前編
※全4話(前編、中編①、中編②、後編)
※毎日21時頃更新。2026年8月21日完結予定
私は今、何を見せられているんだろう……
留学先から一時帰国した私を待っていたのは突っ込みどころ満載の光景。
「ローレンス……どうして私を信じてくれないの」
「君は頭がどうかしている! そんな言葉信じられる筈がないだろう!!」
「ロニーやめて! 全部、ぜんぶ私が悪いの……」
「その顔を見るだけで虫唾が走る……あなたは我が子爵家の恥さらしよ!!!」
全身ずぶぬれで責められているのは私の義姉クラウディア、彼女を見下ろして罵倒しているのが私の母アドリーヌと兄ローレンス。そして2人に守られているのが幼なじみのジェンナ。
久しぶりに帰郷した私の目の前には端から見ると茶番か? と思えるようなベタな光景が広がっていた。
あー、これドラマや漫画でよくある修羅場ってやつだ。実際に見ると当たり前だけど生々しい……と、この状況を冷静に分析している私はブライトン子爵家令嬢、ブリジット。
子爵家の出ながら学園で優秀な成績を修めていた私は、特待生という待遇で隣国に留学していた。
半年前、次期当主である兄ローレンスが結婚したという知らせが入り、兄と義姉を祝うためブライトン家邸宅で行われる披露パーティの前日、1年ぶりに帰国した。
でも隣国に出立した時にはなかったものを今の私は持っている。それは私の中に前世の記憶があるということ。
子爵家からの知らせを受け取った日、寄宿舎の階段で足を踏み外し転落した私は大事にはならなかったものの丸3日間眠っていた。
その時、子爵家令嬢の今の記憶と会社員としての生活を送っていた前世の記憶がリンクしたのだ。
前世の記憶が蘇った反動でブリジットとしての記憶が曖昧になっていることに気づいた私は帰国するまでの間、自分自身と出自であるブライトン子爵家のことを可能な限り調べた。その結果、中々に癖のありそうな家であることが分かった。
10年前当主である子爵が不慮の事故で亡くなり没落の危機に見舞われたブライトン家。ピンチを救ったのは女当主となった子爵夫人アドリーヌだった。以後その辣腕を振るい子爵家を再建、現在の富を築いた立役者でありながら常に影が付きまとい、裏では悪事に手を染めているという黒い噂が絶えない。
そして子爵家次期当主の兄ローレンスはすこぶる影が薄かった。周囲に与える影響は最小限の気弱で脆弱な人間、その傍らには常に薄幸の幼なじみがいるらしい……
まあ色々と闇が深そうな家族だ。そんな家で育ったブリジットが隣国に留学したのは悪評が絶えない母親と聡明な自分を一緒にされたくないという思いがあったのかもしれない。実際彼女はとても優秀だった。
幼少期から類い希な才能を開花させたブリジットはめきめきと頭角を現し神童の名を欲しいままにした。夫人を凌ぐ逸材だと期待を寄せられる反面、家督を継ぐのは兄のローレンスという現実が周囲を落胆させた。
まあ本人は跡目に全く興味がないみたいだけど……などと私が回想している間にも目の前の修羅場は続いていた。
「ごめんなさい、部外者の私が余計なことをしたから……」
「何を言うのジェンナ。あなたは悪くないわ、全て使用人上がりのこの女が悪いのよ!」
「俺の大切な幼馴染みにこんなことをするなんて……見損なったぞクラウディア」
「ローレンス……」
え? 近くで見ている暇があったら早く助けなさいって??
説明しよう! なぜ私がこの光景をただ黙って見ているだけなのかというと……実は私は今この場所から一歩も前に進めない状態なのだ。
到着した直後からずっと義姉の元に行こうとしているのに見えない力に邪魔されて動けない、例えるなら透明な壁に行く手を阻まれている感じ。
何なのこれ? と、目線を下に向けると足下にテレビでよく見かけるバミリがあった。その白いバミリの色が左側から右に向かって徐々に赤くなっている。
あーなるほど。どうやらここは固定された物語の世界で、私はこのシーンから目の前のトンデモ劇場に出演者として加わる予定らしい。
バミリを越えたら物語が始まる――きっと私も家族側の人間として義姉を蔑み罵倒する立場なのだろう。でもきっとブリジットはそれを望んでいなかった。
あのタイミングでブリジットが私の意識をリンクしたのは彼女なりの意思表示だったのだろう。才女と謳われた自身のプライドが無意識の内にとち狂った家族と同列に見られることに耐えがたい屈辱を感じたのかも知れない。
はい、その思いしかと受け取りました! いざ出陣!!
バミリが赤に染まり拘束が解かれる――深呼吸した私はそこから一歩前へと踏み出した。
*****
「あら、お帰りなさいブリジット。丁度良かったわ」
「戻ったのか。お前もここに来て俺達の話を」
家族の声をスルーして真っ直ぐ義姉の元へと向かった私は自分が身につけていた上着を脱ぎ、義姉の体を包んだ。
「大丈夫ですか、お義姉様」
「……あなたもしかして」
「はい、ブライトン家長女のブリジットです。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
私は義姉と会うのは初めてだった。私が隣国に留学して半年が過ぎた頃、兄が子爵家で働く使用人と恋に堕ち、お母様の反対を押し切って結婚したという知らせを受けた。
今回の帰国は明日催される子爵家主催のパーティーに参加するため、そして兄と共に子爵家を支えていく義姉との対面という目的も含まれていた。
それにしても……初対面がこんな修羅場のど真ん中とは。ずぶ濡れで転がる義姉が痛々しい、早く湯浴みと着替えの用意をしないと。
「ちょっと、何をやっているのブリジット!」
「俺達に挨拶もなくクラウディアに声をかけるとはどういうつもりだ!」
どういうも何も―――ってすみません、さっきからずっと気になっていたことを言ってもいいですか? お兄様のキャラ設定バグってません??
