第95話-1 決着
第95話-1
「あははははは! あははははは!」
その笑う姿からは、普段、キッチンで家事をこなしている、
あのほんわかとしたデルの雰囲気は、まったく感じられない。
(──これが……デルが力を解放した姿……)
目前にしているのにいまだ信じられないでいる翔太。
だが、そのデルが闘っているのはペルセウスだけではなくなった。
ギリシャ神話の大英雄・ペルセウス。
さらには、ギリシャ神話でも恐れられている復讐の女神・エリーニュス。
ペルセウスはバーサク化。
エリーニュスによる冥界の力を得て、不死の属性まで得ている。
そのペルセウスのハルパーの素早い攻撃。
すぐに、逃げ道を塞ぐように、エリーニュスの大鎌。
ところが、デルはこのすべてをかわす。
空中で、二度、身をひねる。
わずかな隙間を、わずかな時間で見つけ出し、見事にすり抜ける。
そして、着地。
同時に、突進。
怯む気配はない。
「あはははは! あはははは!」
笑ってはいるが、目だけは、獲物を逃がさぬ時のそれだった。
とはいえ、相手は二体。
ここに、メドゥーサが追いついてきたら、三対一という絶望的な状態に陥る。
美優は、親指の爪を噛みながら言う。
「何か、こちらから援護できないかしら。このままじゃ、ジリ貧だわ」
その声には悔しさがにじみ出ている。
「デルのあの強さを信じないわけじゃないけど……敵が敵よ」
「気持ちは痛いほど分かる。でも、俺ですら、ほとんど目で追えない。
援護しようにも、足手まといになる」
「例えば、遠くに大きめの石を投げて、敵の集中力を散らしたりできないかしら」
「投げた場所に集中を逸らす……それなら可能かもしれないが……、
もうこの辺りの地面はガラス化している。
しかも熱い。握るとやけどにつながる恐れもある」
「やけどぐらい、私は、いいけど……」
と、美優は眉間にしわを寄せた。
「そうだ! 蒼さんは呼べない? そのためにいるんでしょ、あの人。蒼さんならきっと……」
「来れるならもうきっと来ている。何かわけがあるんだ。だから、今、俺ができるとしたら……」
翔太は覚悟を決めたように言う。
「"マギカ2nd”……」
美優は驚いた。
「もう、アレを会得したの!?」
「いいや。まだ、だ」
翔太は目を伏せる。
「だが、一つ確かなことがある」
だが、その身を震えている。
「俺の体は、“不死”だ。不死身──すなわち、死なない。死ねない」
「翔太くん……」
美優は、目を見開いた。
「あなた、まさか……」
「俺の体が、盾ぐらいには、ならないだろうか。かわせなくてもいい。見たところ、デルの戦況は、少しでも崩れると、それが致命的なことになりかねない。それを俺の体で防げるなら……」
「ちょっと待って! 翔太くん。あなた、自分が何を言っているか、分かってる」
「ああ、分かってる。それに、不死身と言っても、しっかりと痛みも感じる。俺だって、痛いのは嫌だ……。だけど、あの元崎先輩との喧嘩の時、気づいたことがある。死から蘇った後、俺の肉体はパワーアップした」
確かにそうだ。
あの時、元崎は言った。
──「まさか」と。
それは、翔太が“マギカ2nd”に入ったのではないかと思えたほどの力の上昇だったのだ。
「もし、ボロボロにされたとして、それが“マギカ2nd”に突入するきっかけになるかもしれない。
それぐらいの荒療治が俺には必要かもしれないんだ」
だが美優は、それとは違う別の不安を抱えていた。
栗落花淳事件。
バフォメットの術によって、大岩に押しつぶされた時、
次に現れた翔太の姿は、額に三つ目の目が開いた姿──
666の獣が覚醒しかけた、あの危機的状況だ。
「それだけはダメ! 翔太くん」
美優は止める。
「危険すぎる……。もっと別の方法があるはずよ。私がその手を探してみる。
だから、自身の身を危険にさらすのだけは、やめて。
私に任せて……!」
「でも、それしか……」
「私が探してみせる!」
珍しい、美優の感情的な声。
その圧に押され、翔太はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
──と、その時である。
あの、聞き覚えのある声、口調が、背後からしたのは。
「──あら。やっぱり、勇敢なの、ね」
翔太と美優は、同時にその場から飛び退いた。
──そんな……早すぎる。
だがその声の主は、ただ静かにそこに立っているだけだった。
そして、ガラス化した広場で、デルピュネーとペルセウスらの闘いを、
音と熱気の動きだけで読んでいる。
「あなた……」
美優は、やっとのことで声を出す。
「ここで、トドメを差すつもり?」
美優の切羽詰まった声を聞いて、メドゥーサは一瞬、驚いた顔をする。
だが、そのまま、クククク、と噛み殺すような笑い声をあげた。
「いいわ。面白い。すごく面白い、わ。あなた」
美優は、ポケットで鏡の角を確認する。
また同じ手が通用するか分からないが、何もしないよりはマシだ。
だが、不思議なことに、今のメドゥーサからは、殺気というものが感じられなかった。
それに、よく見ると、例の天使像も、ゴスロリ少女も従えていない。
──何のつもり……!?
