旅のお供
「あー、つかれた」
廊下を歩きながら、イライアはついそうひとりごちた。侍女のクララが苦笑する。セリナとルシアは休憩中なので、今は彼女がイライアに付き添っている。
「部屋に戻ったら蜂蜜入りのお茶をご用意します」
その気遣いが嬉しい。イライアは素直にお礼を言った。
本当に疲れた。何が悲しくて、父あての恋文など読まなければならないのだろう。
わかっている。父にレトゥアナの情報が流れないように、ミニィが書いた報告の手紙を取り上げたのだという事は。
だが、最初に出て来たのが恋文だとは思わなかった。イライアが顔を引きつらせたのを見たノエリアにも渡したが、彼女も苦笑していた。王太后と宰相には、ミニィの正体が、マルティネス王の愛妾の『エルミニア・エチェバリア』だと話してある。『そんな! フレイ・イア教の代表者たる国王が戒めを破るなど!』と宰相が嘆いていたが、同感だ。むしろよく言ってくれたと思う。
とりあえず手紙は厳重に保管した。前に彼女が書いたものも同様に保管してある。ただ、全部奪うと父に感づかれるので、問題ない部分を厳選して、ついでに彼女のものに似せた筆跡で嘘の情報も混ぜて送ってある。ちなみにミニィは魔石を使って送っていたようなので、念のためにミニィを操って彼女自身の手で送らせた。
あの愚王が嘘情報にうまく踊らされてくれるといい。そう思うと、自然に口に黒い笑みが浮かぶ。少しだけ気分がよくなった。
今は部屋に戻って温かい蜂蜜茶と共にゆっくりと旅の事を考えよう。二週間かけて国営の孤児院を回るのだ。いつもはなかなか行けない場所にも行けるので楽しみにしている。
あの子には本を読んであげようか、あの女の子たちはお人形でおままごとをするのが好きだったな、あの地域の子供達は元気だから一緒にボール遊びをしようか、あそこの孤児院では滞在中にピクニックの予定があったな、と考えるのはとても楽しい事だった。旅のはじめには、友人のエステルが、セルロールス領に帰るついでに一緒に領を回ってくれるそうだ。これにはノエリア達も賛成してくれた。領立の孤児院も見れるので一石二鳥だ。
だが、もう少しで部屋に着く、という所で騒がしい声が聞こえた。一体どうしたのだろう。
部屋の前に着くと、そこにいたのはエステルだった。何故か怒っている。本当に何があったのだろう。
「久しぶりね、エス……」
「イライア! 何なの、あの侍女は!」
遮られた。よっぽど怒りが強いのだろう。イライアはとりあえずエステルを部屋に通す事にした。外で騒がれると困るのだ。ミニィに聞かれたら大変な事になる。
クララは約束通り、蜂蜜入りのお茶を淹れてくれた。それだけでイライアは幸せな気分になる。甘いものは大好きだ。
「それで、どうしたの? エステル。旅の話し合いをするのは明日じゃなかったかしら」
「何を呑気な事を言っているの!」
どうやら甘くて美味しい蜂蜜茶も親友の怒りの心は収めてくれないらしい。それだけ彼女の怒りが強いのだろう。
「イライア、あなた、侍女の一人が陛下に色目を使っているって知っているの?」
それはイライアも知っている。毒が効かないから色仕掛けで誘惑しようとしているのだろう。さすがは『淫魔』だ。短格的な馬鹿女。心の中で何度そう罵倒したか知れない。
「ええ。知っているわ。でもビバル様は信心深いから、その点はまったく心配していないの」
さらりと言ってカップを口に運ぶ。
「でもイライア……」
「どうせああいう女は簡単に自滅するものよ。そうでなければわたくしが動くわ」
きっぱりと言い切る。実際、ミニィを潰す作戦はもう始まっている。
「それよりせっかくエステルが来てくれたんですもの。もっと楽しい話をしましょう。わたくし、領立孤児院の子供達の事とか知りたいわ」
能天気にそう言うイライアにエステルが苦笑した。
「本当に大丈夫なのね?」
「もちろんよ」
笑顔を見せる。エステルもやっと安心した顔をしてくれた。
孤児院の様子をエステルに教えてもらっていると、クララがビバルの来訪を告げる。今日は本当に訪問者の多い日だ。ただ、夫を『訪問者』に加えるのは間違っているかもしれない。ビバルは寝室くらいしか使ってないので忘れがちだが、ここはビバルの部屋でもあるのだ。だったら許可なんてとらないで入ればいいのに、とも思うが、そういう所が真面目なビバルらしいとも言えるだろう。
「ビバル様、どうかいたしまして?」
「イライアに提案があるんだが、いいか?」
「どうぞ」
気にせずに言う。きっとたいした事ではないだろう。そう思っていたイライアの予想は見事に覆される事になった。
「私も一緒に旅行に行こうと思う」
「え?」
「はい?」
イライアとエステルの驚きの声がはもる。
正直言って困る提案だった。この旅行はイライアが留守にする事で、ミニィを動きやすくし、罠にはめるためのものでもあるのだ。
もちろんビバルを害させる気はない。だが、ビバルの前で彼女の正体を暴いてやろうとしているので、彼が旅行について来てしまったら何もかもが台無しになってしまうのだ。
「侍女はわたくしとエステルで行くと了解しているのですよ。突然言われたら彼女達が混乱します」
「ああ、それで申し訳ないのだが、準備にそちらの侍女も貸して欲しいのだが」
「行く事はもう決まっているのですね?」
「すまない」
『すまない』で済ませるなと言ってやりたい。侍女の問題しか話していないが、国王が旅に参加する事で一番慌てるのは孤児院の院長や職員達だろう。普段通りの生活を見せるとはいえ、ある程度準備が必要な事をビバルは知っているのだろうか。
「あら、いいじゃない!」
何故かエステルが乗り気になってしまった。これは決まったも同然だ。まあ、エステルはイライアの作戦など知らないから仕方がない。まあ、国内の視察も兼ねる事が出来るから逆にいいのかもしれないが。
とりあえず各地の孤児院に連絡をするように、ビバル付きの侍僕に目配せで命じた。二人のうち、一人が退席しても、その分クララが補ってくれるから問題はない。それに控えの間には他にも侍女が控えているはずだ。
「私が同行しても構わないな?」
しっかりとイライアと目を合わせて来る。これは宣戦布告だろうか。この間信用を失ったから監視目的かもしれない。
「ええ。あ、侍女はセリナかルシアを手伝いに出しましょうか?」
「いいのか?」
ビバルが目を見開く。イライアがこの二人をかなり気に入っている事は彼も知っているからだ。そんな大事な侍女を借りてもいいのか、という事だろう。
「そういえばそのセリナとルシアは?」
「セリナが何か悩んでいた様子だったので、休憩時間を使ってルシアが話を聞いてあげているんです。でもそろそろ戻ってくると思いますよ」
エステルの疑問にクララが答える。そういう事はたまにある。でも悩みがあるならイライアにも打ち明けてくれればいいのに、と不満に思わなくもない。だが、親友同士でしか話せない事もあるのだろう。
「ちょっと探してきましょうか」
ちょうどお茶も飲み終わったのでタイミングがいい。
それにしてもビバルと旅行とは、と改めて思う。なんだか少しだけ心がむず痒い。
そのタイミングで『仲良くなるチャンスよ、頑張って!』などと親友がささやいて来る。イライアは苦笑した。
「どうした?」
ビバルが訝しげな声をあげる。何でもないわ、とイライアは返した。
隣でエステルが呆れた顔をしていた。




