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真・恋姫†無双〜冷静と情熱の狭間〜  作者: §K&N§
第一章 終わりの始まり
4/14

~第三話~侍、命の重さを知る

お待たせしました!


第三話です。


では、どうぞ!

 漢瑜(かんゆ)様の屋敷に居候し始めてから、はや三カ月が過ぎようとしていた。季節的にはもう秋も終わり、冬の足音が聞こえ始めている。


 ちなみに、刺史様、陳将軍とお呼びしてたんだけど、堅苦しいという事で、字で呼ぶ事を許された。


 さて、この世界に来て、俺は最初に文字を習うことにした。この世界の文字は、漢瑜様の奥様である美玲みれい様に教わっている。


 俺も驚いたんだけど、美玲様の本名は盧植ろしょく、字は子幹しかん。正史で若き日の劉備と公孫賛を教え導いた、あの盧植である。


 漢瑜様とは幼い時から知り合いだったそうで、結婚することを約束した仲だったのだという。でも、両家の親はそんなことを認めておらず大反対だったが、それでも二人は結婚することを諦めず、極秘裏に結婚し士陽を出産した。


 しかし、極秘裏の結婚だったため、官職を辞めることが出来ず、美玲様は仕方なく廬江ろこう太守を続けた。


 そして二年前、美玲様本人の意思とは別に、四府からの推挙を受け北中郎将に任命され、軍を率いて黄巾賊の討伐に向かっていたのだが、ちょうど霊帝が小黄門の左豊を軍の監察の使者として派遣してきた。左豊は美玲様に賄賂を要求したが、美玲様はこれを断ったため、左豊は霊帝に「盧植は戦おうとしない」と讒言ざんげんした。


 美玲様は怒った霊帝により罪人に落とされ、死一等を免じて官職剥奪で収監されることとなったが、その時動いたのが漢瑜様である。


 漢瑜様は、美玲様が囚人車で都に護送される途中、賊になりきりこれを強襲し、護衛の者達を皆殺しにした後、美玲様を奪還。陶謙様の領地まで引き返すと、美玲様を人目から遠ざけさせ、世間に“盧植は賊に襲われ死亡した”という噂を流し、追っ手の者達の追跡を見事にかわした。


 その後、美玲様は真名である“美玲”を名乗り、漢瑜様の下で静かに暮らしている。


 ……何というか、波乱万丈という言葉しか出てこない。


 でも、俺はあの盧植に学問を教われるんだから、幸せ者なんだろうなぁ……。


 そんなこんなでちょうど先程、俺は美玲様に教わりながら今日の分の学習を終わらせ、今は士陽と兵専用の食堂で昼食を取っている。


「お前は毎日よく飽きないよな……? 俺だったら三日で逃げ出す自信がある」


 ポニーテールにした赤髪を揺らしながら士陽はそう言って、その手に持つ肉まんにかぶりつく。


「別に俺だって好きであんなことしてる訳じゃないさ。だけど文字が読めなきゃ不便だろ?」


「あん? 別にそんなことねぇだろ。文字の読めねぇ奴なんか、この世の中には沢山いるが、皆それでも逞しく生きてるぜ?」


「そうかもしれないけど、俺がそんなんじゃ、いつまで経っても漢瑜様の政務の手伝いが出来ねぇだろうが」


 俺が器の中の麺を啜りながらそう言うと、士陽は「うわ…」と言って顔をしかめる。


「真面目だねぇ……。もっと俺みたいに楽しく生きれば良いのに」


「こればっかりは性分だから仕方ねぇだろ? だいたいお前の場合、ただ単に怠けてるだけじゃねぇか!」


「おいおい、失礼なことを言うなよ? 俺だって必要なものには参加するさ。他は必要性を感じないだけ。まあ、要するに要領が良いんだよ、俺は」


「……ものは言い様だな」


 からからと笑う士陽に呆れながら、俺はそう呟いた。







 昼食後の一休みを終えた俺達は、鍛練場に来ていた。


「さて……両者共に準備は良いか?」


 漢瑜様は俺達二人に視線を向ける。


「いつでも良いぜ!」


 士陽はそう言ってその手に持つ漆黒の偃月刀、覇黒はこくを構える。


「こちらも同じく」


 俺は腰に下げた千代桜を抜くと、正眼に構えた。


「良いな? では……始めっ!」


 漢瑜様の合図と共に、俺達は地面を蹴った。


「うおぉぉぉっ!」


 叫び声と共に、士陽が覇黒を振り下ろす。


「っ!」


 それに反応し、俺が素早く右へ避けると、覇黒が地面を割った。その隙を逃すはずもなく、俺はガラ空きになった胴に横一閃を放つ――が、それで終わることはなく、士陽は体を捻り、体勢を崩しながらそれをかわす。


