08:クーポンの威力
「ど、奴隷?」
ライネとレイネも友達だというミカさんが突然血迷ったことを言い始め、俺も含め頭にハテナマークが浮かぶ。
だがその悲壮な表情は冗談を言っているわけではなさそうだ。
「ミカちゃん、私、この人が旦那さまだから」
「だ、旦那さま……!?」
「あー……うん、ミカ、私もだけどこの人の家に住むことにしたの。だから詳しい話は聞くけど、最終的にはノユキの判断になるわ」
「……二姫のお二人が……そんな本当に……」
ギルドだけでなく街でも有名な一等冒険者の2人が男の家に住む。
ライネとレイネの立場的にそれがどういう意図なのかは不明だとしても、その意味は理解しているようだ。
とはいえ俺たちとしてはミカさんから詳しい話を聞かなければ何も判断できない。
ライネがミカさんを椅子に座らせ、事情を詳しく聞くことにした。
◆◆◆◆◆
「そんな事って……」
ぽつりぽつりと話してくれたミカさんの話をまとめるとこうだ。
彼女の実家はこの街や他の街にも支店を持つリンデン商会という大店商店だそうだ。
ミカ•リンデン。
ミカさんが長女で下には弟がいるらしい。
今回の事件はミカさんの父、つまりリンデン商会の会長である祖父と社長である父が商家に嵌められたことが原因とのこと。
両親や社員が方々を回り金策に駆けずり回っていたのだが、ついにどうしようも無くなってしまったらしい。
彼女はその事実を昨夜明かされたらしい。
「潰れるってこと?」
「それが……」
その契約書には「どんな犠牲を払っても相手に金額を支払う」と書かれていた。
該当の一文は後ほど書き加えられたのか、初めからあったのか……今となってはもうわからないそうだ。
そして今回はミカさんの家が仕入れ側――つまり支払う方だそうだ。
「それで、多額の金額が発生する何かがあったってことか?」
「詳しくは……でも本来は不可抗力で払わなくていい事なのに、裁判所が支払いを命令したと……」
今週中に家財全部売り払い少しでも金を用意するが、全く足らないので、妻……つまりミカさんのお母さんとミカさんが奴隷として売られるというとんでもない内容だった。
「そんなこと……おかしく無い?」
「おかしかったとしても、今からじゃもうどうしようも……」
ミカさんがテーブルに突っ伏して泣き崩れる。
それで、知らない人に奴隷として売られるぐらいなら、少しでも顔を知っていてそれなりにお金も持っているであろうライネとレイネに土下座をしてきたのだろう。
奴隷は基本的に死ぬまで奴隷らしく、人権はない。
それがこの世界の奴隷制度だそうだ。
「レイネ、ミカのこと少しお願い」
「お姉ちゃん?」
「私ちょっと行ってくる。トリビ商会よね。一度仕事をしたことがあるから、突撃してくる!」
そう言うや否や鉄砲玉のように会議室を飛び出していくライネ。
俺もこの部屋でいても何もできないだろうと判断し、契約のことなら少しぐらいはとライネを追いかけトリビ商会とやらへ向かったのだった。
◆◆◆◆◆
「と、いうことで、この白金貨250枚はお支払いいただく義務がございます」
トリビ商会の会長の部屋へアポ無し突撃をしたにも関わらず、すんなり部屋へと通された俺たち。
これにはライネの名声のおかげもあるのだろう、トリビ会長自らが出迎えてくれたので、早速リンデン商会の件について問い詰めたのだが――。
その結果『書類上は』トリビ商会になんの落ち度もなく、相手が支払わなければならない内容だった。
そして不可抗力の事件――盗賊襲撃による品物の未着及び、契約の不履行による賠償金。これは裁判所が認めてしまっている。
白金貨250枚。
つまり金貨250,000枚だそうだ。
金貨一枚10万円として250億円。
だがこれには当然俺の胡散臭いレーダーがビンビンしている。
証拠はないがこいつが悪だと決めつけたいレベルで上手く行きすぎているのだ。
ライネが悔しそうに下唇を噛みながら何か打開策を考えている横で、俺は『危険予知』君で色々と想像をしていた。
こいつに殴りかかると、俺が逮捕されている自分の様子。
支払わず逃げると、俺も連帯保証で奴隷になっている様子。
怪しさを指摘すると、警備を呼ばれ取り調べを受けている俺。
やはり逃げるようなやり方や暴力に訴えかけたパターンはすべて俺たちが犯人とされてしまう。
だが、1つだけ何も映像の浮かばないパターンを見つけてしまったのだった。
