中編①
※全4話(前編、中編①、中編②、後編)
※毎日21時頃更新。2026年8月21日完結予定
「おいブリジット! 何をしている」
「見ての通りです、今回の件に関して私は全面的にお義姉様の味方ですわ」
「はあ!?」
「何を言っているのブリジット。気は確か!?」
あなたたちの方が気は確かですか? と問いたい。
「はい、私に言わせればお母様とお兄様の方が異常です」
「はあ? 私達のどこが異常だと言うの!?」
いや、何もかも全てですが。まあ、お母様は通常運転なので一旦置いておいて……
「お兄様」
「何だ?」
「そもそもどうしてお兄様がその立ち位置にいるのか教えていただきたいのですが」
「……どういう意味だ」
睨み合う私とお兄様。生まれてこのかた兄妹喧嘩どころかちょっとした言い合いすらもなかった兄と対峙しているなんて……何か新鮮!
「クラウディアお義姉様はお兄様の妻ですよね」
「いきなり何の話だ」
「お兄様がお義姉様を見初め、お互いに惹かれ合って結婚したと聞きました」
「当たり前のことを言うな。その通りだ、俺はクラウディアを愛している」
「そうですか、ではこの状況はどう説明されるのですか」
「は?」
「よってたかってお義姉様を虐げている今の状況です。私が見る限り、お兄様からは妻に対する敬意も愛情も一切感じられません」
「だから、それはクラウディアがジェンナに嫌がらせを」
「仮にそうだとしても、お兄様はまず妻であるクラウディアお義姉様の味方をするべきではないですか? それでもしお義姉様側に過失があったのなら正せばいいだけです。それを話も聞かずに一方的に糾弾するなんて……想いを向ける相手に行う行為とは思えません」
「黙って聞いていれば……それが兄に対する態度か!?」
「話をそらさないでください。私は今、お兄様とお義姉様の話をしているんです」
「全く、お前は昔から気が強…………え?」
本題をすり替えはぐらかそうとしていたお兄様が面食らっている。はい、当然私は乗せられたりしないのできっちり追及させていただきます。
「ちょっとブリジット――」
「お母様はもっと関係ないので黙っていていただけますか?」
割って入ろうとするお母様をぴしゃりと閉め出して、ここぞとばかりに兄を問いつめる。
「さあ、お兄様。きちんと納得のいく説明を聞かせてください」
「い、いや、だから……」
狼狽え始めたお兄様を囲い込もうとしたその時。
「待ってちょうだい、ブリジット」
お母様とお兄様の後ろから声がする、姿を見せたのは……
「それは私から説明させて貰えないかしら」
「ジェンナ……」
お義姉様とはまた違ったタイプの美しさといかにも男受けしそうな薄幸さを併せ持つ隣人、ジェンナ・スカイラー。今回の騒動の元凶だ。
「お久しぶりね、元気そうで何よりだわ」
「あなたも変わらないわね」
昔からお兄様に付きまとっていたけど、まだそれが続いていたとは。
「クラウディアさんは誤解しているの。ロニーと私は幼い頃から仲が良かったでしょ、今日も二人の負担を少しでも軽くしたくてお手伝いを申し入れたのだけれど……それが気に入らなかったのね」
ジェンナがドレスの濡れた部分を押さえながら悲しそうに下を向く。
「ロニーとおば様が席を外した途端、クラウディアさんに水の入ったグラスを投げつけられたの。この泥棒猫! 人の夫に色目を使うなんて……と散々罵られたあと暴力を振るわれる寸前に戻って来た2人が庇ってくれたのよ」
彼女の足元に雫が落ちる、肩を震わせながら涙を流すジェンナ。
「私が勝手なことをしたから……だから全部私が悪いの」
「ジェンナ……」
「ああ、泣かないでジェンナ。あなたは何も悪くないわ」
途端に彼女を庇い始めるお兄様とお母様。
「ブリジット、なぜ彼女を追いつめるんだ! ジェンナは俺たちの幼なじみじゃないか」
確かに昔はお兄様とジェンナと私、3人でよく遊んでいた。でも私は知っている、幼い頃からその片鱗を見せていた彼女の狡猾さを。
標的の前では薄幸で儚げな自分を演出しておいていなくなると本性をむき出しにする。その対象が兄だけなら「そこまで兄のことを」と思えるが、ジェンナは兄に執着する傍ら数多くの令息たちとも浮名を流している【ビッチ】だと令嬢たちの間で噂になっていた。
彼女にとって年下のブリジットはローレンスの妹である前に自分より格下の相手、軽く扱ってもいい存在だったのだろう。何度ジェンナのやったことを自分の過失にされ、周囲から蔑みの目を向けられたことか。
これ以上利用されるのは御免だ、と6歳にして悟ったブリジットは早々にジェンナと遊ぶのをやめた。その結果彼女はローレンスに付きまとい放題になったので、そこだけは兄に対して悪かったと思っている。
と、突然ジェンナが口元を抑えてうずくまった。
「ジェンナ!」
「ご、ごめんなさい……ちょっと気分が優れなくて」
「ああ、こんなに体を冷やして! 屋敷に戻りましょう、お腹の子に何かあったら大変だわ」
え?