 それを見て、俺は縦横無尽に剣撃を繰り出すが、士陽もそれに対応し覇黒を繰り出した。


 一合、二合、三合、四合………。


 絶え間無く激しい打ち合いが続く。


 だが、俺は打ち合いには少々自信がある。


 北郷御影流の教えの一つ。


『打ち合いになったら敵の初動を狙え』


 日本刀というのは、よく世界最強の刀剣と言われるが、無敵ではない。


 数多く打ち合えば刃が欠けてしまうし、かなり強い衝撃を受ければ当然折れる。


 だからこそ、初動を狙うのだ。初動の段階では、まだ力の篭った一撃を放てない。


 故に、刀の負担を減らせるし、相手に主導権を渡さないのだ。


 まさに、素早く小回りの効く刀だからこそ出来るわざである。


 打ち合いが二十合を過ぎた辺りから、士陽は強引に覇黒を押し込んでくる。だが、俺は愚直に初動を狙い、隙が出来るのをひたすら待つ。


 たまらず士陽は一気に後ろに下がり、一旦間合いを取った。


「ふぅ……相変わらずやらしい攻め方だ」


 息を整えながら、士陽はそう呟く。


「きついけど、それが俺の戦い方だからね……」


 俺は肩で息をしながらそう言った。


 そう、きついのだ。初動を狙うということは、相手の動きを読み、より素早く判断し対処しなければならない。


 それ故、体力の消耗が激しいのだ。


「……まどろっこしい打ち合いはもうやめだ。次で決める」


 そう言って士陽は突きの構えを取る。


 俺は千代桜を下段に構え、間合いを取る。


 士陽が一本前に足を出せば俺が下がり、逆に俺が一本前に出れば士陽が下がる。


 互いの間合いの探り合い。


 互いに一瞬でも気を抜けば、一気に間合いを詰められ、討ち取られる。周囲が張り詰めた空気になり、静まり返っている。


 その時、士陽が突然動き出した。


「っ!」


 俺は足に力を込め、一気に間合いを詰める。


 北郷御影流の奥義の一つ。


 歩法『蛇歩だっぽ


 獲物に狙いを定めた蛇の如く、地を這うように一瞬で敵の懐に潜り込む、神速の歩法である。


「しっ!」


 俺は士陽の覇黒が突き出される前に下段から斬り上げ、覇黒を弾き飛ばした。無防備になった士陽に千代桜を突き付ける。


「勝負ありだな?」


 ニヤリと俺は笑った。


「それまで!」


 漢瑜様の声が鍛練場に響き渡った。






「チクショー! あとちょっとだったのに!」


 士陽はそう言って、そのままその場に寝転がった。


「馬鹿者が。その短気な所がお前の欠点なのだ。間合いもしっかり取れてない内から突っ込んでどうする」


 陳珪様は呆れたようにそう言い放つ。


「だけどよぉ、一刀のアレは反則だろ? 避けらんねぇよ、あんなの」


 士陽はふて腐れた顔で俺を見る。


「まあ、確かに一見そうかもしれないけど、実はいくらでもやりようはあるんだぜ? なんせ、蛇歩は真っすぐにしか進めないからね」


 そう、一見無敵の歩法のように見えるが、実は欠点も多い。


 その一つとして、真っすぐしか進めないというのがある。真っすぐしか、それも精々10メートル程しか進めないので、蛇歩を出す直前の体の向きで、動きを予測されれば終わりなのだ。


