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愛国妃  作者: ちかえ
第一章 アイハ編
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魔女の賭け

「何の用だ? 一の姫」


 父が訝しげな声を出す。イライアは無邪気な笑顔で微笑んでみせる。


「お父様に会いに来ました」


 不自然な事ではない。『愚かなイライア王女』は時々こうやって国王のご機嫌伺いに行くのだ。


「まったく。お前はもうすぐ隣国の王妃になるのだぞ。少しは落ち着きなさい」


 いい父親のフリをしてる。イライアはそれを見て子供のように笑った。そうして少しだけ寂しそうにうつむいた。


「こうしてアイハにいられるのもあと少しなのですね」

「そうだな」

「ねえ、お父様」


 また甘えた声を出す。そして用意しておいた魔法を展開させた。父の目が虚ろになる。


『イライアのお願いを聞いてくださる? お父様』


 魔力を込めた言葉を放つ。父はイライアの思惑通り優しい笑顔を浮かべた。


「ああ、なんでも聞いてあげるよ」

「そう? 嬉しいわ」


 イライアは心底嬉しそうに微笑み父に近づいた。


『「イライアの魔力消しの儀式する権利」を放棄していただきたいの』


 耳元にそう囁く。もちろん魔法が効き続けている事の確認もしている。


『約束してくださる? 国王陛下』

「もちろんだ」


 国王は『魔女』に操られるがままに先ほどささやかれた言葉を復唱した。言葉が魔法に縛られた事が分かり、イライアは満足げに笑った。


『今のやり取りはすべて忘れて頂戴。わたくしがここに来た事も、ね』


 すっと指を動かす。途端に父の体が机に崩れ落ちた。


 そのまま眠ってしまった『国王』をその天敵の『魔女』が冷たく、しかし満足そうに見下ろす。


 このやり取りは外には聞こえないようになっている。中にいる使用人も操らせてもらった。彼らはただ、国王がいつも通り執務をしているように見えるのだ。そして疲れ果てて眠ってしまったと。


「随分と無様だこと」


 楽しくあざ笑う。


「約束はきちんと守ってもらいますからね、『お父様』」


 『魔女』はそう言って妖艶に笑い、姿を消した。


****


 しかし、イライアは予定していた目的地には転移出来なかった。


 失敗したのかと顔を上げると、怒りに満ちた兄と目があう。空間をねじ曲げたのは間違えなく彼だろう。

 まずい、と思う間もなく、重い拳骨がイライアの頭上に振り落とされた。か弱く見えても、しっかり鍛えている兄の力は強い。あまりの痛さに頭を抑えながらうずくまる。


「何するんですか、お兄様!」

「ここまで危ない事をするなんて聞いていない」

「い、いやー、それは、その、ね。お、おほほほほ」

「笑ってごまかすんじゃない」


 厳しい声で言われる。本気で怒っているようだ。無理もない。それだけ大それた事をしたのだ。


「お前、何をしたか分かっているのか?」

「『魔力消しの儀式』を取りやめてもらうようお父様に『お願い』しましたけど、何か問題でもありましたか?」

「『お願い』だと? ただ単に操ったんだろうが!」


 怒鳴られた。叱られる事は覚悟していたが、ここまで怒るのは予想していなかった。


 とにかくここまで来たら引き下がれない。予定通りきちんと交渉しようと、イライアはしっかりと兄の目を見つめた。操るためではない。真剣さを分かってもらうためだ。


「それで、セドレイ様、おねが……」

「駄目だ。私は許可しないよ。王だけでなくセドレイにも儀式を行使する力はあるんだからね。お前の『魔力消しの儀式』は私が執り行う事にしよう。四日後の夜に私の部屋に来るように。来ないようなら無理やり連れて行く。という事で話は終わりだ。下がれ」


