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善悪綯交夢現/原罪情勢夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 魔神も加減を考えろ
23/60

20 - 苦手は『出来ない』とは違う

 さて、最前線はとりあえずでっち上げたとは言え、復興作業はまだ始まってもいないようなものである。

 やるべき事を単純化すると被害の大きい街や村など、魔族系の人里を徹底して修復し、ついでに災害による怪我があるならばそれも治す……ってのができるならばベスト。

 ただし僕は一人しか居ないわけで、となるとどうしても時間が掛かる。具体的に洋輔に対しては三ヶ月くらいと時間を区切ったし、実際それくらいを掛ければなんとでもなりそうだけど、今回限りならばともかく今後僕が原因ではないにせよ似たような壊滅的被害を受けたらと考えると、もうちょっと手軽に出来るようにしておきたい。

 ので、数日くらいならば止む無しと損切りを図ることに。

「だからさ、洋輔。領域指定の大魔法、あれをちょっと使って欲しいんだけど」

「はあ……。別にそりゃいいけど、いや、どこからどこまでを指定するんだ?」

「えっとね」

 と言うわけで僕が持ってきたのは。

「……方眼紙?」

「うん。この方眼紙のここからここまでを一回目。で、次にここからここまで。その次がこっちからここで、四つ目にこんな感じのでこぼこで……」

「…………? まあやれというならばやるけど、何の意味があるんだ」

「まあまあ」

「なんか嫌な予感しかしねえんだけど……」

 それでもやってくれるあたり、さすがは洋輔という感じだ。

 ともあれ四つの領域指定の大魔法を使って貰い、実際にその指定を受けた方眼紙を改めて手に取りつつ、ピュアキネシスでさくっとはさみを作成、先ほど指定したとおりに切り取っていく。

「ん……? 工作ってわけじゃあないよな」

「うん。まあこれは感覚的な話になるからなんとも、洋輔には理解してもらえないだろうけど……でも、錬金術師的には基本的な方法なんだよ」

「…………。本当に?」

「少なくともコレは本当に。僕の場合はこんな手順をすっ飛ばしてるのが基本ってだけ……今回はちょっと、それを厳密にやってる感じだね」

「ふうん……お前ですら省略……強引にざくっと行けないなんて、何をしようとしてるんだ」

 簡単だ。

「領域魔法の大魔法、あれを錬金術で制御する」

「何がどう簡単なのかが意味不明だよ。解ってると思うけど、領域指定はただの魔法じゃない。本来は千単位のパーツに分解して、そのパーツと同じ数だけの魔法使いが調整を重ねて祭壇を用いて行う儀式魔法だ。その儀式魔法を魔導師としての俺が全てのパーツを並列で作って調整し、錬金術師としてのお前がそのパーツを強引に『大魔法』として完成させる。かつてあの世界ではタイム仮説と呼ばれた理論上の技術をお前が実現して見せたわけだけど、」

 話が長い。

「諦めろ。あとそういう突っ込みは声に出せ。……じゃなくて、ともあれ単なる魔法の再現だって本来は難しい、だろ? それをましてや儀式、大魔法って単位のものを錬金術で早々簡単に再現できるのか?」

「無理だろうね」

 僕がさらりと答えると、洋輔は一瞬白けた様子を見せて、けれどすぐに小首をかしげていた。じゃあ何故そんな無理をしているのか、と思い至ってくれたようだ。

 実際問題として魔法の再現は極めて難しいんだ。絶対に無理とはいわないけど、基本的には『その魔法と似た効果の道具』を作るのが限度だし、そしてそれで十分なケースが大半だからなあ。大体のケースで効果が安定しない魔法よりもよっぽど安定した効果を、しかも調整したりより高い効果を出したり、あるいは特定の効果に指向性を持たせるだとか、そういうカスタマイズが簡単で、しかも完成品は誰にでも扱えることが多いという意味では錬金術によって作る道具のほうがむしろ使い勝手は良い場合も散見される。

 けど、それで出来るのはやっぱり魔法が限度。大魔法や儀式の類いはちょっと厳しい。頑張れば出来るはずだ、原理は魔法なのだし。問題は魔法が複雑に絡み合って……というか、儀式というのはそもそもパーツまで分解されている状態の魔法と、その魔法を配置していくための設計図としての魔法がセットなんだよね。魔法というマテリアルから儀式という完成品を作り出すための設計図と、その設計図を実行するのが祭壇。そう考えると錬金術に通じるところが……、まあそこまで言い出したらきりが無いか。

「洋輔。僕の目的は領域指定の大魔法を再現すること、じゃあないんだ。あれを錬金術で制御したいだけ」

「……制御?」

「そう、制御。魔法それ自体を再現するのは難しい……ならば、その魔法を『オンオフ』出来るようにする。そして魔法の『オンオフ』をする時に毎回、情報を更新させることが出来るようにしたい」

