希望
彼女が亡くなったと聞かされたのは中二の夏休みが終わったつぎの日。
二学期の最初だった。
二学期が終わる二日前。8月30日に彼女は
自分の部屋で14年という短すぎる人生を終えた。
当然僕はそのことを信じることはできなかった。
きっとクラスの皆も同じだったと思う。
彼女が死なねばならぬ理由など、いくら探しても見当たらなかったから。
それぐらい、彼女は明るい、普通の女の子だったはずなのに。
何度も何度も彼女が僕らの知らないところで
一体、何を思い何に苦しんだのかを考えた。
わかるはず、なかった。
僕は彼女のこと全然知らなかったから。
結局、答えなんて見つからなかった。
そう。あの時は。
あの夏は。
もしかして─
いや、絶対に僕がこの時代にタイムスリップしたのはこの子を助けるためだ。
ずっと、彼女が笑うのをみたかった。
もう見れないと思っていた。
けど、今目の前にあるのはその笑顔だ。
彼女の死の理由をずっと知りたかった。
ずっと助け出せたらって思っていたんだ。
そうだ、きっとそうだ。
俺はこのためにここに来た。
元の時代ではボロボロになった俺でも
何かを変えられるのかな。
嫌な目には十分すぎるくらいあったじゃないか。
俺ならきっと彼女を──。
おはよう。
俺はそっと返した。
ひきつった笑いになってしまったと思う。
正直今すぐにでも色んなことを聞きたかった。
なぜ?どうして?と。
でもそれじゃきっとダメだ。
変な奴だって言われるだけだ。
俺はこの夏、なんとしても彼女を救い出す。
絶対に死なせなんかしない。
なんとしても彼女を助けてやる。
慎重になるに越したことはないさ。
そうして俺は席についた。
だが、その決心と裏腹に俺は彼女に恐怖というか
かなりのトラウマをもってしまってるらしい。
彼女は明るい性格だから、よく話すことはできた。
ただ、僕の中で一度死んだ彼女が横にいるのは、
そう割り切って理解できるようなことじゃない。
ましてやそれが好きな人だったんだ。なおさらだ。
結局多くは話せなかった。
まぁ、この時代に来て間も無いから無理もない。
学校の懐かしい面々ともかなり話した。
けれども思い出と目の前で起こっていることが食い違っているような、
改めて、目の前に過ぎていったはずの人々がいるのは慣れなかった。
全ての人を覚えてるわけじゃないが俺は彼らが
今後どうなるのか知っている。
受験に失敗して、誰とも接点を持たなくなった奴もいるし、犯罪に手を染めた奴もいる。
マナミのように死んだ奴も。
それが俺の中の何かにつっかえる。
未来を知っているというのがこれ程残酷なものだなんて知らなかった。
10年。たった10年違うだけで街も人も何もかもが全く違うものになってしまったのだ。
どうにも受け止めたくなかった。
中学の授業の内容も結構忘れていた。
かつてやっていた様にノートに書き、先生の話を聞く。というのをやっていたら、
あっという間に一日は終わってしまった。
長いようで一日は短すぎる。
帰りの会が終わり、
俺は昇降口に向かい靴を履いた。
まるで違和感に押し潰されるようで、
早く帰りたかった。
部活はないのだし、もう帰ろうと思った。
だが、タイミングがいいのだか悪いのか、
あろうことかマナミもやって来たのだ。
「あれ、カラサワ君?今から帰り?」
「えっ?…あぁそうだけど、キタジマ、部活…」
キタジマというのはマナミの苗字だ。
「あぁ、実は吹部今日休みなんだよね。
あ、よかったらさ、一緒に帰らない?」
「えっ?!あぁ…まぁ、いいよ。」
正直、今一番マナミが苦手だ。
どうにも気持ちがむせ返ってしまう。
でも、俺はその場の空気に流されて一緒に学校を出た。
懐かしい街並みが俺とマナミを中心としてゆっくり流れていく。
僕らはゆっくりと歩いた。
マナミの歩幅に合わせていたからだと思うが、
それがまるで、10年ぶりの再開を確かめているように思えた。
するとマナミは口を開いた。
「なんか、今日のカラサワ君ちょっと変じゃない?」
「えっ?いやそんなこと…ないと思うけどな」
「なんていうかさ、ちょっと無理してるみたい。
顔だって怖いし。ほら、なんか嫌なことあったのかなって。」
そんな心配してくれてたのか。
まぁ、無理もないよな。大人が子供演じてるようなものだし。
「いや、別に大したことじゃないよ。なんの心配もしなくて大丈夫。」
「そっか…話ぐらいだったら私聞くんだけどなぁ~」
「…あぁ、いやなんかすまんな。変に気を使わせちまって。」
「いやぁ、全然大丈夫だって!
ただ、今日の朝、凄い顔してたからさぁ。」
「凄い顔?」
「うん。なんかね、哀しそうだったよ。」
哀しそう…か。
その原因は君なんだけど、な。
「そういえば今日、野村先生に怒られてたね。」
「あぁあれ?いや、またプリント忘れてさ。
おかげでこっぴどく説教されたよ。」
するとマナミは少し笑った。
「えぇ!またか~?もう、ダメだよ本当に居残りになっちゃうよ?」
「ハハ…そうだな。明日は持ってくるよ。」
「明日休みだって!」
「あ、そうだった。」
2人で声を出して笑った。
やっぱり彼女の笑顔は可愛いままだ。
こんな調子でくだらない話をしていくと、しばらく歩いたところで家の方向がちがくなり、手を振って別れた。
本当に他愛もない話だったけど、何より彼女が心配してくれていたことがたまらなく嬉しかった。
随分と喋って、話していて息苦しくなるというのも無くなった。
こんなに話のネタになるのだったらプリントの一枚や二枚忘れてもお釣りが来るなと、少し思ってしまった。
なんだか、本当に俺なら彼女を救えるような気がした。
本当にくだらない話ばかりだったけど、そのくだらなさがたまらなく愛おしかった。