 あっさりと却下された。おまけに追い出しにかかっている。


「わたくしが何のために頑張ったと?」

「私の知った事ではない。それより私はお前に下がれと言ったんだが聞こえなかったのか。さっさと部屋に戻れ」

「お、お願いします、お兄様。それだけは!」


 もうエルナンは返事もしてくれない。すがりつく妹の手を残酷にも振り払って仕事机に戻り書類をチェックし始める。


「もし、わたくしに世継ぎが生まれたらお父様はビバル様を邪魔だと思うでしょう。彼を守れるだけの力が欲しいのです」


 やはり無視される。


「お兄様なら分かってくださるでしょう? セシリア義姉様のこ……」

「セシリアの事は今は関係ないだろう」


 答えてくれたが、先ほどよりずっと声が尖っている。彼の古傷に触れてしまったようだ。だが、そこで引き下がったらおしまいだ。


「遮らないでください。わたくしは……ビバル様をあの時のセシリア義姉様のような目に合わせたくないのです。わたくしもそばでお兄様達の事を見ていましたからあんな風にはなりたく……」


 机を思いっきり叩かれる。黙れ、と言われているのだ。でも引き下がるつもりはない。イライアは兄の顔が見えるように彼の隣に行く。眉間の皺がものすごく深い。その皺を指で平らにならしたいが、そんな事をしたら腕を掴まれ、そこから雷魔術を流され気絶させられてしまいそうなのでやめる。今、気絶させられるわけにはいかない。


「お兄様だってそんなつもりでこの婚姻話を進めたわけではないでしょう?」


 彼の怒りが増していくのを感じる。かなり怖いが話をやめる気はない。


「お兄様」


 畳み掛けると、ため息を吐かれる。


「ただのおふざけじゃないのはわかった。でも危なすぎる。もし父上がこの事に気づいたらどうする気だ?」


 椅子をイライアの方に向け、冷たい目で見据えてくる。試されているのだと分かる。


「わたくしは『魔女』です。どこの世界に処刑を恐れて怖じ気づく『魔女』がいるというのです? そんな『魔女』など意味がないではないですか」

「僕との魔術師契約はどうするつもりだ?」

「もしセドレイ様のご迷惑になるのなら外してください。こうすると決めた時から見捨てられる覚悟は出来ています。セドレイ様の思う通りにしてください。いえ、むしろ外してくださった方がセドレイ様の為です。あなた様はアイハの次の王となられるお方。わたくしとは立場がまるで違います。『魔女』の我が儘に付き合う必要などないと思うのです」

「だったら儀式を受ければいいだけだろう。そうすれば支配下からも外れる。簡単な事だ」

「今回の件だけはどうしても譲れません」

「悪いけど僕も『セドレイ』として今回の事は見過ごす事は出来ない。それに……」


 不意に兄が手をイライアの方に伸ばした。あっという間にイライアは奥の壁に思い切り叩き付けられる。


「この攻撃も避けきれないお前に何が出来るんだ? 影でこそこそ動くぶんには問題はないんだろう。だが、もし父上が正攻法で来たらお前は勝てるのか?」


 残酷な言葉が落とされる。だが、諦めるわけにはいかない。兄なら操らなくてもきちんと話を聞いてくれるのは分かっている。もし操ろうとしたらどんな報復が待っているか分からないので怖い、というのもあるが。


