第5話「まったく未来が見えてこないのに」
「上京したばかりのときは、事あるごとに帰ってたんですけどね」
これといった便りがないことから、両親が元気にしているってことは分かってる。
でも、この分かってるって感覚が、実家との距離をどんどん遠ざけてしまった。
「優先すべきことができたってことだと思います」
言葉の並びだけを見ると、突き放されたような冷たさを感じてしまうかもしれない。
「もちろん両親を蔑ろにしているとか、そういうことではなく」
「……そうですね」
店員さんの声は綺麗ってだけでなく、相手の心を救い上げるような優しさがあると思った。
その優しさを普段から発揮できる彼が羨ましくもあるけど、他人は他人になれないのだから欲したところで無意味なのかもしれない。
「両親に顔向けできないっていう、立派な優先事項ができちゃいました」
でも、その無意味で空虚な気持ちは、役者にとっての糧になる。
「あ、悪いことをしてるとかじゃないですよ? なんていうか、毎日がやってくることに慣れすぎて、十年前の……きらきらとした感情はどこにやっちゃったのかなっていう」
重たい話をしているなって自覚はあっても、表情は明るいものであると信じたい。
「きらきらしてない自分を見せたくなくて、東京に引きこもるようになっちゃいました」
作り笑顔は、いらない。
わざわざ笑顔を作らなければいけない時期は、とっくの昔に通り過ぎた。
自分の人生に期待していない私は開き直って、自然に口角を上げられたんじゃないかと自己満足。
「俺も……ですね」
まるで、自分を卑下するような笑みだなと思った。
でも、彼が、この場で笑みというものを選択したのなら、私は客として平生を装いたい。
客に心配をかけるような接客は望んでいないっていう彼の覚悟が伝わってくる。
「学生のときに目指してた職業と、今の職業……まったくの別物で」
「両親だからこそ、いい顔、向けたくなっちゃうんですよね」
「……ですね」
両親に対して、見栄を張る必要はない。
誰もが、そんな優しい言葉を投げかけてくれると思う。
でも、実際の子どもたちは、その優しい言葉に素直に乗っかることができない。
「幸せだよ、元気にやってるよって伝えられるまで……まだまだ、帰れなそうですね」
「同じくって感じです」
ここで、お互いに実家に帰りますって流れにはならず。
それが現実らしくもあって、意地を張った子どもたちの末路なのかなって気もした。
「実家に帰れないので、またお世話になると思います」
「ご贔屓に」
「お会計をお願いできますか」
「こちらにどうぞ」
店員さんの柔らかな笑みは消えてしまったけれど、お店を包み込む懐かしさや優しさが消えることはなかった。
(この味が楽しめるなら、これからもこのカフェに来たいなー……)
頑張って働きたいけど、オーディションに受からない人間には仕事がこないのが声優業界。
稼ぎを増やすならアルバイトを始めるのが一番だけど、贅沢をしなければ食べていける仕事量に満足してしまった私は数年前からアルバイトも辞めた。
「……この黒板のマグネット、可愛いですね」
お会計を終えると、レジ近くの壁に掛けられた小さな黒板を見つける。
花の形や星の形をした色とりどりのマグネットが貼られているところに可愛さを感じるけれど、和カフェの雰囲気とは少しかけ離れているところが気になった。
「子どもたちが、図工? だったかの時間に作ったものみたいで」
「素敵なプレゼントですね」
彩り豊かなランドセルを背負った女の子たちのことを思い出して、小学生がカフェを利用していることの意味を考え直した。
大人の雰囲気に憧れた女の子たちがカフェを利用しているとも考えられるけど、彼女たちは目の前のお兄さんにお世話になっているのかもしれない。
「和カフェだって、言ってんですけど」
店員さんは照れくさそうに、左手で自身の顔を覆った。
その様子を見て、二人の女の子たちがお世話になるどころじゃない感謝の気持ちをお兄さんに持っているということが一目瞭然だった。
「……こども食堂的な役割を担っているんですか」
「あ、いえ、やってみたいなって憧れはあるんですけど、今はカフェの経営がメインです。軌道に乗せるまでが大変なので、こども食堂まで手が回らないというか……」
店員さんは黒板に目を向けるために、顔を覆っていた手を下ろした。
「現に、今はお客様だけですから」
カフェの照明は温かみの光を放っているのに、その光も照らす相手がいないと寂しそうに見えてしまう。
「夕方に会った子どもたちは、ご両親から先払いでお金をいただいていて……そんな、ご贔屓さんのおかげで成り立ってる店なんです」
閑静な住宅地にあるカフェということもあって、外から車の音が聞こえてくることもない。
私たちの声しか響かない店内で、店員さんは淡々と語っていく。
「こども食堂を始めるまで、続けられるといいんですけどね」
こども食堂が話題になっているのは知っているけど、いざ子どもたちのために何かできるかといったら、私は完全に傍観者側の人間だった。
どこかの誰かが、子どもたちのために何かをやってくれるんじゃないかって期待ばかりしていた。
「店員さんの夢、素敵ですね」
「いや、まだ本当……そんなまったくで……」
寡黙な雰囲気をまとっている店員さんからは想像もつかないくらい、彼は顔を赤らめた。
私も声優になるっていう夢を友達から応援されたときは、嬉しいというよりは恥ずかしいという感情が先走ったことを思い出す。
「絶対に叶えることができるって保証がないと、自分の夢を語るのも照れちゃいますよね」
声優で食べていけるかどうかなんて分からない。
まったく未来が見えてこないのに、応援の声を向けられるってことが異常に恥ずかしいときがあった。
店員さんの何を知っているわけでもないけれど、自分の経験を重なる気持ちがあったからこそ親近感が生まれた。