「あの、トリビ会長――支払い合計はいくらでしたっけ? 書面で細かい数字を拝見しても?」
俺の質問に、もちろんですと自信満々に見せてきたのは『支払命令書』という題名の書類と、そこに記載されている金額。
その合計額は金貨にして249,943枚だった。
「会長……ちなみにですが、これ使えます?」
そしてて俺は『買い物クーポン(99.9%)』を提示したのだった。
「はっはっはっ」
トリビ会長が『何を馬鹿な』というような表情になったのだが、すぐに『支払命令書』の金額に羽ペンで斜線を引き、新たな金額を記載しなおすと俺へと突き出してきた。
『金貨249枚と銀貨95枚を支払う事』
その修正をみてニヤリとした俺は、すかさずマジックバッグから金貨250枚をテーブルにぶちまけたのだった。
◆◆◆◆◆
金額は記載されていないが、トリビ商会から発行された正規の支払受領済みの書類を入手した俺はライネと急ぎギルドへと向かっていた。
「そう言えばライネのお金勝手に使っちゃってごめん」
「えっ? そこ? そこ謝るの?」
マジックバッグから出てきた金貨は昨日ライネにもらったやつと、先ほどライネがギルドに預けていた金貨なのだ。
バッグの性能を試すためにライネのお金を入れていた。
それを勝手に使ったことを謝ったのだが『何言ってんのこの人』という顔で見上げられた。
「あんなカッコいいことしておいて、謝ることなんてゼロよ。すごいわ。私の大事な人は凄いってずっと自慢する」
「そ……んなもんか……ありがとう」
「それに私のお金はアナタのお金。だからアナタが勝手に使ってもいいわよ。今回のような事なら他の女の為でも勝手に使ってもいいわ」
「他の女のためって……まぁ、確かに今回はそうなるの……か?」
「他の女と子供を作りたくてお金を使うなら、後でいいからちゃんと報告してね」
それだけ信用してくれているという事だろうが、そんなに男に都合のいいレベルで懐を広げるのはどうなのだろうか。
いや、確かにありがたい話ではある。
俺だって男だ。
せっかくの異世界、彼女達以外にも色々と楽しんでみたい気持ちは正直ある。
「ふふっ、いろんな女を侍らせてる男ってね、私にとっては『私の旦那さん、すごいだろ』って気持ちなのよ」
何か心を読まれた気がするが、今は戻る方が先決だなとあえて反論せず、余計なことを考えず急ごう。
結局ライネは気が急きすぎたのか、途中から俺をおんぶし街中の屋根の上をギルドまで直線で向かうということをしでかしたのだった。
◆◆◆◆◆
「お帰りなさい……よかった帰ってきてくれて」
「旦那さま、お姉ちゃんおかえりー」
「ただいまーって何かあった?」
「それは私のセリフよ……いきなり飛び出しちゃって……私のせいでライネさんに何かがあったらと思うと――」
随分と泣いたのだろう、ミカさんは目の周りが随分腫れていた。
俺はどう切り出すかはライネに任せているので、レイネに視線で大丈夫だと送っておく。
「ミカ、貴女の家の支払命令ね、金額を確認して全部払ったわよ」
「……?」
「この人が全部終わらせたわ。はいこれ受領書。早く帰ってお父様に渡してきて」
「……えっ? え? 偽造してきたのですか?」
「なんでよ」
そりゃ金貨250,000枚分の支払命令だもんな。
今朝買ったあの豪邸が金貨9,400枚だから金額感がバグりそうになる。
商会解散、一家離散、奴隷として売り飛ばされるレベルの債務を1時間程度で型をつけてきたと言われても信じられないだろう。俺だって信じられない。
「なんかよくわからないけど、お姉ちゃん、旦那さまが凄いって事?」
「うん、ヤバいぐらいに凄かったぁ〜」
「あっ、あのっ……こ、このお礼は必ず……」
「良いから早く帰ってあげな。自分の部屋の家具まで売り飛ばされるまえに」
「は、はい!」
そういうとミカさんは弾かれるように会議室を飛び出し、一直線に帰って行った。
◆◆◆◆◆
「ご主人様、本日よりよろしくお願いいたします。どうぞお好きにお使いくださいませ」
その日の夜。
ミカさんを送り出し、留守番をしてくれたレイネへのご褒美に美味しいフルーツを食べに行き、晩ご飯前に一度家へ戻った俺たちの前に、ミカさんが小さなカバンを持って現れたのだった。
次回明日の20時投稿予定です!
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