09:危機は突然に
――2028年7月16日 日曜日 07:00(73時間00分経過/96時間中)
「ふぁぁ……ミカおはよう」
「おはようございますご主人様」
ライネとレイネの友達、元ギルド職員のミカさんの件を片付けたのが2日前。
あの日から2日経過した朝。
ライネとレイネが突如緊急依頼に駆り出されてしまい、2人しか居ない新居のリビングで簡単な朝食を取りながら、2日前からの怒涛の出来事を思い返していた。
俺も未だに何故そうなったかく理解できていないのだ。
◆◆◆◆◆
まず2日前の夜。
ミカさんの家の件を片付け、ミカさんを家に帰らせた日。
夜にライネ達の部屋へと戻ったところ、彼女が部屋を訪れ「奴隷身分でいいので住み込みで働かせてほしい」と申し出てきた。
聞けば奴隷として売られることがほぼ確定していたため、すでにギルドに退職届けが出されており職を失っていたそうだ。
だが、結果として彼女の商会は潰れることもなくなり、引き続きいつも通りの日常が戻ってきた。
ミカさんの中では俺に対して返しきれない膨大な恩が出来てしまったため、無償で働かせてほしいと申し出てきたのが原因とのことである。
ライネとレイネは当然拒否。
大事な友だちを奴隷にしたりメイドにするなんて考えられないと。
そう言って否定していた2人なのだが、何やら2人でどこかに行き、帰ってきてからはミカさんを入れて3人で相談を始めた。
その結果、めでたくミカさんが買ったばかりの屋敷に住み込みで働くことになったのだった。
……なぜに? 2人の家だし、俺は2人が決めたなら異論はないが理由はそのうち教えてくれるだろうか。
だが嬉しいことに、リンデン商会が屋敷中の家具や寝具を全て揃えてくれる事となった。
あの事件でキャンセルになった品物などが溢れていたため、即納できるものは全て持っていってくれとのことだったのでありがたく使わせてもらうことになった。
◆◆◆◆◆
そして昨日。
屋敷の引き渡しの日で、本来は家具を少しずつ買い揃える予定だったのだが、リンデン商会のおかげで朝から大量の家具が運び込まれた。
そのおかげで俺たちは引き渡し当日から新居で住むことが可能になったのだった。
次々と運び込まれる家具と、リンデン商会の人たちが主な部屋に整理しながら設置してくれていた。
そんな中、俺はライネ、レイネ、ミカさんに連れられ役所へと向かい、書類を書かされたのだ。
まずは新しい家の住民登録だ。
引っ越したときはには『この家にはこういう人が住んでいます』という申請が必要だそうだ。
それと――ライネとレイネ、ミカさんは『父子誓約書』とやらにサインをしていた。
その横で俺は『認知誓約書』とやらにサインさせられたのだった。
「えっと……なにこれ?」
「これは『他の男性と一切関係を持っていませんし、持ちません。だから生まれてくる子供はこの人の子供です』っていう誓約書。破ったら奴隷身分に落とされる1番厳しいやつよ」
「重っ……で、この『認知誓約書』ってのは?」
「『この女性に子供ができたらそれは俺の子です』っていう宣言書なんだけど特に罰とかは無くて、父子の繋がりっていうか……本当は戦争とかに行く兵士と奥さんが登録する書類なの」
「なるほど」
それを聞いて安心した俺はなにも言わず書類にサインをすると、ライネとレイネにギュッと抱かれ「ありがとう」と囁かれた。
「……ところで、なんでミカさんの分もあるんだ?」
その質問の返事は「ついでよ。記念みたいなものだから」という釈然としないものだった。
それぞれの誓約書は複数枚用意されており役所の印鑑が押され、お互いが指印を押して一枚ずつ所有するそうだ。
俺の手元には合計6枚の誓約書。
何気にライネとレイネ、ミカさんもだが、直筆は初めて見たかもしれない。
「あ、ついでにこれ、依頼しておいたわよ」
最後にライネが渡してきたのは、誓約書とは違う何かの公的文書的な紙だった。
「これは?」
「住民証明書ってやつ。身分証みたいなものだと思っておいて」
なるほど、住民票みたいなものか。
これがあれば街に入る時も審査が必要なくなるし通行税も必要ないらしい。
そんなこんなで役所での必要書類をゲットした俺たちは、帰りに食材をしこたま買い込んで新居にてでお祝いパーティーとなったのだった。
★★★☆
☆★★★
そして今日に至る。
この世界の時間はよくわからんが、スマホの表示は朝の7時。
俺がこの世界に居られるのはあと23時間程度に迫っていた。
つまり、明日の朝6時で俺はこの世界から消える。
「ライネやレイネから見ると消えるように見えるのだろか」
俺はこの世界に来たときの記憶が無いのだ。
どのように出現したのか……いや、それもあるが、俺の部屋はどうなっているのだろう。
季節は真夏である。
「部屋に飲み残してあった缶ビールがどうなっているかなんて考えたくない」
新しい家に新しい家具、そして使用人さん。
