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大人の階段を登った少女|晴れの国の清音姉妹

陸上部での練習中。

僕は思わず大人の階段を登ってしまった。

放課後のグラウンド。

9月も半分が終わりそうなのに、気温はまだまだ下がりそうにない。

もーかんべんしてよ。

にこやかな太陽がうらめしい。


陸上部の僕は走り出す前なのに、もう汗だくだよ。

拭ってスタートラインに立つ。

隣には先輩。

中距離800メートル走の練習だ。

友達が手を高く上げて振り下ろす。


それを合図に僕と先輩が同時に駆け出した。

勢いよく飛び出し、ぐんぐんと遠くなる背中。

毎日追いつきたい、追い越したいと縋るのに全然足が届かない。

僕は先輩にトラック半周近く遅れてなんとかゴール。


「清音は最近タイム良くなったね」


西野先輩が威風堂々の振る舞いで立っている。

さすが岡山県ベスト8。


「ほら、水分補給しな」


差し出されたのはオレンジ色の水筒。

待っている間に木陰に置いていた僕のやつを取ってきてくれたみたい。

呼吸を整えながらお礼を言って受け取る。


この水筒は僕の自慢なんだ。

部活を始める時に真昼お姉ちゃんとふたりで買いに行って、お揃いにしたの。

お姉ちゃんはいつも会社にコーヒーを入れていってて、僕は麦茶。

それなりに使い込んできたんだけど、ついつい嬉しくなっちゃう。


ルンルンで蓋を開けて乾いた喉にたくさんのお茶を流し込んだ。

氷で冷えた液体が一気に体に入る。

びっくりして少し喉がきゅっとなっちゃった。

でもこの鼻を抜ける香ばしさが……いつもとぜんぜん違う。

麦の爽やかな匂いじゃなくて、なんていうか、火事の跡、炭。


……苦い。

猛烈に、苦い。


「げほっ!」


むせ返っていると、隣の先輩が首をかしげる。


「どうしたの?」

「な、なんでもないです!」


まさかと水筒の中を除くと、氷が浮かんだ真っ黒な液体。

アイスコーヒーだこれ。

僕のじゃない、真昼お姉ちゃんのだ。


——間違えた。


朝急いでたからよく見ず取ってきてた。

たくさん飲んじゃったコーヒーで胃が熱くなるのに、頭は妙に冴えてくる。

これがカフェインってやつ?

体に悪いからってエナドリとか禁止されているから、こんなにカフェイン取ったの初めてかも。


「清音2本目いくよー」


やばい、先輩が手を振ってよんでる。

まずい、いかないと。

口をゆすぎたいのを我慢して急いで並ぶ。


そして始まる2本めのラン。

足が、やけに軽い。

それに心臓の鼓動が早い。

先輩の背中が近い――。


「花夜、いまのすごい集中力だね!」


結局だいぶ差はつけられたけど、自己ベストを出すことが出来た。

限界以上の走りで返事さえできない僕。

先輩が嬉しそうに跳ねていて可愛い。

僕は息を切らしながら、もう一度渡された水筒をみた。


「先輩」

「どうした清音?」


先輩になんて言ったらいいんだろう。

別にズルをしたとかじゃないし?

んーとなんて言えば。

そうだとポンっと手を打った。


「じつは僕、大人の階段登ってしまって」


西野先輩だけでなく僕の周りのみんなが固まった。

……どしました?


「彼氏いたっけ!?相手は!!大丈夫!?」


先輩があわあわと僕の肩を掴んできた。

え?なになに?


「あいては……お姉ちゃん?」


周りがこんどはざわめき始めた。


「姉妹で、だと……」





私がデスクで事務仕事をしているとスマホが鳴った。


「花夜の学校から?」


どうしたんだろ、何かあったの?

不安になり私は席を外して受電した。


「お待たせしました。花夜の保護者の清音真昼ですが」


電話口の先生から気まずさが電波を通して伝わってくる。


「ええ。はい。私と階段を?そんなことを。はい」


絶対赤くなってる私の顔。

穴があったら入りたい、そして土をかけてほしい。


「何も知らなかったのだと思います……」


土をかけた上からコンクリートで基礎工事し、その上に超高層ビルを建てて。

永久に封印してほしい。



挿絵(By みてみん)

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