「お腹の子…………?」
クラウディアお義姉様も初耳だったようで、思わず口から漏れ出たその声をすかさず拾うお母様。
「そうよ、ジェンナはローレンスの子供を身籠っているの。ブライトン家の跡継ぎとなる大切な男の子よ!!」
――――――え。
勝ち誇ったような表情のお母様とは対照的に、私は開いた口が塞がらずクラウディアお義姉様は青ざめていた。それが事実なら大問題では……子爵家はおろかジェンナの生家であるスカイラー男爵家をも巻き込んだ緊急事態だ。
妻がいるのに隣の幼なじみと不貞行為に及んで子供が出来ました。そっか、じゃあ残念だけど愛する妻とは離縁して幼なじみと再婚します、なんて簡単な話ではない。
下手をすれば10年かけて再建した子爵家が傾くかもしれない一大事だというのに……なぜこんなに勝ち誇った顔をしていられるのだろうか。
「……お母様、今の話は本当ですか?」
「本当に決まってるじゃない! 何で私が嘘をつく必要があるのよ」
「そうですね、ではこれは立派な不敬罪です」
「は?」
「妻がありながら他の女性と関係を持ったお兄様、それを受け入れたジェンナ、そしてその事実を知りながら許容したのであればお母様も同罪ですね」
「な、何を大げさな」
「これを問題だと思っていないことが大問題なんです。貴族の婚姻には国王陛下の許可が必要なのはご存じですよね。その承諾を賜っておきながら身勝手な醜聞で早々に反故にするなんて……身内のごたごたで済ませられる話ではありません、後足で砂をかける行為だということが分からないんですか?」
直後、私の後ろにいた義姉がその場にへたり込んだ。顔には血の気がなく抜け殻のようになっている。無理もない……最愛の夫が幼なじみと不貞行為に及んだ挙句相手を孕ませてしまったのだ、そのショックは計り知れないだろう。
「さっきからごちゃごちゃと……一体何が言いたいの!!」
あ、お母様がイライラしている。
「では、言わせていただきます。これは一個人を超えて貴族間の問題に発展しかねない事態です。加えてお兄様とクラウディアお義姉様の婚姻をお認め下さった国王陛下への背信行為にあたる可能性だってあります」
「は……?」
「お母様とお兄様はそれだけの事をしたんです、まずはご自身の身勝手な行動を恥じるべきではないですか」
「………ッ!」
「そして次にすべき事はクラウディアお義姉様への誠意ある謝罪です。それなのにお母様もお兄様もジェンナを庇ってばかり……とても子爵家当主、次期当主の振る舞いとは思えません」
「当たり前でしょ! ジェンナのお腹の中にはブライトン家の跡取りがいるのよ、いつまで経っても嫁としての役目を果たさない役立たずとどちらを優先するかなんてわかりきったことじゃないの!!」
「……2人の仲を黙認していた事はお認めになるのですね」
「うるさいわね!! 私は最初から使用人と結婚させるなんて反対だったのよ!!!」
私の言葉にカッとなったお母様が爆発した。
「お母様がこの婚姻に懐疑的だったのは知っています。でもお兄様とお義姉様が結婚して早半年、お母様も納得した上で生活を共にされていたのではないのですか?」
「ええ、ローレンスがどうしてもと言うから受け入れたわ。でもこの女は……自分の立場もわきまえずブライトン家の財政や経営面にまで口を出して……私達の生活を脅かし始めたのよ!」
それは私の耳にも入っていた。お兄様の結婚後、悪い噂が絶えなかった子爵家の周辺が物凄い速度で改善されているらしい。どうやらこの劇的変化はブライトン子息の妻、クラウディアの内助の功によるものだと。
義理の姉となった眉目秀麗な元使用人……身分や位よりも実力を重視するブリジットにとって義姉は非常に興味深い存在だった。かくいう私もお義姉様にお会いするのを楽しみにしていた。
でもお母様は違った。彼女は自らが牛耳っている子爵家をお兄様の妻とはいえ他人に掻き回されるのが我慢出来なかった。クラウディアが手を加えることで今まで得られなかった名声まで転がり込んできたことがその怒りに拍車をかけた。
たかが使用人の癖に――私に恥をかかせるなんて!!