 それに、もし避けられると、急激な加速により視界がぶれ、一瞬敵が認識出来なくなり、大きな隙が生まれてしまう。


 このように弱点も多いのだ。


「もし、士陽がこれを見抜けていたら、俺は負けた可能性だってあったんだよ」


「一刀の言う通りだ。お前はもう少し冷静になれ。これが戦場だったらお前は死んでるぞ?」


「そうは言ってもよぉ、俺は敵を観察してその弱点を突くなんて出来ねぇよ? ましてや戦闘中にやるなんて器用な真似なんて……」


 起き上がり士陽は頬をかきながらそう呟く。


「器用じゃねぇとかどの口が言いやがる? お前、覇黒をあれだけ振り回せるくせに、弓の技術も高いじゃねぇか。って言うか、弓なんてまさに敵の隙を突く道具だろ?」


 俺はそう言って、その場に腰を下ろし胡座をかく。


「そうは言ってもねぇ……。めんどくせぇし……」


 士陽はぽつりと呟く。


 この野郎……本音が出やがった。


「その怠惰さがお前のダメな所だ。いつも言っているだろうが、馬鹿者が!」


 陳珪様はそう言って士陽にゲンコツをみまう。


 うわぁ……痛そう……。


「一刀、お前の腕は確かに良いが、私からすればまだまだ甘い。一心様はこんなものじゃなかったからな。今後も己の研鑽けんさんを忘れるなよ?」


「はい」


 こちらに向き直った陳珪様からそう言われた。まあ、俺としてもこの程度のレベルで満足してる訳じゃない。


 もっと上へ。


 そして、いつかじいちゃんを超える。


 俺はあらためて心にそう誓った。





















 一刀が我が家に居候して、早いようで三ヶ月が過ぎた。


 一緒に暮らしてきて分かったが、一刀はまだ人を斬ったことがないらしい。しかし、一刀の目標を聞いて、私はそれではマズイとすぐに思った。


 当時一心様は、仕方ないとはいえ、数多くの人を斬っている。


 賊討伐、そして戦。


 あの人は、罪のない民達が賊や戦に巻き込まれるのを良しとしない人だった。


 だから戦った。


 義遠様が統治すれば、きっと民達は幸せになれる。そう信じ、一刻も早く戦いを終わらせるため、義遠様の敵となる者は容赦なく斬り捨てた。


 もし、一刀が一心様を超えようとするならば、一心様と同じような志の下、人を斬らねばならない。でなければ、一心様を超えるなど到底不可能だ。


 一心様と同様に、一刀が天に帰るのかどうかはわからないが、少なくとも当分の間はこの世界で生きるだろう。その間、私は一刀を少々鍛えようと思っている。


 それが、一心様の恩に報いることだと思うから。


 故に、私は一刀にこの世界の武人の在り方を教える。言い方は悪いが、己のために人を斬れなければ、武人としてはやっていけない。まずは戦場に出て、一刀に人を斬る経験をさせねばならぬな。