あんな世界は捨ててこの世界で住むのも悪くないなと思い始めた直後に帰らなけらばならないという今の状況が悔しく思えてきた。
海外旅行をする人はみんなこんな気持ちなのだろうか。
「海外をバックパックで回ってる人の気持ちもわかるな」
ライネとレイネは昼までには帰ってくるとのことで、昨日に引き続き屋敷へと届く家具の受け入れをしながら、服や食器類の整理整頓に勤しむ予定なのだ。
「最後の日というのに申し訳ございません」
一日屋敷の掃除。
ミカは恐縮しているが、これもまたこの異世界旅行の思い出だろう。
「そうだ、ミカ――……じゃぁライネとレイネが帰ってくる前に行きたいところがあるんだけど、ちょっと案内してくれないか?」
「はいっ! 畏まりました」
どうせ時間があるならと、あまりそうなクーポンのうち、使える分はなるべく使いたいと思い、少し手が空いてきたタイミングで街へと繰り出したのだった。
◆◆◆◆◆
「あとは不動産かなぁ……」
ミカに街で1番大きな宝石商を紹介してもらい、俺はいくつかの宝飾品と指輪を3人分購入した。
金貨で2600枚。
日本円で2億6千万円分というとんでもない買い物をしてしまったが、割引クーポンで金貨2枚と銀貨60枚となった。
本当なら3人で買いに来たかったが、仕方ない。
今日買った商品は一週間後ぐらいに屋敷へ届けてくれるらしい。
宝石商を後にした俺はその後、ドレスを扱っている店に行き、オーダーメイドで2着ずつ作成を依頼した。
これは後日採寸に来てくれるそうでお金だけ先に払った。
「ご主人様、次は不動産でしたよね。不動産でしたら……ご主人様?」
服飾店から出て、ミカに案内されて不動産屋へと向かう最中……脳内に今までで一番嫌な映像が見え、思わず立ち止まってしまった。
「み、ミカ……ライネとレイネが駆り出された緊急案件ってなんだっけ」
「はい、近くの山脈にドラゴンが現れたとかで、緊急討伐と」
「なるほど――それでか」
危険予知さんによる映像――それは、二匹のドラゴンが街上空に飛来し、ブレスで俺とミカ、街の人たちが焼かれてしまう映像だった。
「ミカ、ここから逃げるぞ! おーいっ!! みんな聞いてくれ! ドラゴンが来る! この辺から今すぐ離れるんだ!」
周りの人を避難させようと声を張り上げるが、周りの人たちは「何言ってんだ?」という顔を見せる。
それはそうだろう。
これからどういう理由でドラゴンが攻めてくるのかはわからない。
だがここにいると確実に死ぬのは確かだった。
俺はミカにも頼み、周りの人たちに避難を呼びかけ続けた。
「くそっ! 誰も聞いてくれないか」
「ご主人様……その……ドラゴンが本当に来るのですか」
――このまま2人だけでも逃げるか。
ミカと俺がここで死んでしまってはあの2人がどうなってしまうかなんて想像がつかない。
しかしお世話になったこの街の人たちを放っておくわけにもいかない。
「くそっ、どうすれば……」
「おい、にーちゃん? どうしたってんだ!」
街の人達が遠巻きに俺たちを眺める中、一段と大きな声で声をかけてきたのはライネとレイネが行きつけているあの居酒屋のムキムキの熊耳店主だった。
どうやら俺の顔も覚えてくれていたらしい。
俺はドラゴンが飛来して辺り一面が焼け野原になるから逃げてほしいと、かなり端折った説明をした。
「理由はわからんが、とにかくそうなるってことだな?」
「あぁ、なんでドラゴンが来るのかはわからない。だけどこのあたりが火の海になるのは確実なんだ」
「……ライネたちが信頼してるにーちゃんのことは、俺も信用するぞ? よっしゃ! ちぃっと待ってろ」
そういうと熊耳店主さんはスゥーと息を吸い――、息を止めた。
そして次の瞬間……。
「緊急ーっ!! 第一区画の野郎ども! ここは危険だ! レベル赤! とにかく離れるんだ! 繰り返せぇっ!!」
辺りがビリビリと震えるほどの声圧で吠えた。
店主さんの大声を受け、あちこちから同じセリフの叫び声が上がり始めたのだった。
その声を聞いた住人たちが一斉にざわつくと我に返ったように一気に走り始めた。
「やば、これだとパニックに……」
「大丈夫だ。心配すんな」
群衆パニックによる将棋倒しなどの二次被害の起こってしまうと慌てたのだが、辺りを見回すと全員が規律正しく移動しているのがわかった。
走って逃げているのではなく、決められた方向へと移動している。
そういう表現がぴったりだった。
「こんな辺境だからな。緊急時にどうするべきかは身に染みるほど訓練してるってもんよ」
そう言いながらガハハと笑う店主さん。
ともかくこれで少しでも被害を減らせればいいのだが……。
「…………ぐっ!?」
再び激しい頭痛を伴う危険予知の映像が脳内に流れる。
俺が空を見上げると街の上空を覆い尽くすような真っ黒な巨体が飛んでいたのだった。
次回明日の20時投稿予定です!
あちらでこの話の続きを更新します
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