弟弟子……じゃなかった、弟子入りおめでとう!!」

「今日から“地獄の修行”なんでしょ!? ほら、いっぱい食べて!」


いつもより多めの朝食を置きながら、

ラナもエマもリオも楽しそうに笑っていた。


「地獄……?」

「え? だって昨日カールアさんが言ってたよ?

 “あいつ、明日から師匠にしごかれて死ぬかもね〜”って」

「そんなこと言ってたの……?」


エマがくすくす笑う。


「でもね、アイザックくんなら大丈夫だよ。

 あの時の動き……ほんとにかっこよかったから」


頬が熱くなった。


(……守りたいな、この場所も、この人たちも)


食堂を出る前、リオが少しだけ真剣な顔で言った。


「……気をつけてね。ちゃんと帰ってくるんだよ?」


「うん。必ず」


胸の核が、静かに応えた。




ギルドへ向かうと、もうざわついていた。


「アイザック、今日から修行なんだってな!」

「シルファさん、まだ街にいるらしいぞ」

「弟弟子、今日死ぬなよ!」


「死にませんから!!」


いつの間にか、ギルドの酒場に朝からいる飲んだく…

冒険者たちからの風当たりも良くなっていった。


そんな声に囲まれながら、

ミーナとミリエルが手を振って近づいてきた。


「がんばってね、アイザックくん!」

「ほんとに無理はしないで……!」

「ありがとう。……行ってきます」


そこへ、ひょいっとカールアが現れた。


「よし、弟弟子。覚悟できてる?」

「たぶん……」

「じゃ、言っとくね」


カールアはなぜか深くうなずいて、ニヤッと笑った。


「今日からしばらく、森で寝泊まりだから」

「……え?」

「修行は生活からって、師匠の方針なの。

 この辺のベッドは甘えになるからね」


「え、えぇ……!? 聞いてませんけど!?」


ミーナとミリエルが目を丸くする。


「も、森で……? 危なくないの……?」

「危ない場所ではやらないよ。

 でも“揺らぎ”の中で寝て起きるのも、修行のうちってわけ」


カールアは僕の肩をぽんっと叩いた。


「大丈夫。弟弟子なら死なないよ。たぶん」

「たぶん!?」


不安と、ほんの少しの高揚感が入り混じったまま、

僕はカールアの後ろについてギルドを出た。




エルドの森の奥、昨日の“揺らぎが澄む広場”。


そこにシルファさんが静かに立っていた。


風と光と森の音――

すべてが彼女の立つ“線”に吸い込まれていくような、そんな感覚。


「おはよう、アイザックくん。今日から、始めようか」

「おはようございます……お願いします」


シルファは頷き、ふわりと微笑む。


「まずは――立ち方からだよ」



地獄は、そこから始まった。


「足の向き、半足ぶんだけ外へ。……違うよ、半足“だけ”。」


指先で軽く足首の位置を直される。

土の冷たさが、足裏からはっきり伝わってくる。


「息を吐くタイミングを半拍ずらして。

 君は最初に力が入りすぎる」

「視線が近い。

 相手じゃなくて、その先――“守りたいもの”を見るつもりで」

「左足、0.1歩だけ後ろへ」

「今のは0.2歩。戻して」

「重心が浮いてる。地面に“預ける”ように」

「その震え方だと、“守りたいとき”に足が遅れるよ」

「……剣を抜かなくても、人は斬れるからね」



一度も剣を抜かず、

昨日と同じ、ただ立つ・歩く・止まるだけ。


なのに――

息が荒くなって、額に汗が流れていた。


(……きつい。足が……重い……)


でも、不思議だった。


胸の核が、ゆっくりと熱を帯びていく。


(あ……これ……動きが、“変わっていく”)