「えっと……、何だろうな。お前の発想、最近はなんかゲーム的な発想というより、プログラミングでもしてるのかって感じがするぜ」

「情報の授業で対話型だけどちょっと使ったからね……それに僕、演劇部でプロジェクションマッピングとかを実装するにあたって、簡単な概念くらいは頭に入れてるんだよ」

 いわゆるオブジェクト指向というやつだ。

 関数と言ってしまっても良い。

 ようするに。

「僕が今回実現……もとい『実装』したいのは、『関数:領域指定』なんだよね」

「そんな無茶な……って言いてえけど、微妙なところではあるんだな」

 僕が使っている眼鏡は『表しの眼鏡』という。

 しかしその実際はというと、そもそも品質値を表示するという道具である『表しのレンズ』という道具を、レンズだけでは持ち運びや使用に困難なので眼鏡のフレームを使ってそれこそ単なる眼鏡のように使えるようにしただけだ。

 この眼鏡に付与されている様々な効果は、魔力を特定のパターンで流すことで意図した機能だけをオンにする、みたいな仕組みを持っている。オンオフの指定はだから簡単なのだ。ただし効果量の指定はちょっと手間取ったのもまた事実……それでも現時点では解決できていて、たとえば『機能拡張:遠見』では望遠の倍率を指定できるし、『機能拡張:時間認知間隔変更』も倍率の指定を行える。

 なんだもう出来てるじゃんと思うかもしれないけど、そして実際実現は出来ているけれど、よくよく考えてみると出来ていないのが解るだろうか。

 ようするに僕は眼鏡に付与した機能に関してはそういう調整が既にできる。

 但し眼鏡に付与された機能というのは、結局の所道具による魔法の再現だったり、あるいは魔法ですらない何かを引き起こす効果だったりと様々だけど、ここで重要なのは『結局、それは道具の効果であって、魔法を制御しているわけではない』という点になる。

「……うん、まあ、言いたいことは解った。と思う。実際にそれが関数って表現でいいのか、俺には判断できねえけど、お前がしたいのは『儀式や大魔法が行使段階で指定する変数的な部分を錬金術で適切に変形させる』のと、『あらかじめ指定された魔法を行使させる』の複合だな?」

「そう。それが理想」

「魔力のリソースはどこから引っ張るんだ」

「金の魔石をどうにかすれば良い」

「よしんばそれで魔力が足りたとしても並列処理はどうする」

「それは必要ない」

 なぜならばそれは理想だからだ。

 理想としてはそれをするべきなのだけど、そんな事を実現するためにはどれほどクリアしなければならない問題があることやら。たぶん錬金術最大の難問とも戦わなければならないだろう。

「なんだその、錬金術最大の難問ってのは」

「錬金術を錬金術で再現することだよ」

「は?」

「だから、錬金術で錬金術を使うってこと。それが難問。答えはあるはずだけど、今のところ誰にも検討すらついてない。そういう命題……哲学みたいなものかもね」

 錬金術は大概の無茶はきくし、大概の応用もできる。

 けれどその基礎的な部分は存外堅物というか、なんとも漫然とした物だ。

 マテリアルの認識はまだしも、完成品への錬金術(ふぁん)というその部分は錬金術師からしてもどうにも意味も原理も分からない。ものすごい感覚なんだよなあれ。一度出来れば何度でも出来るんだけど。

「お前、そんな訳のわかんない技術を訳のわかんないままに使ってたのか……」

「だって使えちゃうんだもの。その辺の詳しい原理を知らなくたって実害はそんなにないよ。洋輔だって水道を使うとき、蛇口を捻るとなにがどうなってどうしてそこから水が出てくるのかを知らないままに使ってるでしょ?」

「お前のその煙に巻くバリエーションは少ないようで豊かだよな……」

 まあともあれ、錬金術を錬金術で再現するなんてことはほぼ不可能なのだ。

 だから錬金術で大魔法をねじ曲げる。

「だから、でねじ曲げられるもんでもねえんだけどな普通は」

「考え方はそっちの方が簡単なんだよ」

「……方法に検討が付いてるのか? どうやるんだ」

「どうもこうも、これはゲームで喩えた方がいいかな。そのコマンドを選択すると、ある攻撃魔法が発動する。そんなゲームね」

「ん」

「で、魔法はパラメータとかで計算された数字でダメージをたたき出すわけだけど」

「まあ、よくあるゲームだな」

「そのパラメータを弄る」

「…………」

 身も蓋もないことを言うならば。

 僕がやろうとしていることは、つまりエミュレーターによるゲームの制御だ。

「『クイックセーブ』に大魔法をストックしておいて、『クイックロード』で何度も適応させ、『チートコード』を使って範囲を切り替えさせる。こう考えれば存外簡単に実現できそうでしょ?」

「……言いたいことは解った、が。そんなの、出来るのか? チートコードを使うにしたって、それこそメモリのアドレスを参照とか色々と面倒なんだろ?」

「それをするために今、四つの領域指定をして貰ったんだよ」

「はあ……。それが何か意味あるのか?」

「そのメモリのアドレスを探すんだ。この四つの領域指定は、根っこの部分では同じ大魔法……つまり同じゲームだとここでは言い換えられる。その上で特定のメモリに書き込まれている数値が違うから、違った領域を指定している。つまりこの四つの領域指定から『異なる部分』を導き出せば、それが自然と領域を指定している部分ってことでしょ?」

