独白:お兄ちゃん
屍のように生きてきました。
喩えるならコンピューターに予め組み込まれたプログラムの様に。
働き蟻が生まれた時から持っていた労働本能の様に。
決して目立つ事なく、日陰を歩いて生きていました。
それだけが俺に許されていました。
それだけが俺の自由でした。
優秀な兄や見目麗しい姉と同じ様に、同じ女の胎から生まれた俺でしたが、奇妙な事に、俺は血縁の誰とも似つかない姿で産まれました。
色の薄い髪をしていました。
色の薄い眼をしていました。
しかし身体は何処も健康で、健全な人のそれと同じでした。
それが余計に奇妙で、不気味で、「気味が悪い」と眉を顰められました。
母はそんな俺を嘆き、敬遠しました。
父は俺を子ではなく、異質なモノとして扱いました。
兄は俺を粗悪品だと罵りました。
姉は可哀想な子だと心無い言葉で嘲りました。
俺は、そう言われる俺が嫌いで嫌いでたまりませんでした。
だから俺は日向が嫌いで、日陰に居ることを好みました。
光を浴びてしまえば、人目に触れてしまえば、異常な子として、一族の恥として、大衆の面前に晒されることが分かっていたからです。
そうやって、俺は誰も見向きもしないような日陰の中で、息を潜めるようにして生きていました。
死んでいるのと変わらずに、生きていました。
そんな俺が義務教育を受ける歳になって、身分を隠し、姿を偽り、学校に通うようになりました。
一度も家から出た事が無い俺にとって、それはとても素晴らしい経験でした。
ただ一人のヒトとして始めた外の世界での生活は、何もかもが俺のとって未知で、新鮮で、筆舌に尽くし難い輝かしさのあるものでした。
産まれて初めて、友達が出来ました。
産まれて初めて、家族以外のヒトと関わる時間が出来ました。
産まれて初めて、興味の引く分野に夢中になりました。
産まれて初めて、心の底から笑って、泣いて、怒って、楽しいと思えました。
産まれて初めての友達は心の内を何もかも晒せる親友になり、彼との時間は、自分の意思で謳歌する自由は、俺にとって――――「生きている」と。
そう思えるような、希望に満ちていました。
この時間がずっと、続けばいいと思っていました。
そんな、俺にとっての星の輝きの様な青春の日々は、無情にも、残酷にも、刹那の瞬きの様に過ぎていきました。
光に満ちた学校生活を終えた俺に待っていたのは、あの暗い日陰での死体のような生活でした。
兄の様に優秀でなければ、姉の様に見目美しくもない。
そんな俺にあるのは、代々国に伝わる名家であるという肩書き持つ、この血筋だけでした。
生きる自由を奪われた俺にあるのは、一族を継続させる為の接続部位としての役割。
他の名家と血統的な繋がりを持つ為の橋であることだけでした。
こうして俺は、一族を長く後世に繋げていくための道具として、長く生活してきた棺桶の様な屋敷の中に保管される事になりました。
――――二度と、自分の足で日の目を見る事は無い。
そう悟った俺はその時になって、自分が日向を嫌っているのではなく、陽のあたる場所に焦がれていた事に気が付いたのですが――――それはあまりに遅すぎる自覚でした。
こんな事ならもっと、いくらでも自由があったあの時に、やりたい事を全てやっておけば良かったのだと後悔しましたが。
重く閉ざされた扉の前で、俺のそんな願いはあまりにもちっぽけでした。
それからの俺は数年間、屍の様に生きていました。
だから、これは最後のチャンスだと思ったのです。
とうとう俺の保管期間が終わり、使用されるその時。
これが最後のチャンスだと。
たった一週間の、短い時間。
婿入りする前に、最後に自分の力で働いて世の中を知りたい、履歴が欲しい――――と。なんとか一族をあの手この手の言葉で丸め込み、七日間の自由を手に入れた俺は、一週間外の世界で労働する事を条件に僅かな自由を手に入れました。
これが最後の、俺の意思の時間。
人生で最後の、俺の生きてる時間だと――――そう思ったおれは、最後の最後にずっと俺の事を心配してくれていた親友に会いに行く為にも、短期間のアルバイトをする事にしました。
それが、俺の。
運命の変わる、時でした。
それから俺は、十人の子ども達に逢いました。
それぞれが心に傷を負った、屍のような子ども達でした。
俺と同じ様に死んだように生きていた子ども達でした。
そんな子ども達と関わっていく内に、俺は思いました。
家族って、何だろう――――と。
血の繋がりのない子ども達同士『キョーダイ』と呼び合い、助け合って生きていく彼らを見て、血が繋がっているのに助け合った事など一度も無い俺と、俺の家族を比べて、思いました。
そして彼らと深く関わっていく中で、俺は気付いたのです。
家族っていうのは、利害とか利益とかそんなモノは何一つ関係ないんだ。
互いを理解して、尊重して、大切にして――――思い遣りがそこにはあって。
無償の愛、なんて。
キョーダイ以外の誰かに好かれることも、愛される事も無かった彼らが稚拙にも与え合うそれは、少し歪ではあったけれど。
――――だけど。
それは。
確かに、過ぎた日々の俺が親友から感じていた――――優しさで。
俺は、そんな彼らに日向に出してあげたいと思った。
彼らにヒトに愛される事の尊さを、明日に希望があるという『生』の輝かしさを教えてあげたいと強く思いました。
何より――――生きる屍だった俺をもう一度人にしてくれて、
お兄ちゃん、と。
かけがえの無い、家族にしてくれた彼らを――――幸せにしてあげたいと思ったのです。
だから俺は、キョーダイを幸せにするためなら何だってしましょう。
血の繋がった家族も、降りかかるこの世の理不尽も、残酷な運命でさえも――――何もかもを敵に回したとしても。
俺は最後まで、キョーダイの家族であり味方でいましょう。
たとえ彼らが、決して許されることの無い罪を背負っていたとしても。
俺はきっと、彼らキョーダイを幸せにする為に産まれてきたのですから。




