第6話「未来の展望」
「カフェを始めてから、あ、自分の夢を語ることの気恥ずかしさに気づきました……」
「昔は、饒舌に夢を語ることができたんですね」
「結構、大口叩いてました」
過去の自分を恥じるように語る店員さんだけど、私からすれば何も恥じることはないのにと思ってしまう。
でも、彼は彼なりに思うことがあると思って、私は口を慎んだ。
「……今、あちこちで、こども食堂の話を聞くと思うんです」
店員さんとの会話時間が長くなれば長くなるほど、店員さんの声が聞きとりやすい綺麗な声をしているってことがよく伝わってくる。
「だからこそ、善意を強制させないようにとか……始める前だからこそ、経験できることとか考えられること……いっぱい積んでいけたらなと」
接客として最低限の言葉しか喋っていなかったときと比べると、この店員さんの声をもっともっと聴きたいという気持ちが駆り立てられる。
「子どもたちが喜ばないことはしたくないなって」
店員と客の会話の一環でしかないのに、説得力ある話し方ができる彼は何者なのか。
尋ねたところで、彼はカフェの店員ですと当たり前のことを返してくれるのだとは思うけれど。
「学生時代にやってた委員会で、募金活動をやることになって……」
二十代前半に見える店員さんにとって、きっと学生時代は昔と言えるほど遠いものではない。
だからこそ、最近、経験したことという雰囲気が伝わってくる喋り方に感動さえしてしまう。
「その委員を担当している先生、昨年の募金額を上回るために必死な人だったんです」
「ああ……見栄を張りたかったんですね」
私は募金を集める側ではなく、募金をする側しか経験したことがない。
けど、店員さんの話を聞くだけで、学生時代の店員さんが抱いた気持ちや感情が伝わってくるから心が痛い。
「募金は強制されるものではないって生徒でも分かってるのに、募金額が少ないクラスを担当している生徒を叱咤したんですよ」
「うーわー……教職が一番、やっちゃいけないことですよね」
「強制じゃない。これは気持ちの問題だ。募金額の少ないクラスは、気持ちが足りていないって」
ほぼ強制的に行われた募金活動のおかげで、委員会の先生は去年を上回ったと一人で大喜びしていたという話らしい。
先生に叱咤されたのが店員さんだったかまでは分からないけど、その叱咤された場面に居合わせたんだろうなってことが分かるくらい臨場感ある話し方が印象的だった。
「そんなの分からないじゃないですか。生活が苦しくて募金できない人とか、募金に賛同できない人とか、いろんな事情があるのに、俺たちは募金を強制させられたんです」
他人に協力できるほどの稼ぎがあるわけではないっていうのが、私が迎えている現実。
ボランティアは余裕がある人しかできないって、どこかの誰かが言っていたことを思い出す。
「だから、強制させられる苦しさとか辛さとか……少しは理解しているつもりなので……今はカフェ店員として、経験を積んでいく……予定です」
流暢に話を進めてきたかと思えば、いざ自分の夢を語るところには照れがあるらしい。
「素晴らしい夢だと思います」
言葉を詰まらせながらも、先で待っている未来への展望を語ることができる。
どんなに自信がなくても、未来に夢見ることができる限り、店員さんの可能性は無限に広がっていくんじゃないかって期待が止まない。
「さっきから素敵とか素晴らしいとか、そういう語彙力ない感じで申し訳ないですけど、店員さんのこと、すっごく応援したくなりました
さすがにレジ付近に鏡があるわけがなく、自分がどんな表情をしているかまで気を回すことができない。
でも、自分の表情が、言葉が、店員さんの明日に繋がってくれるようにと気持ちを込めて言葉を贈る。
「StadioVoce所属の木名瀬初花と申します」
養成所のレッスン初日で、このクラスは自分の名前を綺麗に発せる人がいないと講師の方に幻滅された。
今までの人生で、どうして自分の名前を大切に扱ってこなかったのかと問われた日のことを思い出す。
「これから、毎週金曜日の読み聞かせを担当いたします」
名前は、自分の看板。
どんな環境で生きていたとしても、名前は自分を売ることに繋がる。
「木名瀬初花を、どうぞよろしくお願いいたします」
はっきりとした声を店内に響かせるだけで、自分に対しても自信が生まれてくるから不思議に思う。
声を出すことで、自分の世界が少しだけ変わるんじゃないかって予感が生まれる瞬間が私は好きだ。
「え……あ……」
「店員さん?」
こちらとしては自己紹介をしただけに過ぎないのに、店員さんは内容を理解するのに苦しんでいるように見えた。
「どんなカフェから依頼が来たとか……その、査定があるんですか」
「……ないです! そんなものないです!」
このあと店長の依田風さんが、カフェの片隅にある小さなテーブルにほうじ茶ラテをご馳走してくれた。
「迷子になっていたところを、たまたまって感じで……」
カップを持ち上げると、心地よい温かさが手のひらに伝わってくる。
そして、ほうじ茶の香りが鼻腔をくすぐってくるのも更に心地よさを運んでくれる。
「和カフェって、やっぱ流行らないんですかね」
「そんなことない……と……思います」
ほうじ茶の深い味わいと、ミルクのまろやかさがちょうどいい具合に調和しているのを感じる。
口の中に広がるほのかな甘みに心がほっとするはずなのに、依田さんの表情は険しい。
「言葉色カフェの名物になるくらいの読み聞かせ、私にお手伝いをさせてください」
私が、私なりに未来の展望を浮かべる。
すると、私と同時に、ほうじ茶のラテを口に含んだ依田さん。
優しい微笑みを返してくれて、これからの仕事が上手くいきそうな予感に顔が自然と綻んだ。