 そんなことを思いながら、私は部屋で政務を行っていいると、気になる情報を記した報告書が目に留まった。漁陽郡の方で、黄巾賊が増えてきたらしい。


 ……これだ。


 恐らく、近い内に軍を編成し討伐に向かうだろう。その討伐隊に一刀も加える。


 初陣なので、萎縮して戦えぬかもしれんが、士陽の補佐役としてならば大丈夫だろう。


 士陽は馬鹿だが、愚か者ではない。もし一刀に何かあっても、士陽ならば対処出来るはずだ。


 そうと決まれば、早速義遠様に相談しなければ。


 私は報告書を机に置くと、義遠様の部屋へ向かった。






「なるほど……。確かに貴公の言う通りだ」


 義遠様の部屋に着くなり、私は早速先程の考えを伝えた。義遠様は納得したように頷いている。


「一心を超える……か。随分と難しいことを目標にしているな……」


 義遠様は顔をしかめながらそう呟いた。


「私もそう思いました。ですが、一刀は本気でしょうな。私にその話をした時の一刀の顔は本気でした」


 そう、あの時の一刀の目は本気だった。意思の篭ったあの目は、まさに一心様のようで、私自身、少々たじろいだのを覚えている。


「ふむ……ならば致し方ないか……。権陽、賊討伐の軍の編成、及びその指揮権を貴公に与える。今日より一週間後、軍を率いて出陣せよ」


「御意」


 私は一礼して義遠様の部屋から出た。


 急ぎ過ぎだな、私は。


 実際、私は一刀のためというより、一心様から与えられた恩を早く返したいだけなのかもしれん……。


 そうだとしたら、私は最低だな。我がことながら、情けない…。


 そう思いながら、微かに苦笑する。


 さて、一刀と士陽をどう配置しよう……。


 美玲に相談してみるか。


 そう決めた私は、妻のいる部屋へと足を運んだ。






















 私の部屋へやって来た権陽から話を聞き、私も正直悩んでいた。


 もちろん一刀のことである。


「なあ……まだ一刀には早過ぎないか? あの子は一心様とは違うのだぞ?」


 一刀から聞いた話では、一刀のいた世界は平和だったそうだ。故に、人を斬る覚悟も必要ない。


 だが、この世界は違う。


 恐らく、そう遠くない未来、大きな戦が始まるだろう。そんな時、覚悟のない者は真っ先に殺られる。


 だから、権陽が一刀にその覚悟をつけさせたい気持ちもわかる。しかし、それは急いでつけさせるものではない。


 我が弟子、公孫賛と劉備には一年かけてその覚悟をつけさせた。


 我が息子においては、二年以上も時間をかけた。人を斬る覚悟を急につけさせようとすれば、その前に心が壊れてしまう恐れがあるからだ。


「分かっている。私が一刀に無茶なことをさせようとしているくらいな。だが、一刀は一心様を超えると言った。故に、近い内に起こるであろう大きな戦にも参加するだろう。しかしその時、その覚悟がないまま参加すれば、 一刀は死ぬ。私はそんなことにはなって欲しくない。だから、出来るだけ早くその覚悟をつけさせたいのだ」


 権陽が顔を歪める。


 どうせお前のことだ。自分のせいで一刀を壊してしまうとでも思っているのだろう。あの子が壊れるかどうかは、あの子次第だというのにな。


「もうお前の中で、一刀を賊討伐に出すことは決定事項なんだろう? なら、どう配置するか考えよう」


「……いつも済まないな」


「はぁ……」


 おもわず溜息が漏れる。


 まったく……お前はいつもそうだな?


 何でもかんでも自分が悪いと思い込む。そのくせ、自分がこうだと決めたことならば意地でもやめない。


 まあ、だから私はお前から離れられないんだがな……。


 幼い頃、私達は結婚の意味も知らないまま婚約した。その後、互いに成長し、恋仲にはなったが、私は結婚を諦めていた。


 当時の私は、幼い頃の約束など、歳を取るにつれ忘れてしまうだろうと思っていた。


 だが、コイツは周りの反対すらも無視して、それを実現させた。何故と聞いたら、そう決めていたから、とあっけらかんと言ったな。


 まさか覚えているとは思ってなかったから、極秘裏だったとしても、涙が出る程幸せだった。


 そして二年前、囚人車に乗る私を助けるため、賊に見せかけ護衛隊を襲撃し、私を取り戻してみせた。


 自分の立場も弁えずこんな大それたことをして、バレたらどうするつもりだ、と私は怒ったが、それでも、そう決めたから、と言って笑うだけだった。


 正直、嬉しかった。


 なりふり構わず、私のためだけに行動してくれた。女として、これほど嬉しいことはない。


 故に、私は決めたのだ。


 権陽のためだけに生きると。


 そして私は真名以外全て捨て、権陽と暮らしている。


 今は幸せだ。


 それは自信を持って言える。


 でも、たまに見せる権陽の辛そうな顔には胸を締め付けられる思いだ。


 そして今も、権陽は目の前で辛そうな顔をしている。


 ……なぁ、権陽?


