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03 魔法習得。




「何を赤くしている?」


 私をまた覗き込む魔王レイヴォン。

 私は両手で顔を覆った。


「な、なんでも、ないです」

「そうは思わないが」

「自覚したら照れただけです」


 私の手を引き剥がすものだから、自棄になって打ち明ける。魔族に力では敵わない。他に敵うものは何かと問われれば、わからないけれども。


「ほーう。それは照れた顔なのか。悪くない」


 機嫌が良くなったのか、魔王レイヴォンはまた唇の端を上げて微笑む。

 ぐはっ! その顔はよくない!

 私の顔は余計熱くなり、悶えてしまった。美しすぎるってこんなにもずるいのか。


「それも照れている行動なのか?」

「暫く放っておいてください」

「散々待たせておいて、また待たせるのか」

「え?」


 何を待っているのだ。私は固まって、頬杖をつく魔王レイヴォンを見上げた。


「おまえはもう俺様のものだ。コー」


 だ、だから、何をしろと?


「話を聞かせろ。コー」

「私の話ですか……」


 身構えて損した。

 私は起き上がって、改めて自己紹介することにする。


「私は幸です。幸せになるように、と込められた名前です」

「幸せ、か」

「はい。私の年齢は二十五歳。夏生まれの獅子座。長女で、弟が二人、妹が一人います。血液型はO型です。えーと、読書が好きです。絵も好きです。魔法使ってみたいですっ。使えますかっ?」


 私の髪を弄ぶ魔王レイヴォンに、思いついたので身を乗り出して尋ねてみた。


「……魔法が好きか。それなら教えてやろう」


 のそっと魔王レイヴォンが起き上がる。


「少しは回復しているだろう。基礎的な魔法は本から学ぶ。さっきルシファンが使っていた魔法は、重力を操る魔法だ」

 さっきのプラチナブロン毛の名前は、ルシファンか。どうでもいいけれども。

 魔王レイヴォンは、長い人差し指で宙を切った。そこは裂けて、穴が出来上がる。どす黒い穴だ。その穴に躊躇を見せることなく、魔王レイヴォンは腕を入れた。取り出したのは、一冊の本。

 それを持たされた。一般的なラノベの厚さ。けれども表紙は、紙とは違う感触。これは、皮だろうか。何の皮かは、聞かないでおこう。

 空中の穴は塞がった。ちょっとそれあとで教えてもらおう。


「読め。それで習得する」

「はい……」


 読めと言われて読めるのだろうか。

 あ、読める。

 もう私には言語が通じる魔法が、かかっているのだろうか。そうだろうな。そうでもなきゃ魔族と話せないだろう。この世界の住人、とか。

 私は重力魔法の説明を読む。それから、習得するための呪文を読み上げた。三ページもあったのだ。長かった。

 読み終えたけれど、力を得た感覚はない。何の異変もなかった。


「これで、いいの?」

「ああ」

「これで使えるの?」

「試しに自分を浮かせてみろ。念じれば出来る」

「念じる……うん、やってみる」


 コクン、と頷いて私は念じてみる。

 身体よ浮け。浮き上がれ。

 すると、フッと身体が持ち上がった。

 さっきのように、宙に浮いている。


「おお……!」


 感動で声を漏らす。けれどもすぐに事切れたかのように、私の身体は魔王レイヴォンの上に落ちた。ドサッと魔王レイヴォンを押し倒すような形になる。起き上がる力が出ない。どうやら魔力が使い切ってしまったようだ。


「えへへ……魔力使い切ったみたい」

「だろうな。今日はこれくらいにして……寝る」


 私の頭を撫でて魔王レイヴォンは、そう言うとベッドに横になった。私を上に抱いたまま。


「疲れた。もうすぐ夜明けだ。もう眠る」

「あ、うん……」


 魔族は夜行性なのか。私は頷いてそのまま魔王レイヴォンの胸の上に寝そべった。

 ……私も眠りたいけれども、この状態では無理じゃない?

 私は顔を上げて、魔王レイヴォンの顔色を伺った。

 もう彼は眠ってしまっている。私を異世界から連れてきた反動なのだろうか。疲れた、とは。

 そこまでして拾った運命の人。俺様が一人称なのに、声はとても静かで、それに魔王らしい威圧感もない。ただただ美しい堕天使って感じ。それが私の印象。

 運命の人を欲する辺り、純情な魔王だ。

 私だって二十五歳にもなって、運命の人がいたら出逢いますようにと流れ星に願ってしまうタイプだ。異世界転移の二の次だけれどもね。

 飽きられてしまったら、本当に食べられてしまうのではないだろうか。けれども、なんだかそんな心配は、杞憂に思える。不思議だ。

 この魔王レイヴォンを信じていても良さそう。

 私の直感は、当たる方だ。大丈夫だろう。

 私は眠ることにした。彼の胸に頬を当てる態勢。ドクンドクンと聴こえる規則正しい鼓動を子守唄代わりに、眠りに落ちた。




「コー。起きろ」


 揺さぶられて、起きる。目元を擦って上半身を起こせば、琥珀の瞳。睫毛に触りたくなって、指先で触れる。片目が閉じられた。睫毛は、ふさふさだ。

 レイヴォンの長い指先が、私の睫毛に触れた。私を真似たみたいだ。


「起きろと言っている」

「うん……」


 背伸びをして、レイヴォンの上から退いた。


「歯を磨くぞ」

「おお?」


 蛇の尻尾が、お腹に巻き付く。そのまま、ベッドから降りたレイヴォンに連れていかれた。洗面所とトイレがある部屋。いつの間にか用意されたブラシで、歯を磨く。魔王と肩を並べて歯磨きは、なかなかシュールだ。その間、蛇は私を放さなかった。


