第一話:いざ狂気の世界へ
日給五万で人を殺した。
その始まりは、この一言だった。
「私の護衛してくれないかしら?」
昼休みの屋上。
俺はフェンスにもたれながら話す目の前の女を睨んだ。
この学校の生徒会長。
成績トップ、教師の信頼も厚い、いわゆる“完璧な優等生”。
そんな奴が、なぜか番長の俺を呼び出した。
「なんで俺を?」
接点もない俺を呼ぶ理由が分からない。
「ヒロコさんの配達のバイトを手伝って怒られたんですってね」
ヒロコは親友だ。
母子家庭で苦労してるのに、さらに母ちゃんが入院。
だから特別にバイトが許されている。
それを俺が手伝って――教師にバレて反省文だ。
「それと護衛になんの関係があんだよ」
生徒会長は、くすりと笑った。
「お金を出すわ」
――その一言で、話は変わる。
「いくらだ?」
「一回、5万円」
五万。
中学生が気軽に出していい額じゃねぇ。
……だが。
「ずいぶん羽振りがいいな。裏があるだろ」
俺が睨むと、生徒会長は楽しそうに一歩近づいた。
「そう、危ない場所よ。
アイドルに会いに行くの」
「アイドル?」
俺は眉をひそめる。
「歌って踊る、あの類のやつか?」
「違うわ。そんな偽物じゃない」
生徒会長は両手を広げた。
「ユニコーン、ペガサス、ドラゴン――
子供の頃、誰だって一度は憧れた“本物”のアイドルよ」
……頭イカれてんのか?
「どう? 貴方も逢いたいでしょう?」
「興味ねーよ」
生活で精一杯だ。
夢だの幻想だのに付き合う余裕はねぇ。
「歌は好き?
セイレーンやハーピーもいるわよ?」
「だから興味ねーって」
しつこい女だ。
「……サキュバスは?」
―― 一瞬だけ、考えた。
「バ、バカ言うな。俺は硬派な番長だぞ」
顔が熱い。
生徒会長はくすくすと笑った。
「金さえくれれば、やってやる。
それだけだ」
ヒロコのためだ。
あいつが必死で頑張ってるのに、見て見ぬふりなんてできるか。
生徒会長は満足げに頷く。
「ふふ、よろしい」
だが、どうにも引っかかる。
「つーか、なんでそんなモンに会いたいんだよ。
珍しい動物なら動物園でいいだろ」
「あら? 子供の頃に絵本とか読まなかったの?」
「あいにくな」
生徒会長は、ほんの少しだけ目を細めた。
「……私はね、お婆様に読んでもらってたの。
ずっと、ずっと憧れてるのよ」
そこで一拍置いて、微笑む。
「“本物の英雄譚”に」
――なんだよ、それ。
一応、理由としては筋が通ってる。
だが、どこかズレている気がした。
「で、そんなモンどこにいるんだよ」
俺はため息を吐く。
生徒会長は、あっさりと言った。
「異世界。
ダンジョンの先にある世界よ」
そう――
俺たちが生まれる少し前、
世界中に“ダンジョン”と呼ばれる穴が現れた。
そこからバケモノが出てきて、世界は混乱したらしい。
「行けるわけねぇだろ。軍が管理してんだ」
一般人が入れる場所じゃない。
だが、生徒会長は平然としていた。
「新しく見つかった入口があるの。
知ってるのは、一部の人間だけ」
その言い方で分かる。
――こいつ、冗談で言ってるんじゃない。
狂ってるだけじゃない。
本気で、“そこに行くつもり”だ。
俺は、ほんの少しだけ寒気を覚えた。
◆日曜日・朝
校門前。
俺はサラシを巻き、金属バットを肩に担いで待っていた。
(……どう考えても、普通の仕事じゃねぇよな)
それでも来たのは――五万のためだ。
すると、タクシーが目の前で止まった。
後部座席の窓が下がり、生徒会長が顔を出す。
「ねえ。その格好、本気?」
「なんだよ。この学校伝統のブッコミ衣装だろうが」
生徒会長は、あからさまに呆れた顔をした。
「まあいいわ。今日は浅いところを軽く見るだけだし」
ドアが開く。
「さあ、乗りなさい」
俺は軽く舌打ちして、車内に乗り込んだ。
◆車内
生徒会長は――普通に学生服だった。
「おい。他人の格好に文句つけといて、自分はそれかよ」
「あら?私の心配?」
「そらそうだろ。護衛対象なんだからな」
生徒会長は、軽くカバンを叩いた。
「心配いらないわ。ちゃんと“装備”は持ってきてるもの」
……その言い方が、妙に引っかかる。
「で、場所はどうやって知った?」
運転手がいる以上、“ダンジョン”とは言えない。
生徒会長は、少し楽しそうに笑った。
「うちは弁護士の家系なの。つまり犯罪者の味方ね」
「弁護士に謝れ」
「ふふ。ヤバい物件の情報くらい入ってくるのよ」
「で、その中に“当たり”があったってわけか」
「そういうこと」
……不安しかねぇ。
◆国有地・河川敷
タクシーが止まり、俺たちは降りた。
河川敷に建つ住宅の間にある林の奥に、
小さな祠がぽつんと立っている。
「ここよ」
生徒会長が石像を横にずらす。
すると――
人ひとり通れる程度の穴が現れた。
(マジかよ……)
「よし。いっちょやったるか!」
一歩踏み出そうとしたところで、
「あ、ちょっと待って」
生徒会長が俺を止める。
「今、装備するから」
カバンを開け、中から取り出したのは――
ピンクのハッピ。
そして、ペンライト。
「……は?」
「アイドルに会いに行くんだもの。正装よ」
「どう見てもヲタク装備だろうが!」
生徒会長は気にした様子もなく、それを身につける。
「これ、すごいのよ?