 私はお前を愛しているし、どんな時でも味方であるつもりだ。


 もちろん、一刀は大事だ。わずか三ヶ月だが、私は一刀を本当の息子のように思ってる。


 だけどな、一刀以上に、私は権陽、お前が大事なんだ。


 だからそんなに思い詰めないでおくれ。


 そう思いながら、私は権陽と共に軍の編成を考え始めた。





















 今、俺は猛烈に緊張している。


 一週間前、俺は恭祖様に呼ばれ、賊討伐に参加するよう指示された。


 賊討伐をすること自体に異論はない。


 賊達には気の毒だが、略奪行為をしてしまった段階で、討伐されるべきだと俺も思う。


 だが、問題は俺が初陣であるということだ。


 俺は人を斬ったことがない。俺のいた世界では、人を斬ることは犯罪だし、そもそも斬る必要がない程平和だった。


 でも、この世界は違う。


 この世界を知って、恭祖様や漢瑜様の手伝いをすると決めた段階で、いつか人を斬る日が来ることは分かっていた。


 でも、いざこの問題に直面して、こうも恐怖でいっぱいになるとは思ってなかったなぁ……。


「一刀、大丈夫か?」


 俺の隣で馬に乗る士陽が心配そうにしている。


「大丈夫だ……と言いたい所だけど、結構緊張してるよ」


 我がことながら情けない。


 そう思いながら、俺は苦笑した。


「まあ、お前は初陣なんだし、しょうがないさ。武人なら誰しも通る道だからな」


 士陽はそう言って、いつものように笑う。


「悪いな。まあ、とりあえず頑張るさ」


「ハハッ、その粋だ。いつも通りやれば大丈夫さ。お前の腕なら、賊程度に遅れを取ることなんてないからな」


 士陽はそう言って前を向いた。


 敵はわずか二千程度。対する俺達は六千の兵を連れている。


 確かにこの差を考えれば、なんら心配することなんてない。


 ただ……俺に人が斬れるだろうか……?


 足手まといにならなきゃ良いが……。






 それから一刻程経った時、漢瑜様から全軍停止の指示が出た。


 俺達は馬を降りると、事前に指示された配置につく。


「一刀、そろそろ来るぜ」


 隣にいる士陽が真剣な顔でそう言った。


 来るか……。


 俺の心臓は張り裂けそうなほど鳴っている。


 その時、遠くから賊のものと思わしき雄叫びが聞こえた。


 それと同時に、先遣隊がこちらに帰還する。


 どうやら、作戦の第一段階は成功のようだ。


 作戦の内容は至ってシンプルで、本隊はV字型の陣形を取り茂みに隠れ、先遣隊が賊達をV字の中心まで引き付け、賊達が釣られた所を一気に囲んで撃退する。所謂、鶴翼の陣に近い形である。


 シンプルだが、タイミングが重要な作戦だ。


 とりあえず、その第一段階は終了した。後は漢瑜様の合図を待つのみだ。


 ……来たっ!


 賊達は何も考えていないのか、先遣隊を追っている。


「全軍、突撃!」


 漢瑜様の合図が出た。


「良し、俺達も行くぞ!」


「「「おおっ!」」」


 周りの兵達が雄叫びを上げ、走り出す士陽に着いていく。


 俺は心にもやを残しながら、急いで士陽の後を追った。







「はぁ……はぁ……はぁ……」


 俺は今、一人の賊と対峙している。賊はどう見ても素人で、いつもなら一瞬で片が付くような相手だ。


 だが、俺はそんな素人に苦戦していた。


 周りは血の匂いと悲鳴で溢れている。


 これが……戦場。


 俺は完全にこの雰囲気に呑まれていた。極度の緊張で手足は震え、まともに刀も振るえない。


「おおおっ!」


 雄叫びを上げ賊が突っ込んで来る。頭が真っ白な俺は、ただ振るわれる剣を受け止めることしか出来ない。


 その時、突然賊の頭に矢が刺さった。


「ひっ!」


 俺はおもわずのけ反る。


「一刀! 大丈夫か!?」


 声がした方へ振り向くと、士陽が弓を構えていた。


 正直、士陽は凄い。


 近くの敵は覇黒で斬り裂き、遠くの敵は背負った弓で撃ち抜く。


 普段の士陽からは感じられない鋭さが、そこにあった。


 それに比べて俺は……情けない。


 悔しさを胸に秘め、とりあえず士陽に声をかける。


「すまん!大丈夫だ…っ!」


 俺は気付いた……士陽の後ろから迫る一人の賊を。


 士陽は……気付いてない?


 ヤバイ!


 アイツが殺られる!


 そんなこと……させてたまるか!


「おぉぉぉぉぉっ!」


 俺は蛇歩で賊に急接近、そして……


「ぐぁっ!」


 返り血が胴着に飛ぶ。


 斬った。


 とうとう斬ってしまった。


 人を、この手で……。


 俺は呆然と倒れた賊を見つめていた。



















 油断した。


 まさか後ろから来るとは……。


「一刀、助かっ……」


 一刀の表情を見て、俺は言葉を失った。呆然と倒れた賊を見るその目に写るもの……それは恐怖。


 そうだ、コイツは今日が初陣だ!


