デスゲーム開始
メールが送信されてからすぐに、僕たちは三人揃って憩いの広場に出てきた。そこには溢れんばかり、というほどでもないけれど、ギルドルームに居たプレイヤーや、フィールドに出ていたプレイヤーが、情報を集めるためにここに集まっていた。
みな、それぞれ、さきほどシステム管理者から来たメールについて議論を熱くかわしている。
「ふむ……?」
鈴はきょろきょろと周囲のプレイヤーを見渡して、どうやら顔見知りを探しているようだった。僕には関係なさそうなので、放っておくことにした。
サミーも目は覚ましているが、面倒くさいなあ、というのがひしひしと伝わって来ているので、話しかけることは躊躇われる。
ざわざわと喧騒に包まれる広場。サクラさんもこのプレイヤーの多さに圧倒されて、困っているのではないかと思い、ちらりと見るが、いつもと変わらぬ笑顔で、定まらない焦点のさきに、なにかを見ている。
時は午前11時59分。
もう数秒もすれば正午だ。
個人的には一度落ちて、お昼ご飯を食べておきたいところなのだが、このイベントの発生のせいで、お昼ご飯がずれ込む可能性がある。
こんなことをゲーム側が率先してやるべきではないと思う。ゲーム自体、世間からは冷たく見られがちだと言うのに、このタイミングでイベントを行ってしまっては、お昼ご飯がずれ込み、ひいては夕食にも影響が出かねない。ママが怒り狂うのが見てとれる。
「やはり一度落ちておくべきか……?」
そんなことを徒然なるままに思い浮かべていたとき。
憩いの広場の中心――噴水の真上。
唐草模様のマントを被った、ひとりの男が現れた。
あきらかに異質であるソレを見て、プレイヤーたちは一瞬、誰もが口を閉じて、ソレを見上げた。
しかし、鈴だけは落ち着いていた。ソレを見上げて、彼女は苛立たしげに舌打ちをして、
「泥棒か……。新しいクラスが実装されたのか?」
「いや……!」
頭を抱えて、取りあえず否定した。たしかに唐草模様の布は、なぜか泥棒をイメージさせる――その着眼点はすばらしいが、しかし状況は理解していないらしい。
あれはあきらかに異質であるのだ。僕たちのようにデフォルメされた外観ではないし、そもそもあの高さからでも、大きく見える。実際、僕たちよりも何倍も大きいのだろう。
だが、ぼそりと呟いただけのはずの鈴の言葉は、静まり返った広場では、場内アナウンスに等しいくらいの伝達力があった。
そして再び喧騒に包まれる。
「なんだ、泥棒か……」
「しょっぼー」
「はずれクラスだな」
そんな感じの喧騒である。
そして、それを見てしみじみ思った。
「このイベントは失敗だな……」
――ギロリ!
なぜか僕だけが上空の唐草マントに睨まれた。
なんで……?
「…………」
男は睨んだきり、なにも言わずに僕たちを見下ろしている。まるで、僕たちプレイヤーが、自然と静まるのを待っているかのような、そんな優雅さがある。
それに気付き始めたプレイヤーたちは、誰になにを言われることもなく、誰一人口を開かなくなった。
そして、ようやく唐草マントが口を開く。
「キミ達が静かになるまで、3分かかりました」
「お前は教師か!」
間髪いれずにつっこんだ後に、はっとして、口を紡いだ。ここはつっこんでいい場面じゃない。
唐草マントだけでなく、全プレイヤーからの視線から逃れるために、顔を手で覆い隠した。しかし、いかんせん二頭身。全然手が足りない。
「ごほん! キミ達がここで3分を消費すると、現実世界での3分も同じく消費されます。気を付けるように」
本当に教師のような口ぶりだ。
そして、唐草教師は続ける。
「もしかしたら薄々勘付いているプレイヤーもいるかもしれませんが、このゲームはログアウト不可能となりました」
その一言に、この広場のプレイヤーたちは固まった。そしてすぐさまメニューコマンドのログアウトを実行しようとするが、だれもこのゲームから現実に戻ることはできなかった。
「現実世界に戻るために必要なのは、ゲームクリア。それ以外での現実世界帰還は、システム管理者である私が認めません」
「なんだとっ!?」
鈴が歯をぎりぎりと鳴らして、唐草教師を睨む。
現実世界に帰れないだと? ふざけるな。言ってやれ! 鈴!
「まさかタカトシがこの中にいるのか!?」
「誰が、このゲームをクリアするまでお家に帰れま10、だ!」
「……居ないのか? 貴様……、二番煎じか! パクリか!」
「お前少し黙れ! 周りの状況を見ろ!」
「む?」
沸騰しきった頭で、鈴はあたりを見回す。これ以上にないほどまでに、注目されまくっていた。
「ごほん! ただ、だらだらとゲームクリアを目指してもらっては、こちらの意に添いません。ですので、期間を設けます。それが過ぎると、世界の終末と言う名の裁きが――」
「なんですって!?」
「ど、どうした。サミー」
興味無さげに髪をいじくっていたサミーが、急に反応する。その瞳は、さっきの鈴と同様に、熱いなにかを秘めている。
「ローマの休日みたいに言わないでよ!」
「誰が、世界の週末だ!」
「テレッテッテーレテーレレ、テーレー♪」
「それは世界の車窓のテーマミュージックだ!」
「3の倍数の時だけなんとかかんとか。いち、に、さぁん!」
「うろ覚えのくせに、勢いだけでいこうとすなや! しかも古いわ!」
世界しか合ってねえよ!
世界しか合ってねえよ!
上手くともなんともねえよ!
「もうよい」
唐草マントを翻して、唐草教師は空間に溶け込むように消え去った。
「はぶてちゃったよ! はぶてて帰っちゃったよ!」
その日、僕たちは――このゲームの中に閉じ込められた。




