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愛国妃  作者: ちかえ
第四章 家族編
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結界魔術

 あの後、イライアはノートを最後まで読んだ上でエステルに返した。


 最後にセルジからエステルへのメッセージがあったからだ。だからあれはエステルが持ってるべきものなのだろう。


 エステルには全てを話した。


「もし、マルティネス陛下が何もしなければ、私たちは姉妹になっていたのね」


 あまりにも優しい親友の言葉にイライアは泣く事以外出来なかった。そんなイライアの頭をエステルは優しくなでてくれた。そして『イライアは何も悪くないから気にしないで』とエステルにも言われた。レトゥアナの人たちは本当に優しすぎる。


 今はエレストス領に向かっている。


 この領に行くのは久しぶりだ。きっと子供達は甘えてくるだろう。それが楽しみに思えてイライアは小さく笑う。


「楽しみですね」

 その心を読んだようにモニカが話しかけてくる。セルジの日記の事で彼女にも心配をかけてしまった。


 イライアは微笑みながら静かにうなずいた。



****


 エレストス孤児院ではいつものようにみんなに歓迎された。とは言ってもこの前のように馬車の前に飛び出してくる子供はいなかったので安心する。


 エレストス領は遠いのでなかなか行く事は出来ないが、その分、行けば長居をする事にしている。これは昔から変わらないそうだ。


 今は夜だ。子供達を寝かしつけるのは終わったので、今夜泊まる部屋で刺繍の練習をしている。いいかげんに裁縫の腕を上げたい。それでも他の人の前でやると必死になって止められるのだ。そんなに自分の縫い物は下手なのだろうか。


 それでもいらない端切れと糸を持って来てまでわざわざここで裁縫をしているのは他にも理由がある。


「痛っ!」


 考え事をしながら縫っていたらまた指を針で刺してしまった。今日指を刺すのはこれで何度目だろうか。これだからみんなは心配なのだろう。


 ため息をついたとき、そっと扉が開いた。来る事は分かっていたので驚かない。顔を上げると、予想通りアリッツがそこにいた。


 アリッツが入ってくるのを確認すると、イライアはそっと結界を張った。見られる心配はないだろうが念のためだ。


「王妃様、またケガしたの?」


 イライアの指を見ながら呆れたように言う。こんな小さな子供に呆れられてしまうのだ。相当酷いのだろうと分かる。


「またとは何よ」


 言い返しながらも無理はないと思う。


 アリッツが近づいてくる。自分がしなければいけない事は分かっているようだ。


「ではお願いね、アリッツ」

「はい」


 そう言うとアリッツはイライアの傷に手をかざし呪文を唱えた。たちまち指が元通り綺麗な状態になる。


 イライアがここでわざわざ裁縫をしていたのはこのためだ。アリッツに治療魔術を教えるため。教え始めていた頃はナイフで傷をつけて練習させていたのだが、アリッツがあまりに怯えるのでこういう形にした。呆れられるのが玉にきずだが仕方がないだろう。アリッツの魔術のためだ。


 自分の指の状態を確認する。術が失敗していて傷が再生するなどという事はなさそうだ。


 アリッツには攻撃的な魔術はまだ教えていない。基礎の中でも自分を守る術を中心に練習させている。見たところ、アリッツは彼の父と同じ『光属性』のようなのでちょうどいい。


 もちろんどうしても必要なもの——火、水、風の魔術——は一番最初に叩き込んだ。元々それらは出来るようだったが、コントロールが上手く出来ていなかった。まあ、無意識の上に無詠唱でやれば普通はそうなる。今は呪文を教えてあるのである程度加減をして使う事が出来る。もちろん、魔力を動かす事はきちんと意識してやるように厳しく言ってある。


 今日もイライアの魔力で作った空間に入ってそれらを徹底的に練習させた。わざわざ魔力で作った空間を使っているのは暴走した時のための対策だ。孤児院を火事にしたくはない。


 今日は調子がいいようでイライアの出した課題を上手くこなしている。かなり慣れたというのもあるだろう。

 素直に褒めると心底嬉しそうに笑う。可愛い。これが自分の甥っ子なのかと思うと心が温かくなってくる。


 でもずっとほんわかしているわけにはいかない。


 そろそろ新しい魔術を教えても大丈夫だろうか。


 イライアもかなり急ピッチで教えている事は自覚している。だが、これはアリッツが彼自身を守るために必用なのだ。だからスパルタだとわかっていても止めない。大体、イライアの嫁入り前には、兄からこれと同じくらいの厳しい授業を受けたのだ。実際にはエルナンはイライアの様子をきちんと見た上でやっていたのだが、イライアはそんな事は知らなかった。


 アリッツに提案すると、彼ははしゃいだ。新しい術が使えるのが嬉しいのだろう。なのに、防御の結界魔術だと言うと不満そうな顔をした。地味だと思っているのだろう。


「もっとかっこいいのはないの?」

「そういうのはもっと後ね」


 そう言うと、アリッツはがっかりしながらもうなずいた。まだそう言うところが子供っぽい。そう言えばイライアも初めて兄に剣を教えてもらった時に、『本物の剣を使いたい!』とわがままを言った——当然鼻で笑われた——事を思い出す。そういうものなのだろう。


「もし、危ないものが飛んで来たときとかにこれを使って守るのよ。大きいのを作ったらお友達も守れるわ」

「本当?」


 それでアリッツは納得してくれたようだ。みんなを守れるというのが素直になった理由だろう。すごくいい子なのだ。


 まずお手本としてイライアが体に結界を張って見せる。見やすいように薄く色をつけた。


 アリッツは幻想的なその魔術が気に入ったようだ。キラキラした目で見ている事でそれがわかる。


「ベールみたい!」


 それがアリッツの感想だった。そういえば前に、ここの領主の息子が結婚した事を思い出す。そしてその花嫁は綺麗なヴェールを纏っていた。


「さ、アリッツ。魔力の動きを止めた上で呪文を唱えてごらんなさい。どこまで覚えている?」

「えっと……なんだっけ?」


 どうやらイライアの魔術に見とれすぎて呪文を全部忘れてしまったらしい。結界魔術の呪文は今まで教えた魔術より少し長いので仕方がないのかもしれない。それでも欲を言えば最初の一単語くらいは覚えていて欲しかった。


「じゃあわたくしの後について繰り返してみましょうね」


 アリッツが真剣にうなずく。そしてイライアの言う呪文を真剣に聞いてゆっくりと復唱をはじめた。


 その日のお稽古はアリッツが呪文をある程度暗記するまで続いた。

これで第四章の「2」は終了です。

次から第四章の「3」が始まります。

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