 そして、今、初めて人を斬ったんだ!


「……一刀、下がれ。戦いはもうじき終わる。ここは俺達だけで大丈夫だ」


「………済まない」


 ぽつりと呟き、足早に本陣に戻る一刀を見て、俺は自分に対して怒りが沸いた。


 当初、俺は徐々に戦場に慣れてもらおうと思っていた。急に慣れるなんて無理だろうし、俺もそこまで期待していない。


 それは、俺も初めての時はそうだったから。二年間、親父やお袋に着いていき、戦場を知り、そして人を斬る覚悟をつけた。


 一刀もそうすれば壊れずに済む、そう思っていた。


 だけど結果はどうだ?


 戦場で警戒を怠り、賊だからと慢心した。


 ……何をしているんだ、俺は!?


 これでは一刀が壊れてしまうかもしれないじゃないか!?


「畜生……畜生ぉぉぉ!」


 俺は怒りを賊にぶつけるように、覇黒を振り回した。






 それから半刻後、無事討伐は終わり、俺達は城へ帰還した。


 途中、一刀の様子を見るが、俯いていてよくわからなかった。


 城に着くと、一刀は親父に呼ばれ、連れていかれた。


 どうしよう……。


 もし、一刀が壊れてしまったら、俺は……。


 そんなことを思いながら、俺はお袋の部屋へ帰還報告に来た。


「お帰り。無事終わったようで……どうした?」


 俺が俯いていることに気が付いたのか、お袋は心配そうに声をかけた。


「俺………っ!」


 悔しさが頬を伝う。


「……何かあったんだな?私に言ってみろ」


 お袋の言葉に頷き、俺は今日あったことを話し始めた。





















 士陽の話を聞いて、だいたいのことはわかった。


 確かに戦場で油断したことは武人としてあってはならぬことであり、猛省すべきだろう。


 だが、それと一刀の問題は別物だ。それは一刀の問題であって、士陽が気にする事ではない。


 にも拘らず、自分が悪い思っている辺り、父親とそっくりだ。


「一刀に助けられて、けど、そんなことを今日させるつもりはなくて……」


 よほど悔しかったのだろうか。先程から泣きながら士陽は語っている。


 私はそんな士陽の頬に優しく触れる。


「今は権陽が一刀と話をしているのだろう? ならば大丈夫だ。お前の父を信じろ」


 まあ、一刀は権陽に任せるとして、問題は士陽だ。


 今、コイツは激しい自己嫌悪にさいなまれているだろう。


「それより士陽、お前は今日の自分をどう感じた?」


「……情けねぇ。俺は大馬鹿野郎だ。武人としても大馬鹿だし、一刀の友としても大馬鹿だ」


 士陽は拳を握りしめ、そう呟く。


 まあ、わかってはいるようだな。


「で、お前はこれからどうしたいのだ? ……わかっているのだろう?」


「俺は……天下に名を轟かす武人にならなくたっていい。だけど……友の足を引っ張るような情けねぇマネはもう二度としねぇ。だから、必ず強くなる。人が助けを求めてくれるような、そんな男になる」


 私から離れた士陽は真剣な顔でそう言った。


「お前ならなれるさ。お前は私と権陽の息子だぞ?やってやれないことなど、あるはずがない」


 息子の成長に喜びを感じながら、私は窓の外に目を向ける。


 後は一刀だけだ。


 権陽、頼んだぞ?






















 先程、一刀を私の部屋へ連れてきたが、一言も喋らない。


 よほど精神的に参っているのだろう。まさか最悪の状況になるとはな。これも私の見通しの甘さが招いた結果か……。


 だが、起こってしまったことは仕方がない。


 何とかしてみせよう。


「さて、一刀。お前は何故私に呼ばれたかわかるか?」


「俺が、いつまでも情けないから……」


 俯きながら一刀はそう呟いた。


 ふむ……これは重傷だな。


「一刀、少し昔話をしよう」


 一刀は意外そうな表情でこちらへ向き直る。


 まあ、それはそうか。


 この場面で昔話などと言われればそういう顔にもなるな。


「若い頃、お前と同じように、どうすれば人の死に慣れることが出来るのか、という疑問を私も持ったことがある」


「漢瑜様が…?」


 一刀は意外そうな顔をしている。


 さては、何か大きな誤解があるようだな。


「一刀、お前もしや、この世界の人間は、初めから人を殺すことに慣れていると勘違いしてないか?」


「違うのですか? 戦の絶えない時代ならば、ある程度慣れているものなのでは?」


 驚いた一刀の顔を見て、私は一刀が大きな勘違いをしていることを確信する。


「馬鹿なことを言うな。初めから慣れている訳がないだろう。皆、少しずつ戦場を経験し、少しずつ折り合いをつけながら戦っているのだ。お前の場合、それが急過ぎただけだ。……まあ、その点については、申し訳なかったと思っているが……」


