第4話:ドン引きです、お嬢様
「記憶喪失」だと告げた主人公に対し、メイドのマリエルが口を開きます。 そこで語られるのは、感動の思い出話……ではなく、R指定ギリギリ(?)の黒歴史でした。
主人公(中身:喪女)のメンタルが削られます。
「……あの。……どちら様、ですか?」
私の掠れた問いに、目の前のメイド――銀髪に青い瞳の、人形めいた美少女――は、初めてその瞳を驚きに見開いた。
だが、その驚愕は一瞬だった。
彼女はふっと表情を(もともと無表情だったが)和らげると、慈愛に満ちた(ように見える)微笑みを浮かべた。
「……無理もございません。あれほどの衝撃ですもの。お嬢様の御心が、一時的にご自身を守ろうとなさっても仕方ありませんわ」
「え……?」
「私はマリエル。お嬢様にお仕えする、専属のメイドでございます」
マリエル、と名乗った彼女は、そう言って優雅にスカートの裾をつまんでみせた。
床に座り込んだままの私に、そっと手を差し伸べてくる。
(……マリエル。この人が、私の……「ロザリア」のメイド)
差し出された手は、細く、白く、綺麗だった。
私は、戸惑いながらもその手を取る。他に選択肢がなかった。
マリエルは見た目に反してしっかりとした力で、私を床から立たせてくれた。
「衛兵の方。お嬢様は既にご追放の身。ですが、このまま王城の床に座らせておくのは、王家の面目にも関わりましょう。門までお見送りいたします」
マリエルの冷静な声に、先ほど私を突き飛ばした衛兵が「……チッ」と舌打ちするのが聞こえた。
マリエルは私の腕を支え、まるで壊れ物でも扱うかのように、私を城の出口へと導き始めた。
その道すがら、私は混乱する頭で必死に尋ねた。
「あの……マリエルさん。私、本当に……そんなに酷いことを?」
「酷いこと、でございますか?」
「だって、お父様やお母様……あんなに私を……。それに王子様も、『淫乱』だとか……」
転生直後で記憶がないとはいえ、あの憎悪は異常だ。
私は、どれほどの悪行を働けば、実の両親から「野垂れ死ね」と罵られる状況になるのか、想像もつかなかった。
マリエルは、前を向いたまま、淡々と答える。
「お忘れですか、お嬢様。今宵のパーティだけでも、殿下の学友であるクラリッサ嬢を壁際に追い詰め、無理やり口づけを迫ろうとなさいました」
「は……え?」
(え、私が? 女の子に? 無理やり?)
「公爵様や奥様が嘆いておられたのは、今に始まったことではございません。夜会があるたびに、好みの殿方やご令嬢を、見境なく寝室にお連れになるのですから」
「ね、寝室……!?」
ドン、と頭を鈍器で殴られたような衝撃。
佐藤葵(28)=年齢=彼氏なし、だぞ!?
処女だぞ!?
それが、転生した途端、男女問わずの「稀代の淫乱令嬢」?
ハードルが天元突破している。
私の動揺を「まだ思い出せないのですね」とでも解釈したのか、マリエルは決定的な一言を付け加えた。
「それに、この私も力ずくで愛人にされました」
「……え?」
「田舎から出てきたばかりの、何も知らなかった小娘を」
「………………は?」
マリエルは、そこで初めて立ち止まり、私をまっすぐに見つめた。
その透き通る青い瞳は、何の感情も映していない。
「何も思い出せませんか?」
(うわぁ……)
私は、心の底からドン引きした。
(この「ロザリア」って女……本当にとんでもないやつだ……!)
婚約者である王子を蔑ろにし、男女問わず手を出しまくり、悪評をまき散らし、結果、実の両親に勘当された……?
(重すぎる! 重すぎるよ、元・私!)
でも目の前のマリエルは、「愛人にされました」と過去形で語りながら、その瞳には憎悪の色どころか、何の興味も浮かんでいない。
どう見ても、完全に「仕事」としてあしらっていた風だ。
「……ちなみに、マリエルさん」
「はい」
「あなたも、私と一緒に追い出された、ということで……よろしいのでしょうか?」
「はい。奥様(母親)より『あの淫売のそばにいた愛人風情が、屋敷に残れると思うな』と。私もお暇をいただきました」
(もう何も考えれないよ)
混乱とドン引きが限界に達し、私がふらついた、その時。
王城の重い門が開き、夜の冷たい空気が私を包んだ。
追放だ。
本当に、私はこの「激重」な過去(しかも自分のではない)を背負って、城から叩き出されてしまった。
◇
バタン、と重く冷たい音を立てて、王城の門が閉ざされた。
私とマリエルは、文字通り「王都」の路上に放り出された。
夜の冷気が、薄い(が、派手な)ドレス越しに肌を刺す。
パーティの喧騒が嘘のように静かな夜道で、私はようやく、自分が直面している現実を正確に理解した。
(……どうしよう)
さっきまでの混乱とドン引き(元・私への)が、急速に冷めていく。
代わりにやってきたのは、もっと現実的で、切実な恐怖だった。
(家がない。知り合いもいない。……待って。お金は? お金は!?)
