Stand・By・Me
悪魔に恋する主人公であるため、宗教等について非道徳的な持論を展開する箇所がありますが、特定の信仰・思想を否定・批判する意思はありません。
そうした表現を気にされる方は読まれないことをお勧めいたします。
私は神社の境内にいた。
日暮時である。
自動販売機でアイスを買って、石段に腰掛けて私は、どうやってあのひとに告白しようかと考えていた。
溶けたアイスの滴が地面に落ちる。
見咎めるものはいない。元々、年末年始やお祭り、神楽の日でもない限り、神主さえいないような神社なのだ。だからこそ私たちは子供の時分、よくここを遊び場にしていた。
けれども今は私だけだ。
当然である。
今日は土曜でも日曜でも祝日でもない。夏休みでも冬休みでも春休みでもない。
今日は、文化祭なのだ。私の通う高校の文化祭。
だが二学年と言うのは、実に中途半端だ。
新入生の時ほど目新しいわけでもなく、かと言って三年生のように、最後の青春に賭けるにはちと早すぎる。考えようによっては、勝手が判り、焦りもない、一番呑気に楽しめる時期なのかもしれないけれど。
だから私は、ここ数週間の準備段階に大いに貢献し、今日と言う日の安息を手に入れた。どうせ展示の監視に数人要すだけで、後はみな自由行動に精を出すのだ。「こんなときじゃないと会う暇がないから、どうしても抜けたい」と権力者の女子グループに頼んでおいたので、温かい視線と共に送り出してもらえた。
「判った判った。遠恋のカレシとかいるんだね」
まったく女の子というのは、有難くも可愛い生き物だ。
ただし微妙に間違っている。
彼はカレシではない。
私の想い人――人と言うか、正確には違うのだけど。
まぁ、遠距離であるのは確かにそうだ。
幼馴染の阪口くん情報によれば、もうそろそろ来てもいい頃だった。
いくら逢魔ヶ刻といえ、仮にも西洋の悪魔がそれに倣い、しかもよりによって神社に現れるだろうか。
と阪口くんは訝しんでいたけれども、彼の情報は、いつも結局は正しい。
左の後ろ足を引きずった黒いムク犬、なんて判りやすい。
「誘ってるとしか思えない」
思わず口にしたら、
「笑って言うところがまずおかしい」
と阪口くんも笑っていたっけか。
そんなわけで私は先ほどまで仮眠をとって(今夜は徹夜覚悟だ)、ここに来た。
阪口くん曰く、ふらりとやってくる黒いムク犬を待つために。
アイスの棒を空の袋に入れて、鳥居の向こうにある砂利道をじっと見る。
あの向こうから、きっと来る。
心がはやった。
阪口くんの情報はいつも正しい。
私はまた会える。
彼に。
あの悪魔――メフィストフェレスに。
問題の犬が姿を見せたのは、案の定陽が完全に落ちてからだった。
アイスだけでは物足りないため、持参した弁当をぱくついて、食後のお茶など飲んでいる頃だった。
どこか歩きにくそうに境内に入ってくる黒い大きな犬。
引きずっているのだ、左の後ろ足を。
犬は面を上げた。
だから私は微笑んでみた。
「メフィストフェレスよね?」
嫌そうな顔をした、気がした。好感触だ。
「心配しなくても、他に人はいないわよ。ここはこんな時間、滅多に人が来ない。だから貴方も来たんでしょう?」
ため息を吐いた、気がした。それでも次は、気のせいではなかった。
「またお前か」
聞覚えのある、深いバリトン。
嬉しくなる。大好きな声だ。
思わず破顔してしまうと、犬は諦めたように私の前で形を変えた。
悪魔の正体がどういう姿かは知らないけれど、以前逢ったときと同じだ。
毛先に青味がかった長い黒髪を首の後ろでしばって、黒一色の薄い服を着て。
尖った耳と鼻先。不機嫌そうな半眼の瞳は蒼い。
いかにも悪魔然としている。私の知っているメフィストフェレスそのものだった。
嬉しくて嬉しくて、つい文句が口をついた。
「遅い」
「約束していた覚えはないがね」
顔をしかめながら、メフィストは私の前に歩いてきた。
犬のときに引きずっていた左足は、今は馬の蹄に変化している。悪魔の証であるらしい。石段に当たって、硬い音を響かせた。
「あとお前じゃなくて、カズホ。須田数穂」
「何故おれがここに来ると判った?」
「阪口くん情報」
「阪口……またあいつか」
鹿爪らしい顔が更に歪む。
悪魔は醜いというが、この姿のメフィストは少なくとも、端正なつくりをしている。人間を誘惑するのだから、悪魔こそ美形であるべきなのだろう。その整った顔立ちが歪められる。見慣れた表情だった。
私の前で彼がする表情といえば、嫌そうに歪められているか、皮肉げに歪められているかのどちらかだ。
私のほうは懐かしさに笑みが止まらない。
「……なんだ」
「陽が落ちるのも早くなったわね」
「秋も半ば過ぎだからな」
何が言いたい、と眼前に立ったままのメフィストが睨んでくる。
もちろん季節についての講釈を聞きたい訳ではない。いかに彼が、天文学や気象学に長けた悪魔といえども。
――ううん、本当はそれでもいいのだ。彼といられれば話の中身はなんだっていい。
「秋の夜長という言葉があるわね」
私の言いたいことを察したのだろう、メフィストの歪んだ眉が、ますますいっそう不機嫌さを顕わにした。
「夜のデートでも」
「断る」
私の笑顔も一刀両断する勢いだ。
「別にどこにも行かなくていいのよ。ここで会って話すだけで」
「断る。丁重にお断りさせていただく」
全然丁重じゃないんですけど。取り付く島もない態度に、さすがにむっとする。
「いいじゃない! 人間のほうから誘われてやってるのよ、悪魔なら有難く話に乗るべきでしょ!」
「悪魔だって分の悪い賭けはしない。相手がお前とあの阪口なら、なおのこと」
「私は別に賭けなんてしてないってば」
阪口くんはどうか、知らないけれど。
爽やかで穏やか、かつ白っぽい外見の幼馴染を思い起こしつつ、それでも口には出さない。私への素直な応援か、面白がっているのか、それともただの趣味なのか、阪口くんが協力的な訳について私は聞いていないが、いずれにしろメフィストの気には食わないだろう。
だが、相手のペースに乗ってはしまいだ。
「言うわよ」
「……何だ」
「ここにいられなくなるようなこと、あちこちに吹聴して回るわよ。悪魔に神社なんてちぐはぐにも程があるけど、地獄の大公ともあろうメフィストフェレスが足繁く通ってるのには理由があるんでしょ。来られなくなったら困るんじゃないの?」
勢い込む私を、メフィストは短く嘲笑する。
「はったりを」
「そうかしら? 私の幼馴染は誰?」
蒼い目が細くなる。
「そこまでしておれと関わって、お前に何の得がある」
私はこの日ずっとシミュレートしていたように、にっこり笑みを作って、鮮やかに告げた。
「あなたが好きだからよ」
メフィストは心底嫌そうに、眉根を寄せた。
メフィストフェレスは、ゲーテ作『ファウスト』のイメージとウィキペディアの記述をこねて混ぜて好きなように成形した感じです。




