後編
※全4話(前編、中編①、中編②、後編)
※毎日21時頃更新。2026年8月21日完結予定
「ブリジット嬢、ディアを守ってくれてありがとう。改めて礼を言わせて欲しい」
スターリング家の応接室に通された私は、当主であるコンラッド公爵から頭を下げられた。
「あ、頭をお上げください! 私は当然のことをしたまでですし、そもそもその様なお言葉をいただける立場ではございません」
むしろ土下座して許しを請う側の人間なんです……と心の中で懺悔しながら私は深々と頭を下げた。
「母と兄が行った数々の無礼、改めてお詫び申し上げます」
「君は本当に優秀だな、あの連中と血が繋がっているとは思えない」
感嘆の声を漏らすコンラッド公爵。
「以前からブライトン家の黒い噂は聞いていた。妹が嫁いでから念のため内部を探らせていたがまさかクラウディアにあんな仕打ちをしていたとは……残念だが、君の家族にはそれ相応の罰を受けて貰う」
「はい、勿論です。我が兄と母のお義姉様への振る舞いは正常な人間のすることではありません。倫理に則ってしかるべき罰をお与えください。私も甘んじてお受けします」
「いや、君は関係ないだろう」
「いいえ。私もブライトン家の一員です、一人だけ罪を免れようとは思っておりません」
「しかし……」
幸い義姉はまだ兄の子供を授かってはいなかったので離縁もすんなり進めることが出来るだろう。もし子供が出来ていたら……考えただけでゾッとする。
でもこれでスターリング公爵家はブライトン子爵家と後腐れ無く縁が切れる、万々歳じゃないと思っていると、
「ねえ、ブリジットさんさえ良かったらスターリング家にいらっしゃらない?」
「—―え?」
冷えた体を温め身なりを整えた義姉がいきなりぶっ込んで来た。
「私ずっと可愛い妹が欲しかったの。折角のご縁が切れてしまうのは寂しいし」
「ちょ、ちょっと待ってくださいお義姉様」
「養子縁組をしてもいいのだけれど、セルジオのお嫁さんとしてお迎えするのが一番よね」
だからちょっと待ってよ義姉! お前も頬を赤らめるんじゃない次男!! 突然降って湧いたとんでもない良縁に度肝を抜かれていると、
「セルジオが嫌ならお兄様でもいいのよ。お好きな方を選んで」
義姉が超贅沢な2択を提示してきた、それに便乗するコンラッド公爵。
「ああ、それはいいな。長年政務にかまけて縁を結ぶ暇もなかったんだ、こんなに魅力的な女性なら大歓迎だよ」
すると、さっきまで頬を赤らめていたセルジオ様の目に殺意が宿った。私の手を取ろうとしたコンラッド公爵の手を叩き落として、
「それは宣戦布告だと思っていいのかな、兄さん…… 本気で言ってるんだったら容赦しないよ」
「ほお、どう容赦しないのか教えて欲しいものだな」
「ふふっ、お兄様とセルジオはとっても仲良しなの。私もブリジットさんとこんな関係になれると嬉しいわ」
お義姉様は私と血で血を洗うバトルを繰り広げたいのだろうか……と、引きつった笑顔を浮かべているとセルジオ様が私の手を取った。
「ブリジットはどっちがいい? 僕だよね!」
「え!? あ、あの……」
「僕の方が歳も近いし次男だから家督縛りもない、今後ブリジットがどんなライフプランを選択しても僕なら隣で支えてよりよい方向へ導くことが出来る。それに兄さんなんかに嫁いだら公爵家の規律や公爵夫人としての責務でがんじがらめになってこれからの人生お先真っ暗だよ!?」
「セルジオ、お前……」
「僕を選ぶ選択肢は君にとってメリットしかない、逆に兄さんはデメリットだらけ。優秀なブリジットならどちらが最適解か分かるよね?」
「ええ……?」
「僕と結婚するよね、僕がいいよね、ね!!?」
「…………え、ええと」
怒涛のプレゼンに呆気に取られている私を見て迷っていると思ったのか、セルジオ様がボソッと呟いた。
「……これだけ言ってもダメなら最終手段として今夜にでも既成事実を」
「せ……!」
身の危険を感じた私の口から思わず声が出た。
「せ?」
「セルジオ様がいいです……」
「……ッ! ありがとうブリジット!!」
ぱあっと笑顔になったセルジオ様が私をギュッと抱きしめる、そして茹でダコ状態の私にそっと囁いた。
「……言質取ったよ。もう撤回はなしだからね」
こうしてこのトンデモ劇場はお兄様とお義姉様の離縁、そして私への拒絶不可避な良縁をもたらして幕を下ろした。
*****
後日、王家立会いの下加害者側のブライントン子爵家とスカイラー男爵家、被害者側のスターリング公爵家の間で話し合いの場が持たれることになった。
その後どうなったかというと――
お母様は表向きは療養という名目で当主の座を退いたあと身柄を拘束、今回のことは表立って罪には問えないがこれがきっかけで過去10年間のブライトン家の金の流れについてメスが入ることになった。叩けば埃が出る身だ、今後は余罪について追及されその罪が裁かれる。
お兄様に執着しブライトン家を引っ掻き回したジェンナは、もう二度と迷惑をかけないようにと父親であるスカイラー男爵の手で遥か遠方の修道院に送られた。そこで男児を出産したが瞳や髪の色、肌色に至るまで何一つ兄とは似ても似つかなかったという。
お母様とジェンナから解放され憑き物が取れた兄ローレンスは、現在避暑地にある子爵家の別宅でひっそりと暮らしている。