 しっかりと顔をあげた。背中が痛くて立ち上がれないのがかっこわるいが仕方がない。


「お兄様は……」

「……いつまでそこに座ってる気だ。こっちに来なさい」


 呆れた声とともに穏やかな魔力がイライアを包み、あっという間に傷を癒していく。この実力差だ。情けないと思われても仕方がない。


 兄が対面式のソファーに移動した。向かい側を指し示すので座る。


「お兄様もわたくしを魔力0にする気はないのでしょう?」

「どうしてそう思う?」

「魔術師契約があるからです。数ヶ月後に魔力が消える相手に対してあんな博打は打たないと思いまして」


 兄がたじろいだ。図星だったらしい。


「セドレイ様はわたくしを試しているのですか?」


 にっこりと笑いかけると兄は冷たい笑みをその唇に浮かべる。


「いいや。私は怒っているんだよ。欲張りにも『全ての』魔力を持って行こうとしている愚かな『魔女殿』にね」


 部屋の空気が凍る。


「『全ての』とおっしゃいましたか?」

「そうだよ。あちらの、アイハ特有の魔力は危険だ。少なくともそれだけは奪っておかねばならないと思っているんだよ」

「どうして?」

「お前はずっと『闇属性』でいるつもりか?」


 唇を噛む。痛い所をつかれた。確かにイライアもずっと『闇属性』ではいたくはない。いわゆる『闇属性』にとってあの魔力が危険だという事は本人であるイライアがよくわかっている。


 特に『魔女』として人を苦しめてきたイライアは、人の負の部分をよく受け入れてしまっている。それが自分の魔力と混ざり合い、心の中がぐちゃぐちゃになるのだ。多分それを受け入れ続ければ残虐な性格になってしまうのだろう。少なくとも父はそうなった。一体、何が彼の心を『ああ』してしまったのかは分からないのだが。


「ずっとではありません。でも『闇属性』の父に対抗出来るのは同じ『闇属性』であるわたくしだけだとも思っています。だってあの愚王はお兄様の『癒し』は受け入れないのでしょう?」


 そして『光属性』には『闇属性』の苦しみを癒す力が備わっている。この仕組みに関しては、世の中は上手く出来ているとイライアは思う。父が拒否していなければ、だが。


「そうか。癒せばちょっとは素直になるかな?」


 兄が黒い笑顔でにっこりと笑う。


「いいえ、わたくしはビバル様を守りたいという清らかな心でいっぱいなので無理ですわ」


 こちらも笑顔を返す。負けるわけにはいかないのだ。


「その余裕綽々の態度はセルジ殿下の遺言があるからか?」

「はい」

「そろそろどんな遺言か教えてはくれないのか?」


 隠す必要はないので正直に答えた。『魔力のあるイライアにビバルを守って欲しい』という願いを。


 だが、それを聞いたエルナンは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「つまりアイハだけの魔力は必要ないって事だな。わかった。魔力は残してあげよう。ただ、アイハの魔力は抜く」


 話が元に戻ってしまった。


「もしお兄様が認めるほど魔法や魔術が上手くなったら許していただけますか?」


 そう尋ねると、兄は小さく笑った。


「たった半年しかないのに?」

「ちなみにお兄様はどれくらいの実力があれば認めてくれるのですか?」


 兄は無言で立ち上がって書庫に向かう。そうしてからこの部屋の書棚からもいくつかの本を抜き出す。戻って来た兄は、彼の両手でやっと抱えられるくらいの本を机に積み上げた。


「最低限これだけは必要だ」


 その分量にたじろいでしまう。おまけにどの本も分厚い。だが出来なければ魔力消しの儀式だ。


 どうしようと考えていると兄がくすりと笑う。心の中を見透かされているようで悔しい。


 イライアはしっかりと顔を上げた。


「わかりました。婚儀までに覚えればいいのですね?」

「……そうだな」


 しぶしぶ、という態度が透けて見える。


「仕方がない。僕が特別に指導してあげよう。お前には無理だと判断したらそれまでだ」

「ありがとうございます」


 これでもかなり譲歩してくれているのがわかる。なので文句も注文もつけない。


 エルナンはすぐに本の山から一冊の本を取り出す。つまりもう勉強を始める、と言っているのだ。


「今日はまずアイハとヴェーアル(魔族の国)の関係史をやるよ。それからお前の魔法と魔術の実力がどれくらいあるかチェックする。いいね?」

「はい、よろしくお願いします、お兄様」


 これからが勝負だ。イライアはしっかりと気持ちを切り替えた。

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