19 - どんなにボロボロだとしても
『魔神様。前線に赴かれるならば、これをお持ち下さい』
と。
いざ出発しようとしたところでパトリシアに呼び止められ、これを、と渡されたのは短剣だった。もちろん鞘に入っていて、その鞘には奇妙な紋章が刻まれている。
『この短剣は……えっと、何?』
『代々魔王様が「特別な使い」、「使者」にその証として託していたものです』
『なるほど。身分証か』
『はい。…………。どうせ魔神様のことですから何も考えずに空からずどんと降りるのかなと思いまして』
『……パトリシアってさ。結構遠慮無いときは遠慮が無いよね』
『その方が魔神様としても喜ばしいと勝手に思い遣ったのです』
『実際、嬉しい気配りだよ』
苦笑で答えつつ感謝を述べて、今度こそ出発。
空高くまでまずは移動し、そこからは風の魔法と重力操作でふわふわと移動。
結果、陸路ではほぼ休憩無しで五日間かかった道程は十六時間まで短縮。もう少し工夫すればもっと早くなるかな、とは思うけど、さすがにそうなるとグライダー的なものを作らないとだめそうだな……。
ともあれ。
ふんわりと、最前線の城のちょっと手前側に展開された救助用の拠点のちょっと空き地になっていたところに着地、すると、周囲をざっと結構な人数の兵士に囲まれた。そりゃそうだ。パトリシアには今度お礼が必要だな。僕だけだったらここでどうしたものかと考え込んでたぞ。
『魔王城からの使者です』
ともあれ、警戒を密にしている皆に見せつけるように、パトリシアから受け取った短剣を取り出してみると、たちまち周囲の色が警戒から緊張へと変わった。
…………。
まあ歓迎されるとも思ってなかったけど。
『あの城の責任者はどこに?』
『その意味ならば私がそうだ。北方前線司令、小鬼のマーナルベルと言う』
と、名乗りを上げてくれたのは散切りにした銀髪にギラつく金色の目をした壮年の男性だった。左腕と左足に包帯を巻いていて、また左腕の包帯にはうっすらと赤がにじんでいるし、左足の包帯はいびつな形をしている。当て木かな。
『マーナルベルさん、でよろしいですね。僕は魔王城からの使者で、「かなえ」と言います。先日に起きた「天災」についての情報収集、並びにこの前線の城を今後どうするか、そして負傷者などが発生している場合はその処遇について決定するのが役目です』
『かしこまった。とはいえ見ての通り城は半壊状態、接待をすることが出来ないことは容赦願いたい。そもそも城は今も岩塊の同胞がなんとか形状を保持しているが、一時しのぎだ。あれほどの大地震が三度も起きた。これからも揺れは続く可能性が高い。ともなれば城は結局崩落するだろう。北方前線司令としてはこの城砦の破却を強く所望している。また怪我人の治療をするための仮拠点の作成に関しても魔王府令の発令を強く望むが……』
大地震が三度……?
『状況を詳しく聞かないと、正しい判断が下せません。詳細の説明をこの場で構いません、出来ますか?』
『口頭になるがよろしいか』
『はい。それともしも地震以外でも被害を受けていて、それによって負傷している者が居るならば、何人か連れてきて下さい。傷の度合いから何が起きたのかが多少解るかもしれません』
『……承った。ランド、頼んだ』
と、マーナルベルさんはすぐ横に居た恐らくは岩塊の男性に頼むと、その男性はこくりと頷いてささっと去って行った。あの様子ならば大丈夫か。
そしてマーナルベルさんは概ね、この城が体感したその天災についてを整然と話してくれた。
纏めるとこんな感じ。
まずは大規模な火球現象が確認された。珍しくもありおぞましくもあるそんな現象に気付いたのは物見台に居た監視員以外にも、城に詰めていたうちの何割かは目撃したそうだ。そしてそんな目撃情報はすぐさま警報として城内に報され、マーナルベルさんもそれをそこで知り、事態の把握の命令を出した。
そしてそのほぼ直後に閃光が周囲に走ったかと思うと、ビリビリと空気が振動してから轟音が走り、その後音が殆ど衝撃として城を襲った。地震による揺れでは無く、何か大規模な爆発が起きたかのような……そんな音によって気絶する者も散見されたそうだ。また、物見台にいた監視員は衝撃によって吹き飛ばされて落下する始末。この監視員達は現時点でまだ死んではいないけど、かなり危険な状態にある事は間違いない。
そしてこの件にはまだ先がある。
