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折衝

「それで、どうするの?」


 メールの返信も早かったが、この憩いの広場の噴水前まで来るのも異常に早かったセレスと、早速会議を始めている。


「交渉する。セレスは竜兄弟の見えないところにいてくれればいい。必要になったら呼ぶから」


「わたしが最初から行けば早いんじゃない?」


「確かにそうだけど」


 こいつの基本戦法は脅しだからな……。

 セレスが脅してアイテムを返してもらえるのならば僕としても文句はないのだが、出来れば帝国騎士団にもセレスにも恨みを買わせたくない。いろいろ迷惑をかけたからな。


「とにかく最初は僕にやらせてくれ。それで駄目なようならセレスの出番だ」


 そう、と軽く頷いたのを確認して、僕たちは竜兄弟の所へと歩き出す。

 竜兄弟の居場所は帝国騎士団が突き止めてくれていた。それは商会からの情報なのか、それとも帝国騎士団が独自に探し当てたのか、見当もつかないが、やはりあのギルドマスターのふたりには迷惑をかけた。


「それはそうとカク、あなた酒barで誰にもまともに相手にしてもらえなかったのに、竜兄弟とまともに交渉できるの?」


「え……?」


「言っておくけど、竜兄弟はデッドロックよりも強いし横柄よ」


 ……意外な盲点だった。

 交渉は出来る。切り札もある。だけどそれ以前の問題だった。

 向こうが取り合ってくれない場合はどうすればいいんだろうか。

 そんな僕を見て、セレスがおかしなものでも見たかのように笑う。


「ああいうのは下手に出ると調子づくから、常に上からの目線で喋ったほうがいいと思う。そうすれば、向こうはカクのことを自分と同等だと勘違いするから」


 自分と同等だと勘違い……?

 いや、まあいい。今はセレスの一言多い語り口調についての考察はすべきじゃない。むしろこのアドバイスを有難く頂こう。

 なにしろセレスは、いままで帝国騎士団の団員として犯罪行為を取り締まっていたのだ。ああいった手合いの相手は彼女の得意とするところだろう。


「それはそうと、やけに早かったな」


「なにが?」


「うん、メールの返信とか。憩いの広場に集合、とか」


 僕が彼女に送ったメールの内容は、奪われたアイテムを取り戻したいので協力してくれ、というものだった。僕としては、そこから2,3回メールのやり取りをしてから、理解してもらったうえで会いたかったのだが、彼女はその内容を見ただけで大体の事情は察したらしく、集合場所を定めただけだった。


「わたしもね」


 と、歩きながらだが、少しだけ俯いて恥ずかしそうに話しはじめる。


「メールを送ろうと思ってたの。亜妃さんとかあなたのところのギルドマスターが言っていたこと――カクは被害者だって。でも、わたしはやっぱり、わたしとカク二人の責任だと思ったから、だから二人で責任を取りたかっただけ。それだけ」


 それは、わたしにも問題はあったけど、あなたにも問題があったのよ、と。そういうことを言っているのだろう。


「そうか、ありがとうな」


「いや、お礼を言われる筋合いはないけど」


「…………」


 彼女は僕とは違った意識を持って、二人でアイテムを取り返そうと言った。僕は彼女、つまりセレスティアが必要だったから二人で行こうと言ったのに対して、セレスは二人で責任を果たそう、そういう意味合いを持って僕と一緒にいるのだ。

 つまりセレスは、僕のためを思って言ってくれたに等しい。

 だけど、お礼を言うのは筋違いだ。なにしろまだ、なにひとつ責任を果たせていないのだから。

 だから、お礼を言う筋合いはあっても、お礼を言うのは筋違いなのだ。

 そんなことを思っていると。


「こっちこっち」


 そう言いながらセレスが手招きしている。そのまま物陰に隠れて、彼女の視線を追うと、そこには二匹の爬虫類の姿があった。


「あ、竜兄弟」


 路地裏、石畳の上に不良のような座り方をして、通りすがりの人たちに睨みをきかせている。いまは初心者狩りをする気は無いのか、壁に寄り掛かってふたりで何やら駄弁っていた。


「…………」


 改めて目にすると、けっこう迫力があるというかなんというか、やはりあいつらにPKされかけたという精神的な恐怖はある。やっぱりセレスにも一緒に来てもらおうか……。


「カク、頑張って!」


 ガッツポーズで応援されてしまった。なぜか期待に満ち満ちた目をしている。というか、面白がっているような目だ。さしずめ、僕一人でどこまで出来るのか、というのを楽しんでいるのだろう。そしてそのキラキラ光る視線に耐えられず、ふらふらと物陰から出て、竜兄弟の方へと歩み始める。

