第二十一話 シニョンちゃんの新しい魔法が最高すぎて勝てる気がしてきたゴブ!
ゴブリンとオークの大群に近づくニンゲンの軍勢。
数にしたら戦車と騎馬兵が50ぐらいで、兵士と冒険者たちで800ぐらいか。
ゴブリンとオークの大群は2000ちょっとなわけで、数では負けてる。
最初に敵とぶつかるのは戦車と騎馬兵だろう。
喰い破る策はあるのかな、とか考えつつ、見に入ったボスオーガと並んで眺めていると。
予想外の場所から声が聞こえた。
川原から、シニョンちゃんの声が。
『それに……ゴブリオさん。私に啓示が降りたんです。この時に、いまこの時のために、新しい魔法を授かりました』
安全な舟の上から危地に来たシニョンちゃん。
それには意味があったらしい。
だ、大丈夫ゴブな? シニョンちゃんは【運命神の愛し子】なわけで、シニョンちゃんに啓示って、ダイスを振ってそうな運命神からのお言葉ゴブな? いい目が出たって信じてるゴブ!
血肉が飛び散る戦場にひざまずいて、シニョンちゃんが手を組む。
天使の梯子が、ふたたびシニョンちゃんを照らした。
目を閉じて、シニョンちゃんが詠唱する。
『運命の時。定めに抗いヒトは死す。定めに抗いヒトは生く。運命は未だ定まらず、いま運命の輪がまわる。叫び抗え。いざ戦いの時、運命の場。〈聖戦〉』
立ち上がって腕を広げるシニョンちゃん。
巡礼者のネックレスが光っているように見える。
というか差し込む光でシニョンちゃん自身が輝いているように見える。
ぶわっと光が広がった。
〈聖域〉の範囲をはるかに越えて、大群に向けて進むニンゲンたちよりも先へ、戦場すべてに。
『これは……力が湧いてくるゴブ! それに疲れもとれたような?』
体が軽い! もう何も怖くない、ってそういうことじゃないゴブ!
ボスオーガは片目を閉じて光をやり過ごしただけで変化はない。
変化が大きかったのは、大群に向かっていくニンゲンたちだった。
速い。
戦車も騎馬も兵士も冒険者も、スピードが上がってる。
あとモンスターと戦ってたオクデラとアニキも、攻撃の威力が上がってる。
〈聖戦〉。
シニョンちゃんがたぶん運命神から授かったのは、バフをかける補助魔法みたいだ。
雄叫びをあげて、ニンゲンがゴブリンとオークの大群に衝突する。
衝突どころか貫通したゴブな! 戦車も騎馬兵も戦列を喰い破ってるゴブ! え、このバフは馬にもかかってる感じ? というか〈聖戦〉って大丈夫ゴブな? バーサク要素はないゴブな? ニンゲンたちが突っ込んだ勢いのまま蹴散らしてるんですけど!
バフでどれぐらい自分が強化されてるか、まだ俺に実感はない。
でもニンゲンたちの戦いっぷりは強烈だ。
あとオクデラとアニキの戦いっぷりも強烈になった。
これは、これなら。
俺はボスオーガに向き直る。
強オークと重装歩兵のオーク部隊は全滅した。
ニンゲンが参戦して、シニョンちゃんの新しい魔法〈聖戦〉の効果は大きい。
雑魚ゴブとオークの大群はニンゲンに蹂躙されはじめた。
ボスオーガにとってはピンチだ。
ピンチなはずだ。
ボスオーガと目が合う。
絶対的な強者は、笑っていた。
窮地に追い込まれたことが、うれしいみたいに。
「くくっ、くはは! いい、いいぞ! 我の想像以上だ!」
えっと、〈聖戦〉は混乱効果もあったゴブか? 頭大丈夫? 大丈夫じゃない方がうれしいけど! あとボスなんだしそこは三段笑いでいくべきゴブな! ほんとわかってないゴブ!
大口を開け、牙をのぞかせて笑うボスオーガ。
ピンチが楽しいとか強敵と戦いたいとか、やっぱり俺とはわかり合えないゴブ! 奇襲に騙し討ちに暗殺、戦うんだったら一方的にやりたいゴブ! あれ? これ俺の方が悪役じゃない? 大丈夫大丈夫、俺にも〈聖戦〉のバフがついたから! 神様側だって認定されたから! 俺ゴブリンだけどなあ! ゲギャギャッ!
ボスオーガはすうっと息を吸い込んで、叫んだ。
「いまより我は王ではない! 好きに生きよ!」
ボスオーガ、ボス辞めるってよ。
いまのはボスオーガにとっての味方、ゴブリンとオークへ向けた宣言らしい。
ボスを辞めてどうするゴブか? 前の俺みたいにはぐれゴブ、おっと、はぐれオーガにでもなるゴブ?
現実逃避する俺。
わかってる。
そもそもボスオーガは戦闘狂で武人で、前に俺たちに遭遇したときは単独行動をしてた。
コイツの性格的に、統率することはあんまり乗り気じゃなかったんだろう。
でもそこはモンスター、強い者がトップに立たされるわけで。
乗り気じゃないながらも【統率】してたわけで。
それをいま、辞めると。
そんで本来やりたかったことをやると。
たとえば。
自分が認めた強者との戦い、みたいな。
「これより我は一匹の鬼となる! さあ、戦いだ!」
いや鬼になるっていうかすでに大鬼ですけどね! くっそ迷惑な話ゴブ!
