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巷の噂

「噂が流れているのです」


 大団長さまは、深刻な表情になる。しかしサミーはそんなことは知らないと言わんばかりに――、


「うわさ?」


 と、さもつまらなそうに続きを求める。

 苛立ちや大団長さまに対する嫌悪感を隠そうともしない態度は、逆に清々しいものがあった。


「そうです。世界の終末というのはプレイヤー全員を強制的にゲームオーバーにするということであり、そして世界の終末までの期間はちょうど1年間。つまり1年後の正午に世界の終末が訪れる、ということです」


「ゲームオーバーというのは何なのかしら?」


「それについては分かっていません。このゲームはHPが0になると強制的に街に戻される、というシステムを取っていて、そもそもゲームオーバーというものがないのです。だから今現在、騎士団の動ける人材をすべて情報収集に当たらせているのです」


「情報収集って……、どうせ街で聞くくらいしかできないんでしょ? そんなのなんの意味があるって言うのよ」


「いや……」


 それは違う、と僕はサミーを遮る。


「今日の正午にカラクサの宣言があって、それからまだ6時間程度しか経っていないのに、こんなに詳細な噂が流れるのはおかしい」


「だからデマなんでしょう?」


「逆だろ。カラクサ自身が言いそびれたことを、噂として流しているって考えるのが普通だ」


 そうだ――カラクサは、意に添わない、と言っていた。

 だらだらとゲームクリアを目指してもらっては、こちらの意に添わない。

 意――つまりこの状況には意味がある。

 そして話の流れから言うと、カラクサは世界の終末の内容も期間も、あそこで言うべきことだったとも推測される。


「いずれにしろ、火のないところに煙はたたない。この噂は徹底的に調べるべきだ」


「だとしても、それが本当だという証拠はなにもないのよ。もし本当にデマだったらぜんぶ無駄じゃないの」


「いや、それこそ調べる必要が出てくるだろ。こんな状況でそのデマは、いささか悪ふざけが過ぎる。犯人捜しをしないと」


 今まで不遜な態度をとっていたサミーは一転して腕を組み、なるほど、と唸っている。


「ようするに――プレイヤー全員に目を瞑ってもらって、犯人には挙手してもらうってこと?」


「ちがうだろ!」


 なんで帰りの会の形式で進めようとするんだ!

 ……そんなことよりも。


「その気概は認めるけど、道徳をしている場合じゃないんだ、サミー」


「いえ、道徳の授業でこのことを議題にする気はないわ。帰りの会で十分よ。それで足りないようならば、放課後を使えばいいわ」


「なにを言っているのかわからないぞ!」


 とくかく、と。僕はサミーの方に体を向ける。


「デマだろうがマジだろうが、すぐにこの噂を調べる必要がある。時間が経てば経つほど、噂は尾ひれをつけて、広がっていくからな。犯人、もとい噂の発生源の特定が難しくなる」


 そういうことなのだろう? と、大団長さまの方を見る。


「理解が早くて助かります。そしてあなたたち、ジャスティスブレイカーに情報収集を手伝って頂きたいと思っているのです」


「責任をとって手伝えって言いたいの?」


 サミーはいつの間にか、さきの鋭い視線を大団長さまに向けていた。


「どういうことです?」


「私達に罪悪感を芽生えさせて、あなたの仕事を手伝わせるように仕向けているってことが言いたいのよ。やり口が汚いわ」


「…………」


「そんな卑怯なことをするよりも、普通にお願いするっていう考え方はないのかしら」


「よせ、サミー」


 さすがに聞いていられなくなって口を挟む。


「僕たちの行動に問題があったのは事実だし、このゲームに閉じ込められているプレイヤーならば、噂についての情報収集は率先して協力すべきだ」


 率先して協力すべき――これはすでに後手に回っている。本来ならば帝国騎士団のように、率先して情報収集をするべきだったのだが。

 しかしこの混乱している状況に置いて、協力を求めることのできるプレイヤーは、そう多くないだろう。大団長さまも、今現在動ける人材を情報収集にあたらせている、と言っていた。騎士団内でも、動けないプレイヤーがいることを示唆している。

 そこで、カラクサにちょっかいを出した僕たちである。多少、精神的に参っていても、罪悪感を覚えさせれば嫌でも体は動く。そして誰よりも懸命に噂の発生源を追い求めるだろう。

 そういったことを全て総合して――結局僕たちに協力を求めるのが、一番楽だったのだ。

 ……まあ、そんなところまで深く考えていたのかは不明だが。

 感覚的に分かってしまうようなことだ。


「サミーの言ってることは理解できるが、僕の言ってることも理解できるだろ?」


「別に……」


 僕の問いにサミーは、ふと視線を逸らし、いじけたように言う。


「別にやらないなんて言ってないわ。ただ――ちょっとだけムカついただけよ」


 それを聞いた僕はなんども頷いた。

 これでようやくジャスティスブレイカーの意思は統一されたわけだ。


「話はまとまったようですね。鈴も、それでいいですか?」


「……………」


 鈴は何も答えない。というか、テーブルに突っ伏したまま動かない。やけに静かだと思ったら、僕たちの話なんてまるで聞いていなかったようだ。


「私――これ知ってるわ」


 サミーは突っ伏したまま動かない鈴を見下ろして、どこか懐かしい目をしながら言う。


「確か、休憩時間などにやることがなくて寝たふりをしている生徒、よね」


「鈴ってぼっちだったのか!?」


「帰りの会でも一度、議題として取り上げられたのよ。『せんせい、福木さんが休憩中にいつも寝ていて、クラスに馴染もうとしません』って」


「馴染もうとしないんじゃなくて、馴染めないんだ!」


 しかも福木さんって。久しぶりに聞いたぞ、鈴の本名――福木鈴。ゲーム内での名義でしかないんだろうけど、普通名字まで考えるだろうか。


「だから先生も困って、休憩中に寝てはいけませんっていうルールを制定したのよ」


「鈴はどうすればいいんだ! ぼっちの鈴は休憩時間中どうすればいいんだ!」


 その時――鈴ががばっと起き上がる。


「大きな声でぼっちぼっち言うな!」


 そしてなぜか僕の方に顔を向けて、けっこうリアルな感じに怒っている。しかも涙目。そして体を反転させて、


「もうわたしは帰る! お前ら好きにしろ!」


 ふんふんと怒りを撒き散らしながら、この部屋から出て行ってしまった。


 それを唖然と見つめる僕とサミーと大団長さま。

 数秒の完全な沈黙ののち、思い出したようにサミーがつぶやく。


「ぼっちってキレると怖いのね……」


「いや、もうそのネタで鈴をイジるのはやめた方が良いと思う」


 そもそも鈴は、どちらかというとイジるのを得意としているタイプだと思うのだ。そして――しかしそういった人間の多くは、イジられると憤慨してしまうことが多い。わりと繊細なのだ。


 やれやれと、サミーはイスから立ち上がり、座っていた僕の後ろに回り込んで、耳打ちする。


「私はマスターを追うわ。あとのことはカクひとりでなんとかしてちょうだいね」


 そう言って、手をひらひらさせて部屋から出て行くサミー。そして残されたのは、僕と大団長さまと極めて微妙な空気。


「……………」


 大団長さまの発言が思い起こされる。

『話はまとまったようですね』

 話がまとまった途端に、解散である。

 でもまあ、こうなってしまっては仕方が無い。そう思い、僕は大団長さまに頭を下げた。


「……ということで、よろしくお願いします」


 ブチィ!


 あ……、大団長さま……。


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