 上からの目線を意識して、しかし相手に不快感を与えないような、そんな微妙な口調が要求される。下手に出ていればすんでいた現実世界とは、また違った世渡りが必要なのだ。


「よう」


 言った。言ってやった、が。

 二文字しか口にしていないのに、少し声が震えていたような気がした。


 二人の爬虫類が同時に顔を上げる。そして少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに面倒くさそうな顔になる。おそらく、街の中ではPKできないから近づいて来たのだろう、と思われているのだ。しかしそれを無視して、竜士、つまり青い方の爬虫類に話しかける。


「僕から奪ったアイテムを返してくれ」


 見下して、見下ろして僕はそう言った。


「アイテムを返して欲しいのなら、戦って奪い返せばいいのではないですか?」


「戦って奪い返す……?」


 くくっと笑って、同じように言い返す。


「なにか、面白かったですか?」


 竜士が苛立たしげな表情を浮かべる。

 やはり交渉の相手を、喋り方の丁寧な竜士に選んで正解だった。赤い方、つまり白竜は喋り方が汚く、交渉には適さないと思ったからだ。イラつけば大声を出して、交渉は遅々として進まなかっただろう。しかし竜士は、丁寧な喋り方を意識して、理知的な人間を装っている。頭が良いのかどうかは知らないが、頭の良さそうな人間の方が、馬鹿よりはマシだ。


「いや、そもそもお前ら、なにも疑問に思わなかったのか? 初期装備のヒーラーがそんなアイテムを持っていることを。ツンケン剣なんて、僕には装備できないじゃないか」


 ツンケン剣は装備出来ないし、ペッソペに至っては装備出来るが、装備する意味が無い。レベル1の僕よりも弱い敵なんていないから。


「じゃあ、きみはこのアイテムをどこで手に入れたんですか?」


 疑問に思っている。そしてそれが不安にもなっている。

 ツンケン剣とペッソペは、このゲーム内に置いて似たような効果を持つアイテムは多数存在するが、レア度がもっとも高いランクなのだ。カラクサから直接贈られた、非売品であり、合成などでも作ることが出来ない、完全オリジナルの装備品。


 僕は白竜に、初めて声をかけた。


「お前はアイテムのレア度とか、見ないのか?」


「あ? そんなん見ても使えないもんは使えない。売れないもんは売れない」


「確かに、な」


 竜兄弟にとってツンケン剣は攻撃力の低い剣でしかないわけだし、ペッソペも役に立たないアイテムという位置づけだったのだろう。そして、それが大した値段で売れない、というのも想像の範疇だったのだろう。それはそうだ、このアイテムはカラクサがデッドロック用に用意したものなのだから。他のプレイヤーからすれば、しょぼいアイテムでしか無い。

 レア度が異様に高い、という点を除いては。


「話を戻すけど」


 言って僕は竜士に向き直る。


「このアイテムは僕が一時的に預かっていたものなんだ」


「誰から」


 竜士が低い声で、間髪入れずに合いの手を入れる。


「帝国騎士団から」


「…………」


 白竜は驚いた顔をしていたが、しかし竜士は口を紡いだだけだった。予測は出来たことだ。帝国騎士団から、というよりも、ビッグプレイヤーから預かったものなのだと、そういう予測はたつ。

 僕は何かを我慢しているような竜士に畳みかけるように言う。


「実はな、正確に言うと、帝国騎士団が預かるはずだったものを、僕が預かっていただけなんだ。つまりさ、僕はあの転移石だっけ? それで帝国騎士団本部に行こうと思っていたってわけ」


「信用できません」


「はは」


 そんな顔をして――額から脂汗をかいたそんな顔で――言われても。


「信用できなくても聞いてくれ。それらのアイテムは、帝国騎士団が帝国騎士団の名において預かっていたものだ。まあ、それを奪われた僕は極刑ものだけど、それを奪ったプレイヤーも僕と同等の罪があるね」


 そんなものはないけど、と心の中で言い訳をする。


「だから返してくれ。今ならまだ間に合う」


「間に合う?」


「ああ」


 僕は迷いなくそう首肯して、腰を屈めて竜士と同じ高さの目線になる。


「今日中に返してくれれば――もちろん問題がまったくないという訳じゃないけど、今回の件で竜兄弟に迷惑がかかるようなことはない」


「問題が、あるのか……?」


 竜士は丁寧口調を忘れて僕に問う。それに対して、僕は軽く笑った。


「今回の件で帝国騎士団が腹を立てているのは僕に対してだけだ。だから今アイテムを返してくれれば、僕と帝国騎士団での問題でしかない」


 アイテムを奪われてしまった責任は僕にあり、その罰を与えるのは帝国騎士団である、と。そう言った。


「…………」


「でもお前たちに罪が無いのかと言ったらそうではなく、そしてその罰を受ける必要がもしあるとするのならば、それは僕が与えるべき罰だ。わかるだろう?」


 でも――そう言って立ち上がり、一歩下がる。


「僕にそんな力は無いし権利も無い。資格はあるけどな。だから今回の件は貸しとく」



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