轟音がやっと収まったかと思ったら、今度は熱波が数テンポ遅れて城を襲った。結果、城の前で監視をしていた者達が全身に重度のやけどを負っている。さらにその熱波は気象現象としての熱波ではなく殆ど熱線のようなものであり、城のその側面を大きく焦がし、また防衛攻撃用の隙間から入り込んだ熱線を浴びた者も軽度から中度のやけどを負った他、熱線の集中が原因か資材に引火、中規模程度の火災が発生。緊急で消火を試みはじめたのとほぼ同時に、一度目の揺れが始まった。
最初の揺れの時点で、それは異常な揺れだった。縦に大きく突き上げるような、まるで地面が飛び跳ねたかのような揺れ。そして直後に極めて大きな横揺れ……かつてないような大地震によって多くの施設で備え付けのあらゆるものが倒れたり壊れたりした。しかもその揺れは長く続き、結果、城砦の柱のいくつかが崩壊。それによって城砦の崩壊が始まり、一時は全壊の危機にさえ陥ったのだけど、そこで岩塊が咄嗟に城砦の一部を『自壊』させ、軽量化させることで暫定の補強。とはいえそれによって少なくない兵が生き埋めになってしまったため、その救助作業をマーナルベルさんは命令。
揺れが収まった後、救助作業を開始……救助は困難だった。何しろ全体から見れば二割から四割程度が轟音で気絶、さらに別の二割程度はやけどなどで怪我をしていて、きちんと統率がとれるのは五割に及ばない状況だったからだ。それでも救助を開始し、半数ほどを回収したところで二度目の地震が城を襲った。この二度目の地震によって城砦はさらに状態を悪化させ崩壊が進み、この時点でマーナルベルさんは暫定的に城の放棄と南部平原に治療拠点の作成をすることを緊急権限において宣言。
ようやく概ね全員の、とりあえずの生存確認がはかれたところで三回目の地震が発生、この揺れにおいてさらに城砦は倒壊し、その際に崩れた塀の岩がマーナルベルさんを直撃、左足を骨折している。ちなみに腕は最初の揺れの時に怪我をしたそうだ。
これらの説明を受け終えたところで、担架に乗せられて運ばれてきた怪我人は全部で六人。全員とりあえずの応急処置は施されているけど、十分な治療とは言いがたい。骨が突き出ちゃってる者も居れば、やけどで大きく爛れてしまっている者もいる。特に六人の内深刻そうなのは二人で、最善の治療をしても助かるかどうかという所だそうだ――もちろんここに居る六人が最悪の六人では無く、むしろ『若干マシ』な六人であるらしい。つまり危篤状態、あるいはほぼ死が確実視されているような者たちもいるということのようだ。
『……うん。なるほど』
状況は理解した。
そしてまた、あまり規模は大きくないけど余震が発生。ぐらぐらと城砦が揺れ、不穏な音を立てている。
『マーナルベルさん、この城で使っていた図案はすぐに出せますか』
『図案……? 建城時のものでよければすぐに』
『それで構いません』
『ファセリア』
『かしこまりました』
と、ファセリアと呼ばれたのは奇妙な飾りを付けた女性だった。何族だろう……、と暫く考え、ああ、あれは耳かと納得。餓狼とは違いそうだけど、『餓』系の魔族らしい。羊かな……? 羊の耳ってどうなってんだろう。もこもこしてるのかな? いや何か根本的に羊の造形って改めて問われると覚えてないものなんだな。
いや思考が逸れているので軌道修正、っと。
『それで使者殿。城砦の破却と緊急拠点の作成、これを是として貰えるだろうか』
どう、洋輔。
(駄目に決まってんだろ。そこの城が無くなるとせっかくの緩衝地帯が意味を成さなくなる)
だよね。
『申し訳ありませんがどちらも認めることは出来ません。魔王府令として再起を命じます』
『いや。命じられてできるものならばやってみせるが、このような有様では……』
『もちろんこのままやれとは言いません。安心して下さい。それと確認です、この城に詰めていた者の正確な数を教えて下さい』
『三百四十七名』
即答か。ついこの前に数え直したというのもあるんだろうけれど、それでも十分だ。
『解りました。三十秒くらいちょっとその場でお待ち下さいな』
『……はい?』
というわけでやりたい放題タイムだ。
ピュアキネシスで適当なサイズのボウルを作成、持ってきた材料をふぁんふぁんと組み合わせていって、クイングリンと豊穣の石を特定の品質値で作成。豊穣の石とクイングリンの品質値はそのまま薬草が生成される範囲と数にかなり影響が出るため、大雑把でいいならこういう制御の仕方もあるということだ。
ともあれ地面に突如生え始めた緑色の草、薬草に困惑を始める周辺をさておいて、水の魔法をスタンバイ。同時に薬草が完成した側からマテリアルとして認識、片っ端から錬金術を行使――ふぁん、と、けれど鳴った音は一度だけ。錬金一括術というのはなかなか便利なのだ。
『使者様、図案をお持ちしました』
