第10話 ピーマンしか情報がない男と、生贄フラグが立ちました
馬車は静かに揺れている。
石畳を叩く車輪の音が、妙に規則正しく耳に残った。
(……落ち着く音じゃないわね。むしろ、
ASMR的な安眠誘発で思考力を削ってくるタイプのやつだ。寝てたまるか)
私は窓の外を眺めながら、
これまでに収集した情報を整理する。
【重要参考人:キャロット子爵】
ピーマンが死ぬほど苦手。
皿の上のピーマンを、
まるで見えないものとして扱う「視界遮断」のスキル持ち。
ピーマンを前にしても動じない鋼の精神力(ただし食べない)。
剣術が得意で軍人の家系。
(……情報の8割がピーマンで構成されている。
もはや人物鑑定書じゃなくて、
ただの苦手な食べ物アンケートじゃないか。
これ、本人に会って
「お嫌いなのはピーマンですか?」以外に喋ることある?)
私は小さくため息をついた。
「到着いたしました、マロンお嬢様」
御者の声で、思考が途切れる。
私は馬車を降り、目の前の屋敷を見上げた。
キタアカリ嬢の邸宅。
イモ男爵邸が「巨大なジャガイモの貯蔵庫」だとすれば、
ここは「洗練されたポテトサラダ」のような整い方をしている。
応接室に通され、しばらくしてキタアカリ嬢が姿を現した。
「……珍しいわね。あなたが訪ねてくるなんて」
落ち着いた声。
だが、その視線は――
(警戒してる。
しかも、自分の領域に泥靴で
踏み込まれた時の本気のやつだわ)
私は微笑みを崩さないまま、椅子に腰を下ろした。
私は元コスプレイヤーの経験を活かし、
「社交界用・無害な令嬢スマイル」を
貼り付けたまま椅子に腰を下ろした。
「ええ。少し、気になることがあって。
……今度の舞踏会のことよ。
キャロット子爵もいらっしゃるでしょう?」
その名前を出した瞬間、
キタアカリ嬢のティーカップを持つ指先が、わずかに止まった。
「……あの方がどうかしたの?」
「ええ、少し。
エスコートしていただくにあたって、
どんな方なのか予習しておきたくて。
……ピーマンが苦手だって、界隈では有名らしいじゃない?」
キタアカリ嬢は紅茶を飲むのをやめ、
ゆっくりとこちらを見た。圧がすごい。
「……聞きたいことは、それだけ?
ピーマンの調理法について語り合うために来たの?」
「まさか。……婚約者のイモ男爵を置いて、
他の男性にエスコートされるのですもの。
不安なんです。キャロット子爵は、どのような方ですか?」
「とびきりの美青年よ。あなたの美貌に
――あるいは、その『マロン』という
美味そうな名前に惚れたのでしょうね」
「それで、ひととなりは?」
「ピーマンが苦手ね」
(いやもうそれしか情報ないの!?)
「それ以外で、何かありませんか?
粗相をしてもいけませんし」
キタアカリ嬢は、わずかに口元を緩めた。
「聡明で、気高くて、美しくて、
礼儀正しくて――完璧だと思うわ」
一拍。
「……そう。不気味なほど、
完璧。時々、月夜に向かって自作のポエムを
詠み上げる癖があるけれど、
それすらチャーミングに感じるほどにはね」
(ポエムを“チャーミング”で
済ませられるキタアカリ嬢、メンタル強すぎない?
上級者すぎてついていけないわ。
ちょっとしてキタアカリ嬢も惚れているの?
あのキザ野郎に・・・。ここは思いっきり聞いてやろう。)
「キタアカリ嬢、ひょっとして・・・」
私の言葉を遮るようにキタアカリ嬢が話をつづけた。
「キャロット子爵を狙っている女性は多いわ。
ベニハルカ嬢も、当てつけにイモ男爵を誘ったみたいだけど
……せいぜい気をつけることね。
舞踏会までに“生存”できていればの話だけど」
「……それ、どういう意味かしら?」
私が問い返すと、彼女は立ち上がり、
窓の外を見つめたまま声を落とした。
「あなた――ここまで、つけられてきているわね」
「えっ?」
窓から外を盗み見ると、街角に不自然に佇む野菜売りの姿が見えた。
「古くからの言い伝えがあるの」
彼女の声が、不気味に低くなる。
「イモ男爵家の家宝に、尊き者の血を垂らすと
――世界を『煮っ転がす』ほどの力を得るという」
蝋燭の火が、音もなく揺れた。
「は?」
「その血は、“尊き乙女の血”。
……タロイモ執事は、ずっとその乙女を探している。
そして――イモ男爵の花嫁という名目で、おびき寄せるのよ」
蝋燭の火が、ふっと揺れる。
部屋の空気が一瞬で冷え切った。
(……待って。私、もしかしてただの「戦略的陰キャ」のつもりでいたけど、
ただの「生贄のジャガイモ」として出荷されようとしてる……?)
あの、いつもぼーっとしていて、
天然イモ男爵。
彼は、私の味方なのか?敵なのか?
それとも、私を煮込むための鍋を用意している「調理師」なのか?
映画の冒頭なら間違いなく
「助けてどらえもーん」のやつである。
私は出されたさつまいもケーキを
一口食べながら考えた。
さて、どうするか。
(……少なくとも、鍋に入る気はない)




