鍵穴
凄いよ。
私はついに、自分の処刑台である鍵穴に、今すぐに入りたいとまで思っているのである。
あんな裸族の言い草に、どうしてここまで私は傷つけられてしまったのか。
何が愛し合うため、だ。
「大丈夫か?」
「そんなことを聞くのなら、鍵穴に放り込むのを止めればいいじゃないの。」
サマエルは軽く肩を竦めた。
これから殺される人間に対して何て気軽な行為なのかと思うが、エセルよりも実は彼と交わした言葉の方が多いからか、彼は私の死に対してなんてことないという風に自分に思わせたがっているような気がしている。
逃がそうとしたり、捕まえようとしたり、そのどちらも本気でないようなところが私にそう思わせるのかもしれない。
本当は私とエセルに逃げ切って欲しいと思っていたのかも、と。
「シルフィード号の解錠を諦めるわけにはいかないんだよ。俺達は食糧難で、生まれた子供が次々に死ぬばかりか、この五十年間は新しい子供が一人も生まれていない。それで仕方が無いからと、死んだ人間の記憶を取り出してはクローンに注入の永遠の再生だ。爺さんはそろそろ楽になりたいんだよ。」
私はサマエルに振り向いた。
二十代にしか見えない彼の表情が時々年老いて見えるのは、そういう事かと、彼の言葉を否定するよりもすんなりと理解してしまっていた。
「あなたは本当はいくつなの?」
「うーん。いくつというか、もう転生は三回かな。赤ん坊からじゃなくて、一番若々しいこの体からってのがありがたいのかもしれないけれどね。」
「エセルは?」
「彼は転生なしの一五〇歳。」
「嘘つき。嘘よね。だって、彼はどこを切り取っても若々しいし、それに、彼の家には食料が沢山あったわ。しょ、食糧難って言うのも嘘でしょう。」
「確かに。彼のお陰で食料に関しては改善しているかもね。」
「エセルのお陰って。」
「ドルイドって、本来は動植物を育成して自然と調和するものらしいんだ。そこで彼は失われた動植物を召喚して、星々を緑に変え、そして、食料加工会社と契約して、お金だけでなく様々な試供品までも手に入れている。」
「それであんなにたくさんの銘柄のビスケットが。」
「うん。彼は新しいビスケットを集めるのが趣味なんだ。どれも味が違うって意味がわからないことを言っているけれどね。」
「彼が食べたいビスケットの味って何なのかしらね。」
「さぁ。恋人から貰って食べたビスケットだと彼は言っていたね。あぁ、ごめん。」
「そのごめんは鍵穴に私を落とすごめんじゃないわよね。大丈夫よ。私とエセルとの間には何も無いもの。あってたまるかって、逆に思うぐらい。」
「そう、でも謝るよ。余計な情報だったって。君はエセルの事ばかりだから。」
確かに、自分が死ぬ前の会話として、内容が自分の事では無くてエセルの事ばかりなのだから、サマエルが邪推したのは仕方が無いだろう。
でも、自分が誰なのか、自分としてここに存在している時間が三日も無いという状況では、適当な話題があの裸族にしかないというのが実情だ。
私がこの世界で知っている人間は、サマエルとエセル、それだけなのだ。
生贄と顔を合わせたり声を掛ければ情が湧くからだろうか。
艦で働く人たちは多いが、私はここで働く人達、こそこそと私を盗み見ては囁き声を交わし合っているが、そんな彼らの誰一人とも会話などしていない。
がちんと大きな金属音がして、私の物思いを破った。
シルフィード号の鍵穴に管理局の船から延びる艦橋、私とサマエルが立つ艦橋だが、その艦橋の先がガチリと鍵穴に嵌った音である。
私の目の前に、死刑台への道ができあがったということだ。
フック船長に海に落とされるウェンディのように、私はこの短い道を歩き、ワニが口を開けて待っている海の中にではなく、何でも焼き尽くしそうな高エネルギー炉か何でも溶かす溶鉱炉のような鍵穴の中に落とされるのだ。
いや、自分で落ちなければいけないのか。
一歩足を踏み出して、私は世界が震えていると気が付いた。
すごい。
自分の震えで世界までもガクガクしている。
「さぁ、歩いて。」
あぁ、息も詰まったようだ。
私が動けなくなったと見るや、サマエルは私に小型のレーザー銃を向けた。
玩具にしか見えない銃でもあるが私はそれを目にした事で、脅えるよりもこの状況が茶番に見えて、もう一歩と、私の次の足はすんなりと出た。
歩けたのであれば、後は自動人形のように繰り返すだけだ。
とことこと歩き始めた一歳児のように私は不格好な歩みで進み、そしてついに、自分で飛び込まなければならない金色に光り輝く溶鉱炉の目前へと立った。
「背中を押してくれる?」
「最後にはね。でも、もうすぐ三日になるのだから、君は君でいたいなら飛び込んだ方が良いよ。」
「何か意味があるの?」
「人食いエイリアンになりたくは無いでしょう。」
「私以外のシルフィードと逃げた人の話?」
「シルフィードだけではなくね、召喚された人は召喚後の身体と魂の差異で苦しんで、三日後くらいから魂が剥がれてしまうのが常なんだ。人の意識が無くなれば、抑えきれない食欲と原始的な恐怖感を抱いているだけの獣になる。」
「それでもあなた方は人を召喚するのね。」
「ぎりぎりなんだよ。獣と化しても繁殖には使える。とっくに箱から逃げてしまった希望を取り出そうと俺達は必死なんだ。君には本当に申し訳なく思うよ。」
私は金色に光る高炉に振り返った。
熱は感じないが、確実に私を燃やすだろう、高エネルギーのるつぼだ。
私はぎゅうっと目を瞑った。
「お願い。背中を押して。」
私は鍵穴に、落ちた。




