レトゥアナ王国へ
第一章最終話です。
半年後、イライアとビバルは馬車の中にいた。
婚儀は済んだ。これからレトゥアナ王国に向かうのだ。
今乗っているのはレトゥアナ王国から来た馬車だ。そして世話をする者達もレトゥアナから送られて来た人たちだ。マルティネスはアイハの馬車で送りたかったらしいが——絶対に間者を忍び込ませる為だろう——、レトゥアナ王国の前王妃、今の王太后であるノエリアに押し切られたのだという。おまけに連れて来ていい侍女も一人だけだと言われたらしい。王太后の身が心配だ。着いたら王太后に守りの魔法をかけようと考える。結局儀式は受けずにイライアはまだアイハの魔力を有しているのだから。
これについてはよかったと思っている。魔族との婚儀で得ているアイハの魔力の力は強い。正直これを『魔術』で防ぐのは無理だ。だからこそイライアは父を操り、兄を説得して、彼の厳しい授業に耐えた。おかげでイライアはまだ『魔法』が使える。
兄はやはりイライアに儀式を受けさせたかったようだ。最後の授業のとき、『あのスパルタスケジュールをこなすとは……』と悔しがっていた事や、毎日、授業の始めにこの魔力の危険性について説かれていた事からわかる。
実際、兄の授業は厳しかった。結局出発の前日までほぼ毎日勉強漬けだったのだ。おまけに昼間、レトゥアナ語の復習は勿論、王国の歴史、地理、経済、おまけに帝王学まで詰め込まれた。
そして驚いたのがレトゥアナ王家の人間関係や現在の権力図、一人一人への対応まで教えられた事だ。
つまり兄もレトゥアナ王国に彼個人の密偵を忍ばせているのだろう。その内容は勿論すべて報告される。きっとイライアの行動も間違いなく監視されるのだ。もし、何かミスでもしたらすぐに叱責の手紙が来たりするのだろうか、と考える。それは嫌だ。
何度も言われたのは、『王太后はレトゥアナ王国の実質最高権力者だから逆らうな。そして絶対に彼女だけは味方に付けろ』だった。ビバルの母親であるノエリア王太后はどんな怖い女性なのだろう。イライアは今から彼女に会うのが心配だった。確かイシアル王国の王の姪だったはずだ。自分にも他人にも厳しい性格と聞いていた。
マルティネスは昼間のレトゥアナ王国関連の授業の事しか知らない。それについてもぶつぶつ言ってたのだが、兄が『一国の王妃としてこれだけの知識しかないなんてあり得ない』と押し切ったらしい。また呪われないのかと心配だったが、『魔法で常に強い結界を張ってあるから大丈夫』といい笑顔で言われたので、安心することにする。
一応、休みの日もあるにはあったのだが、その時はバルバラがにこにこと笑って『今日はお母様と一緒にお勉強しましょうね』と部屋にやってくる。そして兄以上に厳しくアルチュレタ家にだけ伝わる魔術を教え込まれるのだ。マルティネスを操って儀式を拒否した事は、母にもしっかり知られていた事をその時に知った。上機嫌だったから別段反対していないのだろう。
魔力を有する者の出産には、『呪い師』と呼ばれる特別な魔術の知識を持った産婆が必要だとその時に聞いたが、それはバルバラが受け持ってくれるそうだ。どうせ出産の時は顔を見に来るので問題ないと言われた。母にまで甘えてしまって悪いな、とも思うが、ビバルや未来の子供達を守る為には仕方ない事だと言い聞かせる。
「どうしたのですか?」
ビバルが話しかけて来る。アイハ語で。国境を越えるまではアイハ語を使ってもいいと言ってくれたのだ。
「昨日までの事を考えていたのです」
「ああ、婚儀の事ですか?」
違うが頷いておく。念のためにビバルにもイライアが魔力を有する事は黙ってある。完全にレトゥアナ王家が信用出来るとわかったら、口止めした上で話すつもりだ。
「お兄様の剣舞、かっこ良かったなぁ」
わざとつぶやく。ビバルも頷いて同意してくれる。
これは嘘ではない。婚儀で披露された兄の剣舞は本当に素晴らしいものだった。古来から伝わっている、悪いものを断ち切る踊りらしい。もっと早く断ち切って欲しかったが、贅沢は言えない。
「それにしても……」
ビバルがぽつりとつぶやく。
「どうしたんですか?」
「いや、あまり人がいないな、と思って。道も妙に綺麗だし」
不安そうに言う。一体どうしてそんな事を言いだしたのだろう。人がいないのも道が綺麗なのもイライア達をきちんと敬っているからだろう。
そう答えると、ビバルは『信じられない』とでも言うような顔をする。そうしてイライアから目線を外し、まっすぐ前をむいた。
しばらく気まずい沈黙が続く。最初に口を開いたのはビバルだった。
「イライア王女、これだけは言っておきます。レトゥアナ王国に着いたら、民達に『不敬』、『無礼』、『身分をわきまえろ』とは言わないでください」
「え?」
「もしかしたらこれからあなたにとって不愉快な事もあるかもしれません。でも国民に酷い言葉を投げつけて欲しくはないのです。それだけはここで約束してください」
厳しい声だった。一体どうしてそんな事をいうのかイライアには分からなかった。でも頷かなければいけない気がする。
「わかりました」
だからそれだけ返す。
小さな不安を抱えながら馬車はゆっくりとレトゥアナ王国へ向かっていった。




