18 - 流星群を眺めて
空高くから改めて前線を観測してみると、それはもはや前線とは呼べないような有様になっていた。
まず第一に、魔族側の城はなんとか残っている。
……残っている、といっても健在とは言いがたい。あれでは防衛戦は不可能だろう、まず城壁が虫食い状態になっていて所々で崩壊しているし、城本体も半壊程度はしてしまっている。それでも半分は残っている、とポジティヴシンキング……は無理があるな。
怪我人もかなり出ているようだけど、そんな半壊状態の城の中では危なっかしい。いつ全壊するかも解らない状況だし……。魔族もちゃんとそう考えたようで、そして恐らく城の放棄も視野に入れているのだろう。魔族の勢力圏側に仮設の救助用拠点をでっちあげたようだ、そしてそこを見る限り、崩落に巻き込まれた傷もちらほらいるけど、やけどらしき痕跡を残しているのも若干ながら少なくない単位で居る。あの流星群の着弾に爆発を伴ったことは明白だし、恐らくその熱波を直で浴びたってところか……。
そしてその流星群が着弾した地点はどうなっているかというと、どうにもならないという状態になっているようだ。
出来たてのクレーターって単に穴が開いているだけでは無く、地面が解けるんだな……。森や丘があったはずの場所はむしろ窪地になっていて、その地面はぐつぐつと煮えたぎってさえ居る。赤く黒く、溶岩のように変質したそれの中に一体どれだけの被害があったのかは想像も付かない。ただ、そこにあったはずの森や丘は二度と見ることが出来ないだろう。将来的には大きな湖になるかもしれないけれど、しばらくは近付く事だって大変だ。
クレーターは一つ当たりの直径が概ね百メートルから三百メートルくらい……なのかな、よく分からない。よく分からないというのは大概のクレーターが別のクレーターと重なってしまっているからで、全体では七キロの円形……楕円の方がまだ近いけど、ともあれその規模に煮えたぎるくぼんだ大地が出来てしまっている。これでは水脈とかも大混乱だろうし農業的には大打撃とも思ったけど、そもそも周囲に飛び散った様々なものだとか、あるいは隕石によって発生した熱エネルギーだとかでそもそも吹き飛んでいるような気がする。
実際、地図に無かったあの街は、地図にあわせて『無くなっている』。魔族の城よりもよっぽど近かったからな、直撃は無かったにしても衝撃も爆風も熱波も全てが殺到したのだろう。綺麗さっぱり無くなっているわけではなく、一部の建物の痕跡は残っているけど、痕跡だけだ。建物とは到底言えず、言われてみれば人工物らしきものが残っていないわけでもない、程度でしかない。遺体らしきものはない、これは……まあ、炭化しちゃったんだろうな。よっぽどの熱量だった……わけだ。
痕跡を探る、のも大事だけど、それだけじゃだめだ。神族側の被害をざっと確認してゆく。とりあえず、なんとか街としての機能が残ってそうな……あった。この街は……、半分って感じだ。前に見たときと半分減っている。減っているというか、なんというか。残骸が残っている量と釣り合わないのは、衝撃に吹き飛んだからかもしれない。
衝撃による崩落か、あるいは地震による崩落か。どちらにせよ建物の倒壊は深刻なレベルだ、火事も起きていて、その消火は追いついていないどころか手を付けているように見えない。そもそも意識を保っている数の方が少ないようで、よほどの衝撃……もしくは音か。どちらにせよ意識を喪っている、あるいは死んでいる方が圧倒的に多い。光輪の数が大分減っているように見えるのは、それを持っていたのが死んだからか、あるいは別の理由か……。
上から見ていることもあって衝撃波が及んだ距離、衝撃波のみならず熱も及んだ場所などもおおよそ見えて取れる。剣を振っただけでこの大惨事だ、自分がやらかしたことだとは解っていても、なんだかいまいち実感が無い。
実感が無いままに、いったいどれだけの犠牲者をだしたのやら……。いや、過去形じゃ無いか。まだここから増えるだろうし……。
…………。
気をつけないとな。
これだけの被害を出していても尚、僕は自分にいまいち責任を感じることが出来ていない。もともとそういう性格というのもあるし、ましてや異世界での出来事だと割り切ってしまっている。……ま、ここが地球だったとしても同じだろうけど。
自覚しよう。
僕はこういうヤツなのだと自覚しておいて……その上で、考えよう。
「手元にある流星群が出せる大剣は、切り札としては文句なし……」
今僕と洋輔が出来ることを踏まえて、今後どのように進めていくかを考えよう。
これまでの方針はとりあえず時間を稼いで後方、製造する武具の質を上げていき、軍として再度統制を取り直してからの反攻作戦、徐々に勢力圏を取り戻してゆく、って形だったけど……。