暫くしてスターリング家に兄からの手紙が届き始めた。未開封で積み重なっていた束の中から1通だけ義姉の部屋で開封されているのを見て、元の関係に戻ることは無理でも新しい関係は築けるかもしれないと思った。
そして母と兄のいなくなった子爵家の家督は必然的に私に回って来た。元々ブリジットは家督に興味がなかったし醜聞まみれの家だ、このまま爵位を返上しても……と考えていたけれど、セルジオ様が嬉々として婿入り宣言をしたのだ。
『スターリング家は兄さんがいるから安泰だし、僕はその手伝いでもしながらのんびりする予定だったけど、君が子爵家を建て直したいなら喜んで協力するよ』
やる気満々のセルジオ様に半ば押し切られる形でブライトン家を背負うことになった私。かといって彼の爵位を落とすわけにはいかないので、私がスターリング公爵家に入り、ブライトン子爵家の領地経営を二人で担う形となった。
子爵家は残したまま経営権をスターリング家が持っているという状態。将来兄に権利を譲ることも出来るし、やっぱり兄では……となった場合は正式な手続きを踏んだ上で別の血縁者(親戚)に受け渡せばいい。どちらにしても子爵家は存続出来るという訳だ。
あ、そういえば気になっていたことが2つ。
公爵令嬢のお義姉様がなぜ下町で働き口を探していたのか、そしてセルジオ様とコンラッド公爵のバミリはどうして途中で止まっていたのか。
まずクラウディアお義姉様の行動は市井の暮らしを身を以て知る、というスターリング家のしきたりに則ったものだった。仕事を探しに訪れた仲介所でたまたまローレンスと出会い、最初は兄の一方的な好意から始まったもののやがて兄の頼りないながらも優しい人柄に徐々に義姉の心も動いていったという。その『頼りなさ』が原因でこうなった訳だけど……
そしてバミリについてはセルジオ様も私と同じ体験をしていた。つまり、最初はあの場所から前に進めない状態だったという。
「いきなり動けなくなるからびっくりしたよ。その時遠くに君と姉さんが見えて」
本当ならあの時、お兄様に手を上げられるのはクラウディアお義姉様の筈だった。愛する人に裏切られ地面に倒れこんだ彼女の悲しみが頂点に達した時―――兄弟が駆けつける、という流れだったのだろう。つまり叩かれるまでがワンセット。
でも私が流れをガン無視して家族と義姉の間に入ってしまったことで、兄が私に手を上げる展開に変わってしまった。
そしてその現場を目撃したセルジオ様が居ても立っても居られず強制力をぶっちぎって兄をぶん殴った。って、あのバミリバリア、超強力だったけど……
「色のない景色の中でブリジットだけが色づいて見えた。君の姿が目に焼き付いて離れなかった――ひと目惚れだったんだ」
セルジオ様の瞳が私をまっすぐにとらえる。
「いきなりこんなこと言われても困るだろうしすぐ同じ気持ちを返して欲しいとは言わない。今はただ傍にいてくれるだけでいいんだ、でもこれから一緒に過ごしてお互いのことを少しずつ知って……僕を好きになって欲しい。そのための努力は惜しまないから」
目を逸らせず暫く見つめ合っていると、ふいに視線が解けた。照れくさそうにそっぽを向いた顔がツボ過ぎて心臓を鈍器でガツンガツン殴られていると、セルジオ様がスターリング邸に向かって歩き出した。
「お、お腹空かない? 姉さんが手料理を用意して――」
「私もです」
「え?」
「私もひと目惚れだったんです……あなたに」
私を守ってくれた頼もしい背中に、振り返ったその麗しい面立ちに。目が合った瞬間恋に落ちた――勇ましくも美しいあなたに。
「だから選択肢は最初から一択だったというか……」
小声でぶつぶつ言いながらセルジオ様をチラ見すると口を開けたまま真っ赤になっていた。
「え? ……え!!?」
その反応に恥ずかしさが頂点に達した私はくるりと反転し中庭の方に歩き出した。後ろからセルジオ様の声が追いかけてくる。
「ちょ、ちょっと待って! さっきのもう一回言って!!」
「……もう言いません」
「そんなぁ、お願いもう一回だけ! 今度は物理的に保存する、記憶媒体に永久保存するから!! 24時間365日再生して君の言葉を僕の体内、骨の髄まで染み込ませたいんだ!!!」
「もう二度と言いません!!!!」
「待って! 一生のお願い! 頼むよブリジットーーー!!!」
大声で追いかけっこをする私とセルジオ様、それを見ながら頭を抱えるコンラッド公爵と笑顔のクラウディアお義姉様。
前世の記憶が戻った時、ブリジットの思いを知った。決められたレールの上を進むことを拒んだ彼女の意思を受け継ぎ、とち狂った家族と真っ向から対峙してここまでたどり着いた。
きっとこれからも様々な出来事が待っているだろう、また強制力に巻かれそうになるかもしれない。でもどんな困難に見舞われても必ず乗り越えてみせる。
強い思いのその先で心を通わせたセルジオ様と、そして新しく出来たかけがえのない家族と一緒に。
全4話完結です! 数ある作品の中から、「お兄さま、それ間違ってます」をお読みいただきありがとうございました!!
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