後ろでカールアがくすっと笑う。


「ふふ、ね? 言ったでしょ。

 師匠の修行、“剣を抜く前”がいちばんきついって」


「……すごい……」

「でも、ちゃんとできてるよ。

 弟弟子、素直だしね」


シルファがふっと目を細めた。


「アイザックくん。

 “どこに立つか”で、戦いの半分は決まってしまう。

 守りたい命があるなら、

 その命を守れる場所に、最初から立てるようにならないとね」


その言葉に、胸がドクンと鳴った。


あの日。

レーヴェを失った日も。

ルファスと向き合った日も。

デゼルの前で震えたあの一歩も。


(……全部、踏み出し方だったんだ)


森の風が、ほのかに揺れる。


その揺らぎに――胸の核がまた震えた。




ひと通りの立ち方、歩き方、止まり方を繰り返したころには、

ふくらはぎがじんじんし、膝がガクガクになっていた。


「……はぁ……っ」


剣は一度も抜いていない。

それなのに、森を一日中走り回ったような疲労感がある。


シルファはそんな僕を一瞥し、少しだけ口元を緩めた。


「よくがんばったね。

 じゃあ――次は、魔素と霊素の話をしようか」


「魔素と、霊素……」


胸のあたりで核が、小さく反応する。




シルファは、森の風をひとつ吸い込んでから、僕の方へ向き直った。


「さて、アイザックくん。

 魔素と霊素――どちらも扱ったことはあるよね?」


僕はうなずく。


「……はい。

 魔素は、ファイア・バレットのような“魔術”を使うためのエネルギーで。

 霊素は……気配円という“霊術”が基礎で。

 自分の周りの揺らぎをなぞるときに、少しだけ」

「うん。どちらも悪くない」


シルファはそう言って、右手を軽く掲げた。


「ただ――まだ“本質”には触れていないね」

「本質……?」


「魔素は、“世界に流れる力”。

 霊素は、“命の内側から滲む力”。

 君はその年で両方を扱えるけれど、その境界が曖昧なままだと――

 技は伸びても、戦場で折れる」


その声はやさしいけれど、芯は鋭かった。


「今日はそこを、少しだけはっきりさせよう。

 魔素も霊素も、“創命”の剣にとっては欠かせないからね」


そう言って、彼女は右手の指先に意識を集中させる。


空気が、ぴり、とわずかに震えた。


「――これが、魔素」


指先に、淡い熱が集まっていく。

目にははっきり見えないのに、手のひらのあたりの空気が少し重くなる。


次に、左手を胸元に寄せる。


「そして――こっちは、霊素」


彼女の左手の周りだけ、音がすっと澄んだように感じた。

葉擦れの音も、小川のせせらぎも、輪郭が少しだけくっきりする。


「魔素は、世界の器に流れる力。

 霊素は、命の内側からにじむ力。

 どちらも“揺らぎ”と一緒にある。

 でも、触れ方が違うんだ」


そう言ってから、シルファは僕を見る。


「アイザックくん。君のファイア・バレットを、もう一度見せてもらってもいい?」

「僕の……ですか?」

「うん。あの術――君のはちょっと“色”が違う気がするんだ」


少しだけ胸がざわついた。


(……この前、冒険者のパーティの魔術師さんが使ってたのを見て真似たけど、色が違う…?)


あのとき、僕の目には

その術師の周りを流れる魔素の“線”が

はっきりと見えていた。


その魔術師の周りだけ魔素の流れが明らかに違う、と。


「分かりました。いきます」


僕は深く息を吸い、右手を前に突き出す。


胸の核から、魔素の流れを意識して――

指先に、小さく集める。


「――ファイア・バレット」


ぽん、と、

小さな音を立てて、火の弾が浮かび上がった。


それは、普通の炎よりも少し淡く、

橙と白の境目みたいな色をしている。


熱はあるのに、どこか澄んで見える火。


シルファはそれを、じっと見つめた。


「……やっぱり」


彼女の瞳が、少しだけ楽しそうに細められる。


「普通のファイア・バレットより、ずっと“澄んで”いる。

 世界に引っかかるところが少ない。

 君は、魔素との相性がかなりいいね。

 余計な濁りを巻き込まずに流せている」


「相性……がいい、ですか?」

「うん。それに――」


シルファはそこで言葉を切り、ほんの少しだけ首をかしげた。


「……少しだけ、“変な澄み方”をしている」

「変な……?」

「悪い意味じゃないよ。

 強いて言うなら……そうだね」


彼女は、火の玉をじっと見つめたまま言う。


「まるで、“祈りの灯”みたいな火だ」


祈り。


胸の奥が、ちくりと痛んだ。


レーヴェの、あの金の瞳。

森の中で寄り添って眠った夜。

別れ際に感じた、胸の痛みと温かさ。


(……あれも、何か関係してるのかな)