お母様は良くも悪くも通常運転だけど兄はこんなに高圧的な人物ではなかった筈だ。一人称も「私」から「俺」になってるし。
というか、倒れている相手がいたら手を差し伸べるのは当然のことでは? 傍から見ると明らかに家族=弱い者いじめをしている側、義姉=いじめられている側にしか見えない。そんなこともこのとち狂った家族には理解出来ないのだろうか。
「あなたは帰って来たばかりで理解出来ないだろうけど、悪いのはこの女なのよ!」
「クラウディアの肩を持つ前にまず母さんと俺に伺いを立てるべきじゃないのか」
色々と突っ込みたいところはあるけれど、まずは言わせて欲しい。
「お兄様」
「どうした、早くこっちに」
「お兄様は間違ってます」
「………へ?」
呆気に取られている兄を一旦放置し、義姉を助け起こす。
「クラウディアお義姉様、私につかまって下さい」
「……ありがとう、ブリジットさん」
儚げな笑顔を見せる義姉。
近くで見ると……義姉の破壊力が凄い! 女の私でも見惚れるほどの素材の良さ。まつげ長い! 唇ぷるっぷる! 目元のほくろがセクシー! ほぼメイクをしていない状態でこれなのだ、着飾ったらどうなるのか……末恐ろしい義姉!!
「勝手なことをするなブリジット! こいつはジェンナに嫌がらせをしたんだぞ!!」
「嫌がらせ?」
「そうだ、パーティの準備を手伝いに来てくれた彼女に暴言を吐いた上に水の入ったグラスを投げつけたんだ」
水の入ったグラスを投げつけた。
兄の後ろにいるジェンナを見ると、確かにドレスの胸元から腹部にかけて濡れいる……でも濡れ方がおかしい。もし投げつけられたのならもっと広範囲に不規則な跡がついている筈だ。彼女のドレスは上から下に向かって規則正しく縦に濡れていた。
明らかに自作自演じゃない……で、それにまんまと乗せられたお母様とお兄様がクラウディアさんバケツの泥水をぶっかけたってこと? いやいや、嫌がらせと報復の対価が合ってなくない??
整理すると、パーティの準備をしている義姉のところにジェンナがやって来て自ら水を被って大騒ぎを始めその声を聞きつけた母と兄が登場。被害者ぶる彼女の話を鵜吞みにした2人は義姉を糾弾し誤解を解こうとした義姉を泥浸しにした、と。
……最悪なんですけど。
というか兄の思考回路はどうなっているのだろう。いくら幼い頃からの旧知の仲といっても、自分の妻の言葉に耳を傾けず幼馴染の言うことだけを信じるとは……普通は最愛の人を優先するものではないのか。
元々働き口を探していた義姉を見初めた兄が子爵家に招き、使用人として手元に置いた上で母親を拝み倒して何とか結婚の承諾を得た、と手紙には書いてあった。
それから半年間何の音沙汰もなかったので、障害を乗り越えた2人の絆はより深まり、母との関係も良好なのだろうと思っていたのに……まさかこんなことになっていたなんて。
「前々からジェンナに対しての物言いが気になっていたが最近のお前は目に余る」
「誤解です! 私はそんなこと……」
「この期に及んで言い訳とは見苦しいぞ」
「育ちが知れるわね、悪あがきはやめて素直に認めたらどうなの!?」
「これ以上俺を失望させるな、クラウディア」
うん、お兄様の性格に高低差があり過ぎる。私が留学する前は気弱ながらも心優しい人だったのに……目の前にいる兄はまるで別人だ。
これがよく聞く強制力というものだろうか。物語の都合上兄は同情の余地がないほどにクズである必要があるんだろうけど……もう少ししっかりとした理由付けをした上で徐々に変貌していく流れにすることは出来なかったのか。
前日まで弱々しくもお人好しの子爵家令息が寝て起きたらクズでした、なんて……これ書いた奴出てこい! レベルでシナリオが破綻している。
兄は良くも悪くも自分の意志がない。事なかれ主義で長いものには巻かれるタイプ、流されやすく直ぐに自分の意見を変えてしまうところがあった。そんなローレンスが義姉との結婚だけは頑として譲らなかったと聞いて、ああ、兄にもやっと自我が芽生えたんだと喜ばしく思っていたのに。
――強制力にも巻かれてしまったんですね、お兄様。
私は他人になってしまった兄といつも通りの母から隠すように2人と義姉の間に立った。
数ある作品の中から、「お兄さま、それ間違ってます」をお読みいただきありがとうございます!
元々読み切りのつもりで書き始めたお話なのですが、思った以上に長くなってしまい、これ1回で読むのは
厳しいかも……ということで加筆を加えて連載作品となりました。
前編以降は中編①、中編②、そして後編と続きます。明日から3日間、後編まで毎日更新予定です。
とち狂った家族と幼なじみに真っ当な苦言を呈して対峙する、前世の記憶持ちなハイブリッド子爵令嬢ブリジットに共感、そして応援いただけると嬉しいです。
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