「そんな!? 漢瑜様の所為では御座いません! 全ては未熟な俺が悪いのです!」


「ふむ……一刀、昔話の続きだが、私が戦場で人を斬ることに躊躇ためらいを持たなくなったのはな、一心様のおかげなのだ」


「じいちゃんが!?」


 だいぶ驚いてるようだ。いつもなら、我が師と呼んでいるのにな。まあ、それだけ余裕がないということか……。


「左様。若い頃の私は一心様に聞いたのだ。どうすれば、人を斬ることに慣れるのか……と」


 思い返せば、あの時は私も今の一刀の様だったな。一心様の言葉がなければ、私はどうなっていたのか……。


「それで……じいちゃんは何て?」


 一刀は答えを急かすように身を乗り出した。


「一心様は苦笑しながら言っていたよ。『斬ることに慣れたと感じたことは一度もない』とね」


「えっ?」


 一刀が間抜けた表情をする。


 まあ、そういう反応をするだろうと思っていたよ。私も同じ反応をしたからな。


「一刀、まず覚えておいて欲しいのは、あの一心様でさえ、人を斬ることに慣れたことはないのだよ。では、一心様は何故あれ程の武勇を戦場で誇ったのか? その答えが、今の武人としての私の原点であり、全てでもある。」


 そう、あの時の一心様の言葉が、今の私を創ったのだ。


「………」


 一刀は黙って私の話を聞いている。先程の沈みきった表情ではない。


 どうやら、一刀の中で答えがまとまりつつあるようだ。ならば、後一押しか?


「一刀、例えどんなに正義だなんだと言い繕っても、人を斬ることに正当性などない。それが賊であったとしてもだ。何故だか分かるか?」


 一刀は考えるそぶりを見せるが、しばらくして首を横に振る。


「答えは簡単だ。それは自己満足でしかないからなのだ。正義や理想のためと言う者は、己の正義や理想を守るために人を斬る。困っている人を守るためと言う者は、困っている人を見たくないから人を斬る。結局は全て自分のため。故に、そこに正当性などありはしない。いや、むしろあってはならぬ。どんな理由にせよ、己の意思で斬ったのだからな。ここまでは良いか?」


 一刀は静かに頷く。


 その目には力が戻っているし、もう大丈夫だろうが、私はどうしても一心様の言葉を一刀に聞かせてやりたい。


「だからこそ、一度人を斬ったならば、二度と躊躇ってはならぬのだ。躊躇うということは、今まで己の自己満足のために斬った相手を冒涜しているのと同義だ。一心様が強い理由は、もちろん高度な技術があったこともあるが、それを知っていたからだ。一心様は斬ることに慣れていたのではなく、斬った相手に恥じぬよう、躊躇いを捨てていた。だからあれ程の武勇を誇ったのだ。」


 当時一心様が私にこの話をされた時、私は一心様が強い理由を驚くほど素直に理解出来た。


 そして、それが私にとって大きな転機だった。


「でも……俺には一つだけ分からないことがあります」


「ほう……何だ?」


「自分が斬った相手に対する罪悪感が、どうしても拭えないのです。その人が生きた人生を俺の手で奪ってしまった。それが堪らなく申し訳なくて、どうすれば償えるのか……分からないのです」


 一刀は悔しそうに手を握りしめている。


 なるほど、一刀の考えはだいたい分かった。


 まあ、気持ちはわからんでもないが、その答えは一つしかない。


「一刀、それは無理だ」


「えっ……?」


「確かに、お前の気持ちは分かる。優しいお前のことだ、それが堪らなく辛いのだろう? だがな、斬った者が斬られた者に対して何かを償うなど、できはしないのだよ。先程も言っただろう? どんな理由があろうとも、己の意思で斬ったのだ。だからこそ、己が斬った者に恥じぬように生きねばならぬ。斬られた者が黄泉で、あんな奴に斬られたのか、と思うような無様を晒してはならぬのだ。それが、人を斬った者に出来る唯一のことだ」