そこまで考えて、首を横に振る。


今はまだ、考え込んでも答えが出ない。


シルファは、火の玉をひとつひとつ観察するように見てから、軽く手を振った。


「ありがとう、消していいよ」


火を解くと、森の空気がふっと軽くなる。


「君の核が生む“第三の揺らぎ”は、

 魔素と霊素とは別物。

 どっちつかず、じゃない」


「……」


「だから、直接ぶつけるより――」


シルファは僕の腰の剣に視線を落とす。


「“剣”という形に通した方が、世界にとってはまだ優しい。

 君の揺らぎは、そのままだと少し“強すぎる”からね」


(……僕の“第三の揺らぎ”は、強すぎる)


嬉しいような、怖いような、不思議な感覚だった。




「じゃあ次は、それを少しだけ“剣に通す”練習をしようか」


「剣に……」


「抜かないでいい。鞘の中の刃までで、今日は十分」


シルファはそう言って、一歩下がる。


「胸の核から、腕、手のひら、握っている柄、その先の刃。

 そこまで、“線”を引くつもりで意識を流して」


僕はゆっくりと目を閉じ、深く息を吸った。


胸の中心にある“核”に、意識を落とす。

そこからじわりとにじむ揺らぎを、

魔素と霊素で包むようにしながら――腕の方へ。


(……ここまでは、いつもの感覚)


肘、手首、指先。

柄に触れている掌に、かすかな熱と重み。


そこからさらに、剣へ。


「……っ」


視界の裏側で、一本の“線”が伸びていくイメージが浮かぶ。


核から伸びた揺らぎが、

魔素と霊素のあいだをすり抜けて、

鞘の中に眠る鋼へと触れる。


その瞬間――


世界の輪郭が、ほんの少しだけ、くっきりした。


風の流れ。

木々の揺れ。

僕と地面のあいだにある“線”。


全部が、一瞬だけ近くなる。


(……これ……)


次の瞬間、足から力が抜けた。


「――っ!」


膝ががくんと落ちかけたところで、

シルファがすっと肩に手を添える。


「そこまで」


彼女の声は、いつもと変わらず穏やかだった。


「今のが、君の“第三の色”が、剣に触れた瞬間。

 ――名は、まだ要らないよ」


「名……」

「名をつけるのは、もっと先。

 君が“それ”とちゃんと向き合えるようになってからでいい」


後ろで、カールアが腕を組んでうなずいた。


「今の、一瞬だけ見えたよ。

 線が、二重になってた」


「二重……?」


「うん。君の身体の線と、剣の線。

 それをつなぐ“もう一本”が、一瞬だけ光った」


カールアは苦笑する。


「ほんと、変な弟弟子だよ。

 私なんか、そこに届くのに何年かかったと思ってるの」

「カールアさんの方が、ずっとすごいですよ」


思わず返すと、彼女は少しだけ目を丸くし、それからくすっと笑った。


「そういう素直なところだけは、弟弟子らしくていいけどね」



日が傾き始めるころ、

僕は地面にへたり込んで、大きく息を吐いた。


立ち方と呼吸。

視線と重心。


それから、魔素と霊素の“触れ方”。

核から剣へと伸びる、見えない“線”。


一つ一つが、重くのしかかっている。


「……はぁ……っ……」


「よくがんばったね」


シルファはそう言って、小さな布包みを開いた。


干し肉と、少しの黒パン。

簡単な携行食だ。


「今日はここで野宿だよ。

 明日も朝から、この揺らぎの中で身体を動かす」

「やっぱり……本当に森で寝るんですね」

「うん。街のベッドに戻ってしまうと、身体も心も、一度ゆるんでしまうからね。


魔素と霊素、死律の名残。

それらの“揺らぎ”の中で眠って、起きる。


それも、君の核に覚えさせたいことのひとつだ」


カールアが手早く枯れ枝を集め、火打石を鳴らした。


ほどなく、小さな火が灯る。


揺れる橙色の光を見ていると、

さっきの淡い白を帯びたファイア・バレットの色を思い出した。


(……祈りの灯)