そう思った美優に、メドゥーサは見向きもせずに言った。
「最初はね、坊やを連れてこいって命令、だったの。だ、けど……あなたも、面白い。あなた、ちょっと、他の人間と、違う、わね? 私、とても、興味が、湧いた、の」
「興味……?」
美優の言葉は無視される。
「あなた、たちのボディーガードも手一杯みたい、ね。まさか、ペルセウスを、ここまで追い詰める、なんてのは予想外だったかも、しれない。でも、今なら。今なら、できそうよ。あなたたち、二人とも連れていく、こと」
メドゥーサからは、まるで闘う意思が感じられない。
ただ、翔太と美優。二人をさらっていく。
その静かな決意が、翔太の背筋をゾッとさせた。
その翔太を横目で見る。
美優の表情に、怒りが宿る。
──そんなこと、させない!
再び美優が戦闘態勢に入った、その時である。
遠くから近づいてくる、デルの声。
「翔太さまに近づくなあああああああああああああああああああ!」
速い!
しかもペルセウスとエリーニュス、両方の攻撃をかわしてからの猛ダッシュ。
デルは一瞬で、翔太と美優の前で壁となった。
その背中からは、メドゥーサを仕留めようとする殺気が目に見えそうなほどに立ち上っている。
だが、メドゥーサは、大人しく、後ろへ退いた。
「…………っ!?」
デルピュネーは目を見開く。
デルピュネーにしても意外だったのだ。
相手が、完全に戦闘態勢を取っていないのが。
「何を企んでいる……! メドゥーサ!」
「あら、はしたない、わね。デルピュネー。あなたのいつもの丁寧語は、どこへ行ったのかし、ら」
メドゥーサの嘲りに、デルピュネーは槍を一撃必殺の形に構えた。
「死にたいようですね、メドゥーサ……」
「あら。怖い、怖い」
メドゥーサは、さらに一歩、退く。
その姿は、ただの可憐な美少女に見えた。
「そんなに、イキらなくても、いいわ。まさか、あの二柱との戦闘中に、この二人まで助けに来られるほど余裕があるなんて、私も、思わなかった、の」
「何をぉおおおおおおおお!?」
「だから、今日のところは引く、わ」
「ここまで、わたくしを、怒らせておいて、か!!!」
「あら……」
さらにメドゥーサは退く。
「聞こえな、かったの、かしら。見逃して、あげるっ、て言っ、てるの」
「今、なんて言いました?」
デルピュネーの怒りが頂点に達する。
「見逃す? 引く? ここで、あなたたちを、わたくしたちが逃すわけないでしょう! シャパリュさま! いるのでしょう。そろそろ出てきてください! ここでヤツらを逃がすわけには行きません」
この言葉に、翔太も美優も心底、驚く。
「え?」
「シャパリュ?」
この言葉に反応し、シャパリュが空中からふわっと姿を表した。
そして、にゃははは、と笑う。
「いやあ、デル。ネタばらしは良くないよ。せっかく、ここでひっそりと、メドゥーサを撃退するチャンスを狙っていたのに」
「シャパリュさま!」
「ああ。ごめん、ごめん。確かに、翔太や美優を危険にさらしてはいたよね。でも、おかげで、あの大英雄と復讐の女神退治に、集中できてたでしょ」
この状況に、驚いているのは翔太と美優だけではなかった。
メドゥーサもだ。
さらには。
──ザッシュ!
この場に駆けつけようとしていたペルセウスとエリーニュスの動きも途中で止まった。
ペルセウスのハルパーを持つ腕が下がる。
エリーニュスの鎌が、明滅する。
知っているのだ。
彼らは。
英雄殺し・シャパリュのことを。
これが、戦況をひっくり返すほどの戦力を持つ者だということを。
「メドゥーサは、わたくしの方で片がつきます。シャパリュさまなら、大英雄・ペルセウスもエリーニュスも楽に倒せると──」
「う~ん、別にやってもいいけどねえ」
シャパリュは考え込む素振りを見せた。
「僕がこの場にいるってことで、引こうとしていたメドゥーサが、また警戒モードに入っちゃったみたいだ。メドゥーサの邪眼は、デルでも手こずると思うし、エリーニュスも物理無効の呪いを持ってる。それより、君の肉体だよ、デル。ギリシャのレジェンドクラスとの闘いで、魔力の消耗が激しい。ここは、引いてもらって、後で対処するんでもいいんじゃないかな」
「しかし、で、ございます!」
「手負いの相手を追い詰めると、何が起こるか分からない。なあ、メドゥーサ。そして、そこの大英雄。逃がしてあげるから、ここは大人しく、手を引いてはくれないかな」
そう言ったシャパリュの目がギラリと光った。
メドゥーサは、ギリギリと歯ぎしりをしている。悔しいのだ、怖いのだ。
確かに、ペルセウス、エリーニュスは、シャパリュ相手には、分が悪い。
さらに、デルピュネーのこの力。
(このドラゴン女……まだ、真の力を、さらに奥に隠して、いる……)
しかしシャパリュは、その余裕からか、完全に油断している。
幸いにもシャパリュは、バラした。デルピュネーの魔力が尽きかけていることを。
ならば、邪眼と毒蛇。
シャパリュを石化してしまえば、これは大手柄となる。
デルピュネーが、その真の力を発揮できない今ならば、
この危機が一気に、勝機へと、変わる。
誰もが身動きが取れなくなった、この時間。
ただただ熱気だけが、ガラス化した土から立ち上ってくる。
このタイミング。
まさに、間が悪い、
運が悪い、としか言えない出来事が起こった。
不意に、ガサガサっと、ガラスの広場の向こう側の茂みがざわついたのだ。
そこに現れたのは──
「嬢ちゃん! 無事かっ!?」
大熊英司だった。
美優のスマホの位置情報を見て駆けつけた。
だが、よりにもよって、この時に……!
「大熊のおじさん!」
美優は絶叫した。
「目を閉じて! 見ちゃだめええええええええええええええ!!!」
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