「ところで……レイヴォン様は、なんという魔族なのですか?」

「……俗に言う吸血鬼だ」

「吸血鬼なのですか!?」

「なんだ、その反応は?」

「いや、意外で……もっと別の種かと」


 カラス天狗だとか、そう答えてもらった方が納得出来る。堕天使なら、尚更。

 牙があるのかと、覗いてみた。チビな私では、二メートル近い彼をどう足掻いても見上げる形になる。


「牙はあるのですか? あ、あった。それで血を吸うのですか?」

「口を付ければ事足りる」

「……ああ、昨日したみたいにですか」


 口付けを思い出す。あれで吸われたことになるのだろう。

 ファーストキスなのに、ロマンチックじゃない。


「それでは吸血鬼じゃないですね」

「ああ。だが吸血鬼だ。魔族の頂点に立つ種。母方はカラスだったが」

「納得です」


 魔族の中で、吸血鬼は頂点に立つのか。それはすごい。

 歯磨きを終えてベッドに戻ろうとすれば、ノック音。

「入れ」と、レイヴォンは許可を与える。


「おはようございます、魔王様」


 声を揃えて挨拶するのは、あのメイドの三人。ぴったりと動きを合わせて、頭を下げる。


「コー様のお召し物を用意致しました」

「あ、私ですか?」

「着せろ」

「かしこまりました」


 手に持つのは、私のためのドレス。

 クローゼットを開いたレイヴォンの尻尾は、私からスルリと離れた。彼は勝手に着替えてしまうらしい。私もそうしたい。

 けれども、それは叶わない。

 白いワンピースドレスを、呆気なく剥ぎ取られた。

 レイヴォンの目の前で、下着一枚になる。流石に、赤面ものだ。

 レイヴォンは容赦なく、その琥珀のまなこで見てくる。

 余分な脂肪はなくなった身体だけれども、自慢したくなる色白の肌になったけれども。異性に見られるとなると話が違う。

 早くドレスを着させてくださいっ。


「どれにいたしましょうか?」

「お勧めは黒がいいかと」

「では黒でお願いしますっ」


 早くしてっ! ニコニコと待ってないで、早く着させてっ!

 私は急かして、真っ黒のドレスに着せさせてもらう。上品で落ち着いている美しいドレスは、コルセットデザインだ。だから一人では苦労しそうだが、三人のメイドさんにかかれば、あっと言う間に終わった。

 肩部分は露出しているタイプのドレス。

 うっと声が漏れるほど、コルセットを締め付けられた時は「おや? まだ脂肪が残っていたのですかね?」とメドゥーサのへナータさんの目があちらこちらで光った。

 ないない、もう吸われる脂肪はないない。

 私は、ブンブンと首を横に振った。


「レイヴォン様。どう?」

「……」


 ドレスを着たところで、感想を求めてみる。

 はた、と止まる私。

 レイヴォンの格好は、腹部を露出していたVネックのシャツ。露出した腹部は、引き締まっている。くびれていて、腹筋があって、足の付け根のラインがくっきり。際どいそれが艶やかで、釘付けになってしまう。