『うん、ありがとう。それと、この液体を一人一つずつ配給するから。飲むか身体にかけるか、どっちでも好きな方で使うように。今日中に、というか今からすぐに』
『……その薬品は一体?』
『身体を治す者だよ。例えばだけど』
担架で運ばれてきていた怪我人の内、大きなやけどを負っていた人物に用意した薬品――完成品、即ちエリクシルを振りかける。
すると、音も無く。
ただ、その薬品が降りかかり終えた頃には、全ての傷が癒えている。
『ご覧の通り、ね。概ね全部の傷を強引に治しちゃう、そういうものだ。特別製だからそう大量に、しかも自由に作れるわけじゃ無いけど、今とりあえずここに全員分は用意した。きちんと治すように』
『使者どのの言うとおりにせよ。その薬品で救えるならば、救い切れ!』
マーナルベルさんの檄に多くの人たちが、薬品を抱えてあちらこちらへと向かっていく。まあこれで大丈夫だろう。
『マーナルベルさん。これで人材面では問題ない。そうですよね』
『…………、ええ、確かにその通りです。しかし……』
『城の図案は今貰いました。城も修復……ついでにちょっと改修もしておくか』
『は?』
マテリアルとして認識するのは、城砦や城砦の残骸その全てだ。
それに加えて本来ここにあったはずの城を概念として、補助マテリアルという枠に指定し認識。
さらに完全エッセンシアを特異マテリアルとして追加することで完全耐性を付与……。
よし。
ふぁん、と。
そんな音がこだましたかと思えば、先ほどまでは半壊状態、どころかもうすぐ無くなりそうだったその城砦は、完成したばかりのような綺麗な状態へと戻っているのだった。
尚、単純に立て直すだけではなんだかもったいなかったので、所々に猫の模様を隠しておいた。誰か気付くかな?
それに。
『さて、改めて見解を述べます。この城は確かに半壊状態の崩落寸前、ましてや城を守る者達も怪我でそれどころじゃなかった。けれど怪我は全員治せて、見ての通り城も「元通り」……どころか、かなり便利に立て替えもしておきましたし、先に起きた地震程度ならば「無傷」で済むような耐性も与えておきました。なのでマーナルベルさん。魔王府は、この城砦の破却を認めません。この城砦は前線の要として不可欠です』
『……音が、しただけで』
何もかもが戻った、と。
半ば呆然とするマーナルベルさん――と、周囲も呆然としているようだ。
それでもちゃんとエリクシルを散布する作業はしてくれているのでいいけれど。
『マーナルベルさん。いえ、マーナルベル』
『…………!』
『これからは僕もちらほらとここに入ることがあると思います。その時はまたよろしくお願いしますね――改めまして名乗りましょう、僕は』「渡来佳苗」『です。魔王城にいた者たちは僕ともう一人を「魔神」と呼び、僕はその中でも「つくりかみ」とも呼ばれています。よかったら「かなえ」と呼んで下さいね。それと、先ほど渡した薬品で全員が完治した後は、これから当面……そうだな、一週間くらいかな。余震が続く可能性がありますから、可能な限り城の中で待機しているように。一番安全です』
『しかし、また崩壊する可能性が』
『あるとしたらそれは僕が本気で壊しに来たときです。なんなら全力で壁を殴ってみれば良い。ぐらつきませんから』
だからまずあり得ない。そう断言を重ねておく。
『魔神として魔王府令を布告します。当面は現状を維持せよ。その上で改めてまた聞きに来ますよ。それと改良した部分に関しては説明書みたいなものを正門を入ってすぐの所に置いておいたので、それでちらほらと色々と試しておいてくださいね』
伝達事項はこれくらいかな。
『マーナルベル』
『はい』
『お役目。もう少し頑張って下さいね。その上で、魔族という勢力をどのように導くか……それを考えなければいけないので』
『……かしこまりました』
『よろしい』
頷いて、改めて周囲を眺める。視界に入った全員は全回復しているようだ、きょとんとしている者、涙を流している者、夢を見ているのかと現実を疑っている者、まあ様々に居るものだ。
『あの薬。ちゃんと全員に使ってないようだったら、その時は……。まあ、言わずもがなですね。僕は一旦帰ります』
『……はっ』
若干不服そうな表情ではあったけど、結局マーナルベルは頷いた。
だからこそ。
「吾輩は猫である、名前はまだ無い。」
ワードを唱える――瞬きをするまでも無く、景色はまたもガラッと変わって、そこは魔王城の中庭だった。
『……魔神様。いま、どちらから?』
『今度はハルクラウンに見られたか……』
いや本当に、なんで最近は誰かと必ずエンカウントするんだろうね……?