陽炎っぽい揺らめきが増す。
俺とボスオーガのまわりにいたゴブリンどもが逃げていく。
気持ちはわかるゴブ! いまのボスオーガの迫力ヤバいからね! 最初に遭遇した時より『ここにいたら殺される』感がヤバすぎるゴブ!
でも、体に震えはないし、冷や汗ひとつかかない。
え、マジ〈聖戦〉にバーサク効果はないゴブな? なんかブレイブ状態とかそんな感じゴブな? 俺【森の臆病者】なのにまったく怖くないんですけど! 『ここにいたら殺される』感があるのに怖くないって何ソレ怖い!
俺たちのまわりから雑魚ゴブリンと雑魚オークが逃げ出したせいで、参戦したニンゲンたちは大変になるだろうけど許してほしい。
というか代われるもんなら代わりたいゴブ! ゴブリオがライフポイント稼ぎするから、おっと、雑魚ゴブリンとオークたちの軍勢を相手に無双するから、ニンゲンたちがボスオーガと戦ってくれないゴブか? ダメ?
俺を見ながらファイティングポーズをとるボスオーガ。
ニンゲンに聞くまでもなく、ボスオーガから交代の許しが得られそうにない。
覚悟を決める。
ふうっと一つ息を吐いて。
「オーガは殺せ! 殺して喰らえ! ヒャッハー、お祭りゴブ!」
俺は接近戦をするため、ボスオーガに向けて駆け出した。
ボスオーガがニヤリと笑う。
ので、立ち止まって【投擲術】する。
『二番』の布袋にしまってたナイフを投げまくる。
俺が近づいてくると思ってたのか、慌ててナイフを防御するボスオーガ。
俺が正々堂々と接近戦すると思った? 残念、ゴブリオでした! あ、投げナイフの合間に神経毒付き棒手裏剣も投げてます! さっきは皮膚を破れなかったけどバフかかったし刺さったらラッキーってね! さすがゴブリン、ド汚い鬼畜生! おっとボスオーガも鬼畜生だったゴブな! ゲギャギャッ!
俺にはシニョンちゃんの〈聖域〉と〈聖戦〉のバフがかかってて、〈聖域〉に入ったボスオーガにはデバフがかかってる。
ひょっとして〈聖戦〉にもデバフ効果があるかもしれないし、俺にかかってるバフも重複なのか上書きなのかわからないけど。
いまはいい。
だってほら、ボスオーガに近づかれちゃって本気の攻撃なはずなのに【回避】できてるからね! 体が軽……ってそれはもういいゴブ!
けっきょく投げナイフはダメージを与えられなかったし、神経毒付き棒手裏剣もオーガには刺さらなかった。
あわよくば、と思ってたんだけど。
でも大丈夫、作戦通りゴブ! だいたい大群に立ち向かったらボスオーガが出てくるかもしれないってわかってたわけで、ゴブリオが何の準備も作戦もないわけないゴブな! こちとらおバカなゴブリンとは違う元人間ゴブ!
シニョンちゃんが舟から下りてきたのは予想外だったけど、まあ問題ない。
ボスオーガの正拳突きをかわす。
左右の拳が次々飛んできてときどき蹴りも入るけど、なんとか【回避】できてる。
姿勢を低くしながら【逃げ足】でちょこまか逃げまわる俺。
うまく背後にまわれたら【隠密】で隠れることを意識して、一瞬俺のことを見失ったボスオーガに【短剣術】で斬りつける。
普通の短剣だけど、小さな傷をつけられた。
すぐ治っちゃうけどね! ほんとその【体力回復】スキルはズルいゴブなあ! 俺の【体力回復】も早くそのレベルまで育ってほしいゴブ! まあギリギリでかわした時に俺の肌が切れまくってるからレベル上がりそうだけど! でも神殿に行かなきゃダメなのが、なあ。
余裕なように見えるけど、あいかわらずボスオーガの攻撃は鋭い。
デバフでちょっと弱体化してるっぽいけど、それでもいいところに入ったら俺は一撃で殺されるだろう。
紙一重ゴブな! 【回避】するには【覗き見】も【聞き耳】も役立ってるゴブ! まあ一撃もらって死んでもすぐ復活するんだけど!
逃げまわりながら、チクチク効果が薄い攻撃をして。
俺はチャンスを待っていた。
そして。
オッケー、これで整ったゴブな! さあボスオーガ、奥の手を喰らうゴブ! あの時「奥の手はもうないゴブ」って言ったら残念そうにしてたからね! 今度はたーっぷり喰らうといいゴブ! なあに、倒してしまってもかまわんのだろう? ゲギャギャッ!
次話、9/8(金)18時更新予定です!
公式発表がありましたので、こちらでも。
『ゴブリンサバイバー 3』、
オーバーラップノベルス様より10/25発売予定です!
近付きましたらまたあらためて詳細報告します!
※運命が「Destiny」じゃなく「Fortune」のはわざとです。
「Fortuna」にするか迷いましたが、そこはママで!