日々蓄積された妬みと憎悪は、ある日決壊した。そしてお母様はお義姉様をブライトン家から追い出そうと画策、その刺客として送り込まれたのが……
「ジェンナとお兄様がそうなるように仕向けたのはお母様ですね」
「お義母さま……?」
思わず顔を上げて信じられないと言った表情でお母様を見つめる義姉、兄まで呆然としている。当の本人は沈黙を貫き、代わりにジェンナが声を上げた。
「違うのブリジット! 私とロニーは幼い頃から想い合っていたの。でも彼は変わってしまった……その原因を作ったのは、ロニーを横から奪い取ったクラウディアさんなのよ!!」
えー……横から奪い取ったのはあなたの方では?
「だからお母様と結託してお兄様を唆したのですか?」
「唆しただなんて酷いわ! 私はただ、彼をクラウディアさんから解放してあげたかった……本当は誰を想っているのか、自分の気持ちに素直になって欲しかっただけなの」
はらはらと涙を流すジェンナ。と、そこに兄が参戦してきた。
「本当なのか母さん……どうしてそんなことを!!!」
「お兄様! あなたは同罪なんですから口を挟まないで下さい」
「…………は、はい」
先ほどの罵倒モードから一転、元に戻りつつあるお兄様。まあでも、散々やらかした後なので一切同情は出来ない。
たとえジェンナに誘惑されたとしても応じなければいいだけの話だ。それをまんまと術中に嵌まり不貞行為に及んだ挙句妊娠までさせた、愛する妻がありながら……こんなの自業自得でしょ。
「裏で糸を操っていたのはお母様――お認めいただけますか?」
さあどうだ、ここまで証拠が揃っていればもう言い逃れ出来ないだろう! まずはお義姉様に謝罪してこれからの話を……
そう思った矢先、お母様が大きなため息をついた。
「……やっぱりあなたを留学させたのは間違いだったわね。隣国でこんな悪影響を受けてくるなんて」
ん? ……ええと、何を言っているのだろうこの母は。
「ブライトン家の長女としてふさわしい振る舞いが出来るように私が1から教育し直してあげるわ。今すぐ荷物をまとめてこちらに戻って来なさい!」
そうきたか……あくまで「自分は間違っていない」「正しいのは自分」という体で進めるつもりなのね。これは話をするだけ無駄だと私は結論づけた。うん、もうやめた!
「屋敷に戻りましょうお義姉様、まずは着替えて冷えた身体を温めないと」
「え、で、でも……」
「待ちなさいブリジット、まだ話は終わっていないでしょう!?」
「こちらの話は終わりました。もう何を言っても無駄だと思いますので」
「あなた……母親である私の言うことが聞けないの!?」
「私はブライトン家長女である前に、血の通った一人の人間です。たとえお母様といえども常識が通じない相手の言い分を聞き入れたいとは思いません」
「な、何ですって!!?」
激高するお母様をスルーして中庭を離れようとする私とお義姉様の前にお兄様が立ちはだかった。
本日の更新です。
◆今日の一言◆
折角自分の意思で愛する人と出会い、自分の力で結婚の許しを勝ち取ったのに強制力には勝てなかった兄ローレンス……涙。
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