「いや、理屈はそうなのかもしれねえけど……。え、でもそんな違う部分を探すって簡単に言うけど、出来るのか? 魔法を使った俺としては設計図の段階での違いは分かっても、成立した後の違いを導き出すのは至難だぞ」

 至難ってことは出来るのか。さすがは削除やら分解やらを得意とするだけのことはある。

 そして僕はそれが苦手だということを知っているからこその出来るのか、なんだろうな。

 まあ実際、洋輔に対して見せたことどころか、僕が望んでそれを使う事は滅多に無いわけで。

「錬金術には錬金除算術って応用がある。で、それの発展系」

 錬金超等術と同じように『完成品に干渉するタイプの、珍しい応用』。

 そして僕が苦手とする『引き算や割り算を用いた錬金術』。

「『錬金比較術』。ある完成品と別の完成品を比較して、その違いの部分だけを『二次完成品』に出来るって技術だ。あんまり得意じゃ無いけれど……」

 それでも錬金術は錬金術。

 全く使えないというほどでもない。

 領域指定の大魔法四つを対象として、マテリアルでは無く完成品としてそれを対象とする。これも認識を変えるというちょっとした応用技術なんだけどまあそれはそれとして、なんとか錬金比較術を成立させ……て、


 しゅん、


 という音がして、僕の手元には立方体が生み出されていた。

 うっすらと輝く、一辺が十センチちょっとの立方体……である。

「なんだその、ルービックキューブみたいなのは」

「錬金比較術における『二次完成品』。要するにこれが『違うところ』って事」

「……ん? えっと?」

「立体で表現されてるQRコードとでも思っておいて」

 間違っては無いし。

「あとは『領域指定の大魔法』とこの二次完成品を関連付けて、この二次完成品に対して数値を代入する仕組みを用意して……、ま、それで実現は出来る、んだけど」

 ここから先は錬金術の解釈でどうやって領域を代入するか、なんだよな。

 数字的な考え方が理想だとは思うけど、正直かなりしんどいと思う。

「……んー、俺はその技術を知らねえからなんともアレなんだけどさ。それってつまり、領域を指定できれば良いんだよな?」

「うん」

「ならマーカーを使えば良いんじゃねえの?」

「マーカー?」

「そう。北はここまで、南はここまで、東はここまで、西はここまで、高さも大体このあたりまで、みたいな指定が出来る杭とかトーチとか。例のゲームでもあるだろ?」

「……んーと、ああ。工業化のやつか」

 確かにその方式でいいのかな……、だとするとマーカーをどう定義するかだけど。

 いやそれこそ楔をマテリアルにして特殊な道具として再定義してやれば……、うん、行けるな。アナログな方法だけど、だからこそ使い方はシンプルで良いような気がする。

「それそれだと点と点を繋いだ線の範囲内にしか対応できないか。うーん。もうちょっと詳細な形を指定するとしたら洋輔はどうする?」

「ライン引きでも使ってやりゃいいんじゃねえの?」

「洋輔って時々天才だよね」

「時々かよ……」

 時々だ。

 あと時々天才の逆にもなる。

「佳苗。褒めるときはもっと褒めて良いんだぜ」

「偉い偉い」

「悪ぃ。なんかむかつく」

「でしょ? ……あはは、冗談だよ。いや、実際目から鱗って感じで、凄い! っていう感情よりも『ああ、なるほどな、そういう方法があったか……』ってしみじみ感傷しちゃうというか」

 なんか洋輔の発想って斬新というよりも素朴なのだ。

 発明家がひらめいたというよりおばあちゃんの知恵袋みたいな。

 奇抜なアイデアではなく実用的……って事かな。

「そういうお前は実用的を突き詰めた結果奇抜にまで行ってるんだよな……」

「本当に上手いこと対極化しちゃってるよね……」

 などというやりとりは、まあさておいて。

 結局それから調整をしつつも、翌日のお昼頃にはその道具は完成したのだった。

 名前はまだ付けていないため、範囲指定型液体霧状散布装置という機械的な名称で呼ぶけれど、これは本体と最大二百五十六個のマーカー、もしくは特別な成分を含んだ石灰で引かれた線によって範囲を定義し、その範囲内に液体を霧状に散布するというまんまの道具だ。

 これを使えばワールドコールを任意の領域に限定して散布でき、つまり指定された範囲内の物質は簡単に修復できるということでもある。

 また、この道具の使用に当たっては錬金術的な感覚も魔法も必要なく、あくまで指定された通りの手順を踏めば猫にでもできる……いや猫にはできないかな、まあ概ね小学生くらいの知能があれば問題ない程度の手順で利用できる。

 そして散布を実行するためには液体以外にもある道具を要求するように作ってあるので、意図しない形での悪用はまず無理だろう。たぶん。まあその気になれば出来そうだけど、その辺は魔族を信じることにしよう。

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