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そしてプロローグから、本編へ

「――で。何度も言うが、皇宮の警護護衛の武官である一月騎士団……その団長であるハ・ルを皇宮から出すことを私は承認しない」

「……」

「あれはただの武官でもなければ、団長でもない。腹立たしいが、やつはもはやトゥブアン皇国に十二ある騎士団そのものの象徴だ。それを失う危険が伴うのなら――私は断じて許可せん」

「ですが、ロワ団長……」

「そもそもハ・ルに、偵察だの密偵だのできる器があると思うか?」

「ですが、彼には皇国きっての剣技があります。いざというときは――」

「――真っ先に勇んで命を落とすだろうな」

「……!」


 とても信じ難いことを平然と言って、先ほど象徴と認めた彼をばっさりと酷評してくる。

 ユーボットにはその評価はない。

 一月騎士団団長であれば忠義と正義に勇猛果敢で、きっとどんな苦境にも立ち向かえると思っていたのに――。


「では、どなたなら――?」


 尋ねてみたが、これは問い方そのものがまちがっていた。

 途端に四月騎士団団長の気配が本物の不機嫌になる。

 目の前にハシュがいたら、まずまちがいなく即心臓を止めかねない眼光を黒縁眼鏡の奥から放ち、


「ユーボット。貴様はいつから軽々しく人命を差し出せと言えるようになったのだ? 私は容赦なく人格こそ否定するが、ただの一度も相手の人命を蔑ろにしたことはない」

「……」


 これもまた、ハシュが聞いていたのであれば、


 ――いえ、それはあなたさまがそう思うだけで、実際、人命と気づかず軽々しくあつかっていると思います。


 などと、即座に心中で返答しただろう。

 彼に関わったことのある者であれば、これは全会一致の意見だ。

 それを言わしめる四月騎士団団長にそうと言われたユーボットだが、こちらももう後には引けない。


「ですが……トゥブアン皇国はいま、唯一正面からシャトラリス聖皇国に乗り込む機会を得ました。国府の五月騎士団団長も人命を優先に否定されましたが、その人命を懸けて情報収集をつづけている十一月騎士団団長が、欲しい、と言っております」


 十一月騎士団――。

 その預かりは国府の五月騎士団にあって、平素は外務府所属の文官として扱われているが、実際は暗殺、謀略、諜報の専門騎士団として機密処理に長けていて、――直截統括の権限は十月騎士団が持っている。

 複雑を帯びた彼らは、トゥブアン皇国の唯一の闇でもあった。

 その十一月騎士団団長から要請が届いている。

 それを伝えると、


「――ふん、そんなことトゥフひとりが精を出せばいい話だ。暗殺に長けた男が何を弱気になって、ハ・ルを差し出せというのだ? 厚かましい」

「……」


 彼に関して日ごろからいい印象を抱いていないのか。

 四月騎士団団長はまさに、彼に関しての人命に軽視の発言をしてくる。


「ですが……」


 それでもユーボットも怯まず交渉をつづけようとしたが、


「貴様の、ですが、は聞き飽きた。――黙れ」

「……」


 などと会話を切断されてはつづけようがない。

 ユーボットは言われたとおりに黙り込んでしまう。

 十月騎士団団長に就任した当初は、ここで恐怖に負けて倒れたというに、いつしか腹の括りも、肝の据わりも身につけたのか、ユーボットはつぎの言い返しの思案をすでにはじめている。

 それを感じ取り、四月騎士団団長はゆっくりと目を細め、自身がいま床に足を置いている位置――「シャトラリス聖皇国」を忌々しく踏みつけながら、


「シャトラリス聖皇国から現教皇の崩御を予定して伴う、時期教皇選出、葬儀、新教皇即位式とその式典。――その参列招待状が、よもや我がトゥブアン皇国に届くとは、な。軽視、侮蔑も甚だしい。いつから我らが、貴様らの付属物になったというのだ?」

「過去には何度か同種類の招待状がトゥブアン皇国に届いていますが、これに対して十月騎士団が渡航を決定した記録はありません」

「――だろうな。狂犬の生き死に、新たな愚物の誕生。我らが祝う筋はないし、出向く必要がどこにある?」


 ふん、と四月騎士団団長に鼻を鳴らされ、


「ですが……これほど懐に忍び込める好機もありません。最悪な餌だというのは重々承知しています。僕は食いついてみたいと思います」

「そのために関わる者すべてに人命を差し出せ、と言うつもりか?」

「……」


 痛いところを突かれるが、ユーボットはそれでも覚悟をきめてうなずき、


「千を超える七月騎士団の犠牲予測、万を超える国民の悲しみを天秤にかけるというのであれば、僕は十数に満たない人命に敬意と詫びで頭を下げます」

「……」

「僕はそこに、ハ・ル団長がこの招待状を受けて外交使節団としてシャトラリス聖皇国に向かうのであれば、犠牲の人命は数人で済むと試算しています」

「愚策な」

「仰るとおりですが、そこで国運の鍵を握る情報が手に入るのであれば……」

「――チッ」


 恐ろしいほど忌々しげな舌打ちを向けられて、それでもユーボットは怯めなかったが、愚策でも確かに唯一の好機だと認めざるを得なかったのか、すこしだけ思案を巡らせる四月騎士団団長の気配が生まれた。

 彼はいま、脳内で人選という人選を重ねて厳選をはじめ、最後のひとりになるまで苦渋に満ちた表情もときには浮かべたが……。


「ひとりだけ――」

「……」

「ひとりだけ、ハ・ルに比肩する人材がいる。性格はハ・ルよりあつかいにくいが、局面に対して生き延びる確率だけなら、やつのほうが遥かに高い」

「その方は、いったい――」


 夜の大広間に差し込む、蒼月の月光。

 それは彼らの顔を照らさす、足もとの地図ばかりに明かりを差していたが、


「クレイドル、だ」


 と、ただひとりの適応者の名前を四月騎士団団長が口にする。


「皇宮内における二月騎士団は、唯一皇帝の御身を公私に渡り影より徹底的に護衛警護している。その長であるクレイドルなら可能だろう」

「……」


 クレイドル――。

 それは先日、ハシュが無理難題を言い渡された渦中の人物ではないか。

 ユーボットは一瞬目を見開いたが、だが彼ならば……とその名を聞いて途端に納得がいくようにも思えてしまい、軍師として早くも彼がもたらすだろう勝率の計算をはじめてしまう。

 だが彼の場合だと……。

 同行する周囲を生かすのが極めて難しいと、試算が伝えてくる。

 でもそれが、唯一の灯火となるのであれば――。


「クレイドルさんを差し出してくれるのですか?」

「我らが唯一皇帝の最強の盾を削ぐのだ。――高くつくぞ」



□ □



 四方を穏やかな海洋に囲まれた島大陸。

 自然は豊か、恵みと資源も豊富。

 国民の気質は穏やかで明るく、のんびりとした田舎風がよく似合っている。

 けれども――。

 その豊かを楽園と誤解され、トゥブアン皇国は長く他国からの侵略戦争を受けて途絶える兆しがいまもない。


 ――その皇国にまた、戦禍が訪れようとしている。


 元凶を見極めるため、新たにひとりの青年が渦中に投げ込まれようとしていたが、この事実を彼はまだ知らない。


 ――青年の名前は、クレイドル。




《プロローグ編・完》

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