シルファの言葉が、胸の奥に残っている。


「ほら、ぼうっとしてないで。食べないと、明日動けなくなるよ」


カールアが干し肉をひと切れ差し出してくる。


「ありがとうございます」


一口かじる。

噛みしめるたびに、じわりと肉の旨味が広がる。


(……前は、この一口さえ怖かったのに)


デゼルと戦った日。

“食べる”こと、“奪う”ことの意味と向き合って、

それでも肉を口にしたあの日。


今は、胸の奥に残る痛みごと、

きちんと飲み込める気がした。




火が少し小さくなったころ、

シルファがぽつりと言った。


「アイザックくん」

「はい」

「君は“肉を食べる”覚悟を持った。

 命をもらうことから、目をそらさないって決めた」


(この人にはお見通しってことか…)


胸が、少しだけ強く鳴る。


「でもね。

 命を救いたいのなら――

 “斬らなきゃいけない命”とも向き合わなきゃいけない」


焚き火のはぜる音が、やけに大きく聞こえた。


「……斬らなきゃいけない、命」

「そう。

 すべてを救えるわけじゃない。

 どうあがいても、どこかで“線”は引かれる。


 そのとき、誰かを守るために、

 救えないものを切り捨てる一太刀も、

 いつか君は振るうことになる」


デゼルの姿がよみがえる。

震える手で、それでも剣を振るったあの瞬間。


ルファスの黄金の瞳。

レーヴェの、最後の笑顔。


(……守りたい。

 救いたい。

 それでも――全部は、救えない?)


喉の奥が、きゅっと苦くなる。


それでも、僕は火から目をそらさなかった。


「……それでも」


自分の声が、少しだけ震えているのが分かった。


「それでも、僕は剣を握りたいです。

 誰かを守れる一太刀を、振れるようになりたい。

 間違えたくないけど……それでもきっと、迷うと思うから」


少しの沈黙のあと、

シルファは静かに笑った。


「うん。

 迷いながらでいい。

 揺らぎを抱えたまま進む子を、私は嫌いじゃないよ」


カールアが、火越しに僕を見る。


「だから弟弟子なんだよ、君は。

 “まっすぐ”じゃない。

 でも、真ん中にあるものは、ちゃんと真っ直ぐ」


何と返せばいいか分からなくて、

僕はただ、胸の核にそっと手を当てた。


(……僕は、“救いたい”)


その想いだけは、はっきりしている。




そのときだった。


「……っ」


胸の核に、冷たいものが触れた。


さっきまで穏やかだった揺らぎが、

一瞬だけ、逆立つ。


「アイザック?」


カールアが眉を寄せる。


僕は目を閉じて、霊素の“気配円”をそっと広げた。


森の風。

小川のせせらぎ。

夜に沈んでいく木々の息。


――その、もっと遠く。


(……魔素が)


じわり、と。

森のさらに奥で、何かが濁っていく。


一点に集まっていくような、重い流れ。


「……シルファさん」


「感じたね」


彼女はすでに、遠くの闇を見ていた。


「死律の波は、まだ終わっていない。

 デゼルが消えたからといって、

 世界の“歪み”まで、すぐに消えるわけじゃないからね」


焚き火の向こうで、彼女の瞳が静かに光る。


「ナティアの方へ、少しずつ“何か”が寄ってきている。

 ――明日からは、もっと忙しくなるよ」


胸の核が、強く脈打った。


(始まったばかりの“地獄の修行”。

 でも――世界は、僕の成長を待ってはくれないらしい)


夜の森の向こう、見えない闇の奥で、

低くうねるような揺らぎが、確かにそこにあった。

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