慌ててドレスのあちこちを探るが、ポケットなんていう便利なものは付いていない。
当たり前だ。パーティドレスだ。
つまり、私は。
(無一文……!?)
血の気が引く。
勘当、追放、無一文。
これは、スローライフどころか、即日バッドエンド(野垂れ死に)ルートだ。
「お嬢様」
私が絶望で膝から崩れ落ちそうになった、その時。
隣に立つマリエルが、相変わらず感情の読めない声で私を呼んだ。
「まずは、今夜の宿と当座の資金を確保いたしませんと」
「し、資金……って言っても、私、何も……」
「いいえ。お嬢様は『着て』いらっしゃいます」
マリエルはそう言うと、私の首筋――そこにかかった大粒のルビーのネックレス――を、すっと指先で示した。
ついで、耳元のダイヤの耳飾り、腕にはめられた金のブレスレット。
「売る……の? これを?」
「はい。もはや公爵家の籍もございません。お嬢様が身につけていらっしゃるこれらは、お嬢様ご自身の所有物です」
淡々とした物言いに、私はゴクリと唾をのんだ。
確かにそうだ。これ以外に、金目の物は何もない。
「で、でも、どこで売れば……こんな夜中に。それに、こういうのって、換金する方法とか……」
佐藤葵(28)の知識では、質屋くらいしか思い浮かばないが、貴族が利用するような店など知る由もない。
「ご心配なく。心当たりがございます」
マリエルは、そこで初めて、私の腕を支えるのではなく、私の手を引いた。
「こちらでございます」
彼女が迷いなく歩き出したのは、貴族街とは正反対の、薄暗い裏路地だった。
私は戸惑いながらも、その小さな手に引かれるままについていく。
(この子、なんでこんな裏道に詳しいの……?)
元・公爵令嬢の専属メイド。
世間知らずな深窓の令嬢が、私のお世話をしていました、というイメージだったのだが。
マリエルは、明らかに「こちら側」の空気に慣れていた。
やがて、人通りのない路地裏にひっそりと佇む、古びた看板の店にたどり着く。
いかにも「ワケあり」な品を扱っていそうな、質屋兼古物商といったところだ。
マリエルは躊躇なく扉を叩き、出てきた強面の店主と、信じられないほど冷静に交渉を始めた。
「ほう、こりゃまた上等な……だが、お嬢ちゃん。こいつはどこから?」
「王城から『払い下げ』られた、正規の品です」
マリエルは、平然とそう言いのけた。
嘘は言っていない。(物理的に王城から払い下げられたばかりだ)
「公爵家の紋章が入っておりますが、ご安心を。持ち主は、たった今、所有権を放棄されましたので」
「……チッ。足元見やがって」
店主は、マリエルの(恐らくは)「紋章入り=面倒ごと」という脅しと、「所有権放棄=追放」という事情を瞬時に察したらしい。
店主は奥から重そうな革袋をいくつか持ち出し、カウンターに叩きつけた。
「当座どころか……これ、結構な金額……」
革袋の中身――大量の金貨と銀貨――を見て、私の目眩が止まった。
マリエルはそれを冷静に検分すると、無言で頷き、懐(メイド服のどこだ?)に手際よくしまい込んだ。
店を出て、再び夜道に出る。
私は、ただただ、隣を歩く小柄な少女に圧倒されていた。
(すごい……)
(マリエルさん、一体何者なの?)
(ただのメイドじゃない。交渉術が、前世の敏腕営業――ウチの部署にはいなかったけど――レベルだ……!)
彼女の無表情が、今はとてつもなく頼もしく見えた。
「お嬢様。まずは宿を。あちらに、身分を問わない宿がございます」
「は、はい……!」
私は、今度こそしっかりと、マリエルの後を追った。
お読みいただきありがとうございます。
ドン引きです。 男女問わず手当たり次第、挙句の果てに目の前のマリエルさんまで「愛人」にしていたとは……。 転生した瞬間に背負わされた「業」が重すぎます。佐藤葵(28・処女)には荷が重い。
しかし、そんな感傷に浸る暇もなく、マリエルさんは超・現実的です。 裏路地での換金スキル、頼もしすぎますね。
次回、『田舎への誘い(スローライフの予感)』。 王都の喧騒を離れ、癒やしを求めます。(※なお、現実は甘くない模様)
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