誓いの存在
私を乗せたファーディアは、ケルト人の蓋、現代ではハドリアヌスの長城と呼ばれる建築途中の壁を大きく飛び上がって超えてしまった。
私は彼のふわふわの背中にしがみ付き、これで私達は自由だと歓声をあげた。
ファーディアだっておおんと雄たけびを上げたのだ。
私達は一緒だ。
ずっと一緒だ。
ただし、数百メートル先まで駆け抜け、あと少しで人里どころか目の前に小さな村があるという所で、ファーディアは当たり前だが人間に戻り、人でなしな言葉を吐いた。
「俺はあのマクドーウエルに婚約者がいる。」
「ここで私達はお別れってことか。このうそつき。」
私の口から勝手に言葉が零れた。
ファーディは私の不当な罵倒に対して、怒るどころか罪悪感を見せた。
実際はファーディアは私に嘘などついていないのに。
彼は私とずっと一緒だと約束したが、私に恋しているとか、私と結婚したいとかは一言だって口にしていないのだ。
ここはファーディアが帰る予定の村、彼等はクランと呼ぶらしいが、その一歩手前の地。
目の前には人々が暮らしているテントのような建物や、キャンプファイヤーのような薪の明りも見えている。
クランの人々は一応は寝静まっており、私は異邦人だ。
人種も違う異邦人を連れては村には入れないだろう。
「俺のクランは滅んだ。俺の行く場所はない。俺はマクドーウェルのメイヴィスと結婚し、我がクランとマクドーウェルの協定と誓い通りにマクドーウェルの族長にならなければいけない。」
なんと、私だけでなく、ファーディアこそ異邦人であるらしい。
それなのに彼は、目の前のあのクランの族長にならねばならないのだと私に語るのだ。
「誓いは絶対だ。俺は兄の後を継ぐ。兄はあのクランの族長の娘と結婚してクランを守る予定だった。兄が死んだ今、俺が兄の誓いを引き継がねばいけない。」
「あなたが族長に。」
「ああ。族長はクランを守る者だ。だから俺は彼らをあの蓋から逃がした。」
私はそこでようやく彼一人が逃げ回っていた理由を知ったのだ。
この目の前の馬鹿は、彼の知らない所でされていた誓いを死んだ兄から引き継いだのだからと、彼の帰還を待っていないクランの囮となって死にかけていたのである。
そして、恩人である彼を助けにも来ないクランなのに、彼はそこのクランの長になると言っているのである。
「誓いだ。俺の父ターギスが、兄をマクドーウェルの娘婿にと差し出した。兄が駄目なら俺だ。俺達は誓ったんだ。誓いは死ぬまでのものだ。」
私はようやくファーディアの腕にしがみ付いた。
彼は何度「死ぬまでと」口にしていただろうと。
「ファーディア。誓いだもの。いいよ。婿になりな。でも、約束だもの。私は一緒にいるよ。だからさ、一緒にいよう。死ぬまで一緒にいよう!」
「いやだ。」
彼は私の恋心にようやく気が付いたのだろうか。
だから、ここでサヨナラするために彼の誓いの話を聞かせてくれたのだろうか。
「いやだ。ミミとは死んでも一緒だ。」
私はファーディアの言葉に、今ここで死んでもいいと思った。
「そうだね。私達は死んでも一緒だ。」