ステータスがかなり上がるの」
「ステータスってなんだよ」
「見れば分かるわ」
にやり、と笑う。
……嫌な予感しかしねぇ。
こうして――
バンカラ番長とアイドルヲタクという、
どう考えても噛み合ってないパーティが出来上がった。
「行くわよ」
俺たちは、その穴へと足を踏み入れる。
(……日給五万の仕事、ね)
どう考えても、
ロクな目に遭わねぇ気がした。
◆ダンジョン内部
薄暗い通路。
ランタンの灯りだけが、頼りだった。
「いたわ」
「何が?」
「ゴブリンよ」
前方に、小さな人影が揺れる。
「ゴブリンは“災害指定生物”。
人を襲う存在よ。だから――遠慮はいらないわ」
(……人じゃねぇんだよな、あれ)
生徒会長は一歩前に出る。
ペンライトを握り直した。
「見てて」
生徒会長はそう言うと、ペンライトをバルログ持ちし――走った。
光が揺れる。
振り回す動きは、まるでヲタ芸。
「ぎぎゃっ」
一瞬だった。
ゴブリンは、あっさりと倒れた。
「来て」
手招きされ、俺は近づく。
「これがゴブリンよ」
「……なんか、想像と違うな」
緑でもない。
ただの、小柄な人間みたいな生き物だ。
「そうね。この世界では“そう呼んでるだけ”だから」
生徒会長は、平然と言った。
そして――
「とどめを刺して」
「……は?」
思わず聞き返す。
「生き物を、殺すのか?」
「当然よ。護衛なんだから」
「アンタを守るのが仕事だろうが」
生徒会長は、軽く首を傾げた。
「気にすることはないわ」
そして、笑う。
「これは“絶対悪”なの」
ペンライトが、ゴブリンの腹を刺す。
「これはどんなに残酷に殺しても、許される存在。
ヒールってやつよ」
「ヒール?回復か?」
「違うわよ。
ヒールは悪玉。
ベビーフェイスが善玉。
貴方が知ってそうなプロレスで例えたんだけど?」
……なんとなくは、分かる。
「番長のくせに度胸ないのね」
わざとらしいため息。
「度胸とか関係ねぇだろ」
目の前のそれは、どう見ても“人”だ。
「こんなの……殺せるかよ」
「分かってないわね」
生徒会長は、楽しそうに笑った。
「これは悪なの。
かつて、この世界を混乱させた存在。
だから――」
ペンライトが、さらに深く抉る。
「どんなに残酷に殺しても、それは“善”なのよ」
ゴブリンが苦しむ。
「ほら。
痛がってるわ。
苦しんでるわ。
あはははは」
――寒気がした。
生徒会長は、俺を見る。
「可哀想だと思うなら、解釈しなさい。
これは悪。
私たちは正義」
「……これで五万かよ」
俺は、バットを握る。
(……仕事だ)
振り下ろした。
鈍い音。
ゴブリンの頭が砕けた。
――もう動かない。
「どう?楽しいでしょう?」
生徒会長が覗き込んでくる。
「悪徳弁護士の娘も番長も
ここでは正義の味方になれるのよ」
微笑む。
「どんな出自でも関係ない」
生徒会長は、血に濡れたペンライトを揺らしながら微笑む。
「この存在は、私たちを“英雄譚の主人公”にしてくれる」
一歩、近づく。
「逢えて良かったと思えない?」
さらに、もう一歩。
「幻想が――本物になったのよ」
――ゾッとした。
目の前にいるのは、美人で頭のいい生徒会長。
なのに、中身は何か別の生き物みたいだった。
「これがアンタの言う“アイドル”かよ。
狂ってやがる」
その瞬間。
笑顔が、消えた。
「私は正常よ」
冷えた声だった。
「狂っているのは、貴方」
次の瞬間――
ペンライトが閃く。
ゴブリンの首が宙を舞い、地面に転がった。
「コイツらは私たちを殺しにくるのよ?」
転がる首を髪ごと掴み、俺の目の前にぶら下げる。
「不殺が通せるほど、貴方は強くない」
生ぬるい血の匂いが鼻を刺した。
「おいおい……」
喉が渇く。
「そんな弱いと思ってる奴に、護衛を頼んだってのか?」
生徒会長は、ふっと目を伏せた。
「貴方には才能があると思ったからよ」
そう言って――
ゴブリンの頭を、俺に向かって軽く放り投げた。
思わず視線がそっちへ向く。
その瞬間。
首元に、冷たい気配。
いつの間にか、ペンライトの先端が止まっていた。
速い。
全く、反応できなかった。
(……なんだよ、こいつ)
学校じゃ最強だったはずの俺が――
完全に、上を行かれている。
屈辱だった。
「こうやって殺していけば、レベルが上がる。
貴方も、そのうちこのくらい動けるようになるわ」
生徒会長は、俺の目を覗き込む。
「どう?護衛の仕事。
続けられそう?」
……ヒロコのためだ。
それに――
(……負けっぱなしは、気に入らねぇ)
「クソが……でも、金は金だ!
やってやる」
生徒会長は、満足そうに笑った。
「ふふ。よろしい。
チュートリアル完了ね」
「ちっ……学校最強は俺だ。
アンタなんかより、強くなる」
「そうね」
生徒会長はあっさりと言う。
「護衛なんだから、私より強くなりなさい」
その言葉が、妙に胸に刺さった。
――こうして。
日給五万の地獄が始まった。
……もう戻れねぇ。
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