その間の時間稼ぎをどうするかってところが問題だったけれど、後のことを考えないならば、当面の時間を稼げる手段を手に入れたというわけだ。
ただし原則は使えない。
流星群は確かに威力が抜群だし、コストも殆ど無い。僕が剣を振る、ただそれだけで発動できるのだから、実質的に時間以外には消耗するものがない。
けれどやっぱり、大雑把すぎる。
敵にだけの被害じゃ無く、味方にも直接的な被害――城の半壊だとかそれに伴う負傷者だとか――があるし、これから先、間接的な被害も出てくるだろう。それは例えば地震の影響かもしれないし、あるいはあれほどの地形変動が一気に起きたのだから地脈や水脈に異常が発生し、驚異的な不作や異常気象が起きてもおかしくない。断層も動いたかな、だとしたらあれがきっかけで本格的な地震とかが起きるかも。噴火とかもあるか。
それが敵としての神族側だけの話ならばまだ良いけど、大地震や大噴火というものはそれが起きればこちらにも被害が及びかねない。そしてそういった大被害を主に受けるのが神族だとしても徐々に魔族側だってダメージを受けるだろうし、そうなれば元々の体力で圧倒されているし、種の限界点として見ても魔族が不利になる。
大体それで神族を殲滅したところで、残ったのが不毛の大地じゃ意味が無い……。まあ、魔族としてのゴール地点が正直不明瞭なんだけど、勢力圏として抱えても意味の無い地域が増えても国力というか勢力としての体力は回復しない。どころか守るに難く攻めるに易いなんて場所をそれでも守ろうと戦力を割かなければならなくなって、却って消耗しかねない。
今回発生したその不毛の地に関しては緩衝地帯としてお互いに勢力圏として主張しない、あたりが落としどころだろうけれど、この先も同じような状況……つまり流星群を使うならば、そのあたりの算段を付けた上じゃないとな……。
まあ物に関しては大概直せるし、者だったとしても大概は治せるんだけど、たとえば腕を生やしたところで腕を失ったというショックまでは簡単には癒やせない。心理的な傷を癒やす道具もあるにはあるけど、あれはちょっと麻薬っぽいからあんまり使いたくないんだよね。
なにより命は失う一方で、一度喪われればもはや取り返しが付かない。偽造でいいなら出来るけど、僕も洋輔もそれは乗り気じゃ無いし、自然に子供が生まれ、育つのを待ちたいところだ。でもなあ、妊娠は十月十日が云々とよく言うし、その上でまともに……前線に限らず後方でも戦力として見なせるのは早くてもティーンエイジャー、今の僕たちくらいの年齢だろう。
でもなあ、集団行動なんてのを日常化してるのってそれこそ日本くらいだよ。そう考えるともうちょっと掛かるかも、十八歳くらいならなんとかなるかな? あるいは学校作るか。先行投資としては悪くない……けど学校を作ると決めるにしたって教師がいないか。
それこそ白黒な世界にあった養成機関としての学校ならありかな……、でもあれも一から作ろうとするとかなり大変だ。それぞれの分野のトップを集めて組織としても作らなきゃ行けない。形だけならば作れても馴染ませるまでには伝統が必要……結局、時間が必要なんだよな。
時間だけは錬金術でも魔法でも作れない。
時間そのものにはそもそも触ることも出来ない。
僕は一瞬を超長時間に引き延ばすようなことをしているけれど、あれは時間を弄ってるんじゃ無くて、それを認知している僕の身体とか精神に干渉してるだけだからな……。それに滅多に使わないけど逆も一応出来るし。一時間を体感一秒にしたり。理想の動きを併用しないと間違いなく窒息死するけど。
話が逸れた。
ともあれ時間というものはそう簡単に作れるわけじゃ無い。
それを踏まえた上で、今後の方針を話し合わないと。
僕はそんな事を改めて決意して、足場にしていたピュアキネシスを解除――そのままその場に重力操作しつつも落下して、はい着地っと。
『魔神様ってちかごろまともに登場しませんよね……』
『ああ、アンサルシア……。というか、なんでこうも僕が着地したり帰ってきたりする度に誰かがいるんだろうってこっちは疑問だけど。頼んだことは?』
『着手していますが、どんなに早くとも一週間はかかります』
だよね。
『上から見てたんだけど、前線の城は半壊してた。代わりに神族側の前線は全壊してるからしばらくは時間稼げるだろうけど……』
『半壊……』
『うん。半壊。前線判断で城の放棄まで考えてるかもしれないね』
『……それはお認めになるので?』
『それを決めるのは僕じゃ無い。洋輔だね。それも一度実際に確認してからになると思う……そうだ、アンサルシア、城にまだリオは居る?』
『いえ、既に伝令に走っていますが』
一歩遅かったか。
そんなちょっとした後悔が顔に出たのか、あるいは察しが良いのか、
『呼び戻しますか?』
とアンサルシアは提案をしてくれた。
けどなあ。二度手間は可哀想だ。
『いや、いいよ。次に会ったときで』