「己が斬った者に、恥じぬ生き方……」


「そうだ。そして、お前が感じた罪悪感、それは一生拭われることはない。だが、それは武人の運命さだめだ。むしろ、武人はそれを背負って生きていかねばならない。だから武人と呼ばれる者は皆気高く見えるのだ。良いか、一刀。真の武人とは、ただ腕が達者なだけではない。高い志と、斬った相手に恥じぬ気高き生き様が、周りの者に真の武人と呼ばせるのだ」


 これこそ、私が一心様に教わったこと。


 今の私の出発点。


「一刀、今日、お前は人を何故斬った?」


「それは……士陽が殺られそうになって、俺はそれが嫌で必死になって……」


「なるほど。ならば、お前はそれを後悔しているか?」


「それはありません。あそこで俺が斬らなければ、士陽を失うところでした」


 力強く一刀はそう言った。


 うむ、ちゃんと分かっているようだな。


「今日のお前はそのように明確な目的を持って人を斬った。それで良いのだ。これは一心様も言っていたことだが、人を斬る時は、明確な意思を持って斬れ。意思なき剣は、ただの暴力だ。このことを、生涯忘れないで欲しい」


 私は一刀の目を見てそう言う。


 一刀の様子を見るに、私が言いたいことは伝わったようだ。


「漢瑜様……ありがとうございます。貴方から教わったことを忘れず、これからもたゆまぬ努力をしていきます」


 その眼に覇気をたぎらせ、覚悟を決めた一刀のその顔は、まさしく私が知る北郷 一心そのものだった。


 もう大丈夫だな。


 あぁ、その前に一つだけ言い忘れたことがあった。


「一刀、最後に一つだけ言わせてくれ。私の大事な息子を、士陽を救ってくれて、本当にありがとう」


 そう言って私は一刀に頭を下げた。
























 漢瑜様の部屋を出た後、俺は城壁の上から城下の町を眺めていた。


 月明かりに照らされた夜の町はとても美しく、俺はここから見える景色が大好きだ。


「ふう……」


 溜息が漏れる。


 俺は漢瑜様に言われたことを思い返す。


 己が斬った相手に恥じぬ生き様。


 言葉で言うだけなら簡単だが、実践するとなれば、相当難しい。


 だけど、これで一つハッキリしたことがある。


 何故、じいちゃんや漢瑜様があれほど気高く見えるのか。二人とも、人を斬ることに慣れた訳じゃなく、斬った相手に恥じぬように生きているから気高く見えるんだ。


 俺は……あの二人のようになれるだろうか?


 いや、なれるかではなく、なるんだ。


 俺の目標は、じいちゃんを超え、じいちゃんが誇れる侍になること。その道を歩む過程で、沢山の人を斬るだろう。


 確かに、今でも人は斬りたくない。


 だが、俺はもう斬ってしまった。


 後戻りは出来ないし、するつもりもない。


 これから、いよいよ本格的に三国時代が始まる。


 沢山の英雄達が現れるこの時代で、未熟な俺がどこまで通用するのかは分からない。


 けど、俺は負ける気も、死ぬ気もない。


 誰よりも強く、誰よりも気高く。


 そうでなければ、じいちゃんを超えるなど不可能だ。


 もういい加減、甘い自分から生まれ変ろう。


 今日から、本当の意味で俺の人生は始まる。


 北郷御影流剣術継承者、北郷 一刀の第一歩目。


 俺は腰に下げた千代桜を抜き、煌々と光る満月にその刃を向ける。


「じいちゃん、そして先祖の方々、俺はここに誓います。貴方達が誇れる侍に、必ずなってみせると。だから、それまで見守っていてください」


 俺は月光に照らされキラキラ光る刀身を見ながら、誰もいない城壁の上で覚悟を決めたのだった。









今回は難産でした。


命の重さ云々の話はやっぱ難しいですね(ーωー;)


そして、盧植先生はこういう設定にさせてもらいました。


これはご都合主義になってしまうんでしょうか?


まあ、そうだと言われても今更直せませんがねwwwww


では、次回をお楽しみに!

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