 にゅるり、と蛇の尻尾が動いて、そこに気が逸れる。

 ハッと我に返った。

 レイヴォンは、私の長くなった髪を両手で持ち上げている。そして琥珀の瞳で、私を見つめていた。


「これでいい」

「……はい」


 短く言われたのは、感想とは思えないもの。

 そりゃレイヴォンと比べたら、綺麗って言葉が合うのはあなたでしょうけれども。お世辞でも綺麗だって言ってくれてもいいじゃないか。


「魔王様。誠悦ながら、そこは綺麗だと褒めるのですよ」


 蜘蛛女のーーどこに蜘蛛要素があるのかわからないけれどもーーラーニョさんが進言してくれた。


「そんな言葉が欲しかったのか?」


 レイヴォンは私に、直接尋ねる。

 私はコクンコクンと頷いて、肯定した。


「そうか。……綺麗だ」

「……」


 私をまじまじと見つめたあとに、そう一言。

 真面目な顔で、そう告げられては困る。

 私は頬を真っ赤にして、押さえた。


「悪くない反応だ」


 レイヴォンは、口角を上げて微笑んだ。

 お気に召したらしい。その顔も困るではないか。


「ほら、食べてこい」

「えっ。レイヴォン様は食べないのですか?」

「おまえを食べる」


 ときめいた。正直言って、ときめいたセリフ。その声。

 食べるってあれか。また吸うってやつだろう。性的な意味ではない。はず。うん。勘違いしない。


「それでは行きましょう」

「はい」

「おい、待て」

「?」


 先にラーニョさん達が出る。引き止められた私の耳に、レイヴォンはこう囁いた。


「異世界から来たことは、黙っていろ」

「……はい」


 目を瞬きつつも、私は返事をする。

 部屋から出る時、レイヴォンは疲れたようにベッドに凭れていた。

 それで、ピンとくる。もしかして、異世界から連れてきた反動で、弱っているのかもしれない。

 魔王が弱っているなんて、他言してはいけないことだろう。私はそっと口にチャックをした。 

 通されたのは、ダイニングルーム。これまた長く大きなテーブルを、ドンと真ん中に置かれた部屋。すでにその大きなテーブルの上には、ご馳走が並んでいた。様々の形のパンがずらりと並び、目の前のお皿にはスクランブルエッグとウィンナーにベーコンが乗っている。美味しそうな匂い。


「魔族も、人間と同じ食事をするのですか?」


 椅子に座りながら、ラーニョさんに尋ねてみる。


「はい。種にもよりますが、人間で事足りることもあります」

「……な、なるほど……」


 料理の食材が気になった。ウィンナーとか、人間の指ではないだろうか。疑ってしまった。


「ふふ。大丈夫です。ちゃんと人間が食べる食材で作っております。人間に事足りるのは、ごく僅かな種です。人間を文字通り食す種もいますが、城にいる者の殆どは違います。特にコー様のことを食す者はいませんので、どうぞご安心ください。コー様は、魔王様の所有物ですからね」

「……安心しておきます」


 魔王レイヴォンの所有物なら、待遇は保証されている。

 でも迂闊に彷徨かないことにしよう。レイヴォンのそばから、離れない。あとメイドさん達。

 まぁ、人間を文字通り食べるわけではないと知ってよかった。安心して朝食をいただくことにする。夜なので、正しくは夜食か。

 全部は食べられなかったけれども、美味しくいただいた。


「ただいまぁ。レイヴォン様。魔法を教えてください」


 ラーニョさん達の案内で、レイヴォンの部屋に戻してくれる。私はベッドに凭れているレイヴォンの元に行く。


「その前におまえを食べさせろ」

「あ、そうだった。ど……どうぞ」


 食べられることが、決まっていたのだった。

 また吸う口付けをされるのかと、身構えて目を閉じる。

 けれども、いくら時間経っても唇に何か触れることはなかった。

 どうしたのかと目を開くと、クッションの山に凭れたレイヴォンはじっと見ている。


「……こっちに来い」

「あ、はい」


 手を伸ばすレイヴォン。導かれるように、それに手を重ねて近付く。すると、腰に蛇が巻き付いて引き寄せられた。レイヴォンに後ろから、羽交い締めにされる。

 そして、露出している右肩に唇を付けられた。

 あ、今日はそこから吸うのね。


「レイヴォン様。回復にはどのくらいかかるのですか?」

「ちゅっ」

「レイヴォン様の魔力の話ですけど」

「ちゅうっ」


 吸うことに集中してしまっているのか、私に答えてくれない。

 生温かい舌が肩を撫でて、形のいい唇が吸い付く。

 力が抜けるような感覚は、今のところない。けれども、レイヴォンは堪能している。私はレイヴォンの胸に凭れて、包むようにある黒い翼に触れた。

 前に触れても怒られなかったから、触れてもいいのだろう。もふもふしたその羽根の先を撫で付けた。


「……何を気にしている?」

「あ。終わった? いや、相当疲れているみたいなので、大丈夫かと思いまして」


 唇が離れて濡れた箇所に、低い声が吹きかかる。

 顔を横に向ければ、琥珀の瞳とカチッと合った。近い。純黒の髪に包まれた美しい顔が、鼻先にある。


「心配、というやつか?」

「ええ。変ですか?」

「……俺様が運命の人だからだろう?」


 レイヴォンは嬉しそうに笑みになって、私の目を覗き込んだ。琥珀の瞳は、無邪気に輝いていた。

 この人、可愛い。

 ときめいてしまった。運命の人を欲する純情だもの。私は微笑みを零してしまった。

 レイヴォンは魔族の頂点に君臨する吸血鬼だし、魔王だし、心配されることに慣れていないのだろう。


「何を笑っている?」

「仰る通りだと思いまして……」

「そうだと?」

「運命の人だから、心配なのです」


 そう答えて、私は美しい顔に右手を当てた。


「おまえを糧にしていれば、数日で回復する」

「そうですか。よかったです」

「ほら、魔法の習得をしろ」

「はい、レイヴォン様」


 また真っ黒な亀裂から本を取り出して、私に持たせる。

 私はぴったりと休養中の魔王に寄り添って、魔法の習得を続けた。




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