『はい。……前線に関しては、どういたしますか?』
『洋輔とちょっと相談してくるけど、僕が行って実地調査して……から、かな』
『となると、早くても五日はかかりますか』
『そうでもない。行って確かめて帰ってくるだけなら一日だ』
実際には色々と手を打ってから帰ってくることになるだろうから、二日はかかるだろうけれど。
『……さようですか』
…………。
まあ、いいや。
『それとアンサルシア、これも後で洋輔と相談して決めるんだけど、そのための材料としてちょっと確認。現状の出生率、そこまで低くは無かったけど、これをあげることは出来ると思う?』
『先の魔王様もある程度は考えていたようですが、有効な政策が思いつかなかったそうで』
『……なら、子供の居る家庭に一定額給付とかしてみるか』
『国庫は……、魔神様ならばまあなんとかなるでしょうけれど、そうすると物価に問題が出そうですね……』
『そりゃそうだ。けれど今はとにかく増やさないと……母数があんまりに違いすぎる』
『そのような天災を引き起こせるならば、それで神族を撃滅してしまえば……』
意外と過激なことを主張するなあ。
どっちかというとイルールムのほうが言いそうな言葉なんだけど。
『やれば出来るとは思うよ。でもそんなことをやらかしても見なよ、全世界もれなく異常気象、現在の領域だってぐちゃぐちゃになる。それでもいい?』
『それは……』
『だよね。それに神族だっていつまでもやられっぱなしとは思えない……何らかの対策は立ててくるだろう』
どのみち上手くは行かない。もっとバリエーションを増やして攻めなければ。
『急がなきゃならないけれど、焦っても無意味どころか悪化しかねない。……ま、洋輔とちょっと相談してくるから、また後でね』
『かしこまりました』
そこでアンサルシアとはまた別れて、洋輔が居る場所を確認。
どうやら三階の資料倉庫にいるようだったのでそこに直行すると、
「地震の影響は?」
と、まず真っ先に聞かれた。
「一番近くの城は震度七だろうね。かなり頑丈な城が崩れてたし……ただ、距離減衰がかなり大きいね。ちょっと離れるだけでも揺れは大分小さくなってる」
「地表付近で起こされた地震だしそんなもんか……いやそんなもんじゃねえよな。だってここまで揺れがとどいてるぞ。前線からの距離を厳密に測ってるわけじゃねえけど、この長距離で震度二程度の揺れを感じたってことは大概じゃねえの?」
「僕もそれは思ったんだけど……どうも、僕たちが体感したあの地震、僕が起こしたそれそのものじゃないっぽいんだよね」
実際地震の影響は結構な広範囲に及んでは居たけど、それでも範囲で言えばかなり小さかった。なのに揺れは感じた……。
地震は震源が深ければ深いほどその揺れは広範囲に広がって、逆に浅ければ狭くなる、はずだから、範囲が思ったより小さいというのはそれが理由で良いだろう。
じゃあ何故僕たちが揺れを観測できたのか。いくつか推測は出来る。
たとえば大地震ではちらほらと観測される、震源から離れているのに妙に揺れの強い地域。地盤とかの問題でそういう事が起きるらしいけど、これはまあ違うと思う。
次に出てくるのは至って単純なこと。つまり僕たちが観測したあの揺れは、また別の地震であるという可能性だ。
「流星群で大地が大きく刺激されてるから……それで断層が動いて、連鎖的に地震が発生した、とか」
「…………。だとしたら、余計に流星群は使いにくいな」
洋輔は表情の難いままにそう言う。何でだろう。
「何でも何も、『流星群それ自体の効果』としてそれが現れたならば制御しきれるんだろうさ。けどお前が言うとおり連鎖的な地震を発生させるほどなら、そりゃもう制御できてねえってことだろ」
そりゃ……そうか。
「暫く封印しとけ、あんな危ないもん」
「壊しちゃえとは言わないんだね」
「まあな。そうそう使えないだけで、切り札として使えないことも無い……使わずに済むならばそれが一番の切り札だが」
なんかそう遠くないうちに使う羽目になりそうだぜ、と洋輔は心底うんざりするように言い放った。
「まあいいや。今後の方針は俺が適当に決めるけど、お前はどうする?」
「まず、前線に一度入る。城は治してついでに機能改善して、死者がいるなら弔うし、死んでないなら治してくる……んだけど、その上で一つ確認」
「うん」
「城の耐性、いっそ完全耐性にしちゃう?」
「…………」
あの不毛の地を緩衝地帯として捉えるならば、あの城は最前線として奪われることが考えにくい。ならば完全耐性を付けておいても良いかもしれない……今後起きる地震とかからの避難所としても使えるし。
「……ああ、避難所としての発想もあるのか。そういう事ならとりあえずその城と、あと何カ所かに用意してえな」
「場所はパトリシアかハルクラウンあたりと相談しておいて。決まったら教えてよ」
「ああ、そうする」




