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No.3-5 謎の少女

──



「リヒト! 右の二列目! 椅子の陰に、鉄砲持ちおるで!」


 声に弾かれて身を伏せたリヒトの、今まで立っていた場所を、数発の弾が抉っていった。

 短剣を構え直したところで、天井から、どたどたと慌ただしい足音が降ってくる。


「──ッチ、上から、足音が聞こえる!!!」


 大方、後方車両の人質を奪い返すつもりか。

 リヒトは、車内の窓を割ると、そこに素早く身を滑り込ませた。


「俺は上行く!!こっち任せた!!」

「まっかされた!!」


 窓枠を蹴って、リヒトの体が車両の外へ消える。

 その隙を、敵が見逃すはずもない。

 残った男たちが、ヤブに一斉に襲いかかってきた。


「片割れが逃げやがった!」

「先にこのチビ医者から血祭りにあげてやらぁ!」


 人と人の隙間を縫うように身を低くして、銃を握る男の懐へ滑り込む。

 相手が引き金を絞るより早く、その肩口へ麻酔弾を撃ち込んだ。


「はいはい、怒らんと。おやすみ」


 糸が切れたように、男の膝から力が抜ける。

 崩れ落ちていくその体を踏み越えて、ヤブは次の一歩を踏み出した。

 空になった弾倉を指で弾き出し、ポケットから新しいものを抜いて、手早く込め直す。


「てめぇらは! 何も知らねぇくせに! 大人しく死ね!!!」


 逆上した男が、手当たり次第に物を投げつけてくる。

 飛んでくる軌道を見切って、すいと身を引いた。

 空を切った瓶が、背後の壁で砕け散る。


「誰かを勝手に傷つけてええ理由なんて、知りたくもないわ。あほ」


 最後の一人へ、ヤブは軽やかに駆け出して、一息に間合いを詰めた。

 言いざま、泳いだ男の懐へ踏み込み、首筋へ麻酔弾を撃ち込む。


「がぁ、ッ…!」


 膝から力が抜けた男が、どさりと床へ沈む。


「ふー……これで、終了」


 客室車両の強盗を、すべて沈めた。

 張り詰めていた空気が、ふっと緩む。

 倒れた男たちの呻きも止んで、あとは車輪の音だけが、規則正しく床を震わせていた。


 その時だった。


 もぞり。


 座席の向こうで、何かが動いた。

 止みかけていた気配が、ひとつ。

 ヤブの体が、音もなくそちらへ向く。銃口が、影を追って持ち上がった。


「──っ」


 だが、引き金にかけた指は、動かなかった。


「……女の子?」


 座席と座席の隙間。壁に背を押しつけるようにして、小さな影が膝を抱えていた。

 俯いた顔に、ほつれた赤い前髪がかかっていた。

 ヤブ声を掛けると、その子は重たげに目線だけを持ち上げた。


「ひょっとして、迷子か?」


「……」


 返事はない。

 強盗列車に、女の子がひとりきり。

 迷子か、人質か。どちらにせよ、こんな場所に置いておけるはずもない。


「もう大丈夫やで。後ろの車両に行けば、他の乗客もおるから」


 怖がらせないよう、声の調子を、できるだけ柔らかく落として、ヤブは手を差し伸べた。

 だが女の子は、その手も声も素通りして、勝手に立ち上がる。

 そのまま、後方車両のほうへ歩き出した。


「あれ?」


 その指先が、目に留まる。


「──指、怪我しとるよ?」


「……?」


「ほら。どっかで切ったんか?」


 女の子の小さな右手。その人差し指の先が、ぱっくりと割れて、血が滲んでいた。


「こう見えても、俺は医者なんよ」


 指先に、ヤブが絆創膏を巻きつけていく。

 手当てされるあいだ、女の子は、抵抗も身じろぎもしなかった。

 ただ、自分の指に巻かれていくそれを、不思議そうに眺めている。


「あ、そうや。これもどうぞ!」


 もう片方のポケットを探った指が、丸く硬いものを抓み出す。


「お、最後の一つ。お嬢ちゃんラッキーやね」


 差し出した手のひらから、女の子の手のひらへ、飴がひとつ転がり落ちた。


「───ヤブさん! 無事か!?」


 すると、リヒトの声が飛び込んできた。

 上の連中は、もう片づけたらしい。

 車両からヤブが一向に出てこない。それを訝しんで、声を上げたのだろう。


「あ、やべ──無事や! 今行く!!!」


 ヤブは扉へと駆け出した。


「もう怪我したらあかんよ! お大事にな!」


 振り向きながら手を振って、白衣の裾が、扉の陰へ滑り込むと、その背中は見えなくなった。

 女の子はその場で、ぽつんと立ち尽くす。


「…」


 そして、ほとんど吐息に紛れそうな、声が落ちた。


「……へんな人」


 女の子は、そっと右手を持ち上げる。

 不格好に巻かれた絆創膏と、握りしめたままの飴を、じっと見つめていた。



*.



「おせーよ。くたばったかと思ったぜ」


 車両を出てきたヤブに、声を投げる。

 ずいぶん手間取っていたが、見たところ怪我はないらしい。


「いやぁ、すまんすまん」


 車両と車両を繋ぐ、狭い連結部。

 風と車輪の音が、足元から絶え間なく吹き上げてくる。

 次の車両へ続く扉は、目の前で固く閉ざされていた。


「……なぁ、リヒト」


 いつもの軽さを引っ込めて、ヤブが扉の一点を見据える。


「あぁ。お前も気づいたか」


 言われるまでもない。

 閉ざされた扉の向こうから、何かの鳴き声が漏れ出してきている。


 よどんだ、生ぬるい気配。

 そして、その底に混じる、奇妙な匂い。


「なんか……変な感じが、する──」

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