食堂でひと騒動
翌朝、リリーナは眠い目をこすりながら教室に入る。
目に飛び込んできたのは、真ん中あたりのマリエナの席で談笑をする人たち。
その中には、ユーストスとヴェクトルまで混じり、すっかり仲良しこよしだ。
マリエナの手には、朝日をキラキラと反射するもの。
昨日ユーストスに買ってもらっただろう、高価そうなガラスペンだ。
(見せびらかしてるの…?)
リリーナは、昨日のメリンダとの話もあり、ほんの少しだけマリエナには
良い感情を向けられなかった。
メリンダはすでに着席をして、いつもと変わらぬ表情で、読書をしている。
(おはようございます!)
心の中でメリンダに挨拶をして、すれ違った。
昼休み。
昨日、ユーストスがメリンダに、食堂の特別室に来るように言っていたことは
うっすら聞こえていた。
(きっといい話ではないと思うわ。理由もはっきりしていないのに、悪いことを
した者を見るような目をメリンダ様に向けるのだから。
何もしていないって言っても、例の魅了の力で聞く耳を持ってくれないかも…。
ああ!もしかしたら、ユーストス様と2人だけじゃないかも知れない…)
リリーナは嫌な予感がしたので、特別室に一番近い場所を陣取ると、
警戒しつつ、それとなく昼食をとっていた。
(万が一メリンダ様に何かあっても、ここに味方はいますからね!
…おっと、これは盗み聞きではない、たまたまこの席に座っただけ…たまたま…。)
暗示のように繰り返して言い聞かせた。
程なくしてコツコツと、一定のリズムで靴音が聞こえてきた。
(来た…)
リリーナは振り返らず、耳に意識を集中させていた。
よく聞くと、靴音は複数。
2人ではない…と思ったところで
「またリリーナ・ストークス嬢か…」
と、明らかにリリーナにだけ聞こえるように放たれた声。
この嫌味な感じはすぐわかる。
(ヴェッ様だわ…なんでいちいち気づくのかしら…
ずっと王太子様もヴェッ様も避けていると言うのに、
まだ私が王太子様を狙っているなんて、思っているのかしら。
いい加減誤解を解いて、放っておいていただけないかしら…!)
そう思いながらも気付かぬふりをしているうちに、足音は横を通り過ぎていく。
目の端に捉えたのは4人。
彼らは特別室に入り、程なく扉が閉まった。
(やっぱり…懸念した通り、いつかの3対1の構図になるのね…。
メリンダ様は大丈夫かしら…、キツく責め立てられないかな…。)
平静を装っているつもりだったが、リリーナの近くを通る生徒が、
ギョッとする表情で通り過ぎるのが見えた。
それをいくつか見送った後に、ようやく気づき、
自分の顔をポケットミラーで確認すると
眉間にシワ、への字口、険しい目つき
慌てて下を向き、顔を覆う。
(確かにこれはみんな驚くわ…)
リリーナは両手で軽く顔を叩き、表情を戻したのだった。
しばらくして、特別室から漏れ聞こえてきたのは
「これ以上…幻滅させないでくれ!」
「公爵令嬢としての品格を考えてくれ…」
「婚約者としては相応しくないとみなされる。」
など、ひどいものばかりで、リリーナは苛立った。
途中、マリエナの声で
「ユーストス様、メリンダ様をお許しください…」
「私も悪いんです…教養が足りなくて…目障りだったのかもしれません…」
これには、さらに嫌な気持ちにさせられた。
(私って、こんな時に本当に何もできない…悔しい…!!
何が味方よ…言ってるだけじゃない!
メリンダ様は何も悪くないのに…魅了の力って何よ!!
そんな変な力、どこかに飛んでいけばいいのにっ!!!)
爆発しそうな感情になり、思わず両手の拳を強く握った。
パキッ…!
「痛っ…!!」
一瞬、リリーナの胸に電撃のような強い痛みが走った。
痛みは一瞬で消えたものの、意識が一歩奥に行ったような感覚になり
瞬きや自分の動きが遅れて感じたり、触れているはずのカトラリーの
感覚がよくわからなくなった。
力が入らず、ずるりと椅子から崩れ落ちる。
それに食堂の生徒たちも気付き、集まり始めた。
(とってもまずいわ…)
ちょうど話を終え、特別室から出る4人も
それを目撃した。
「リリーナさん!?」
「ストークス嬢!?」
誰かが駆け寄ってきて抱き上げる感覚があった。
優しく大きな腕に収まり、男性なのだろうとは思った。
しかし、リリーナの意識はさらに遠くなり
それが誰だか認識はできなかった。
(もう…無理……)