第22話 あり得ないことを経て
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……改めて確認するまでもないけれど。ライオネルナイツの一番の売りは、主への忠誠心。まさにセドリックさまの右腕となって、戦場を駆ける存在だ。
だから主が不在であれば当然力を発揮しづらくなるし、例えば大義のない侵略で、セドリックさまがあまり乗り気ではなかったりすると、心中を慮ったライオネルナイツもまた、剣が鈍ったりすることがあるらしい。
言わばセドリックさまの意思や戦意といったものが、部隊の振る舞いや戦闘力と密接に関わってくる……のだとか。
そう、これこそがレジスタンス討伐ではなく、あえて賊討伐を掲げた理由の一つ。
レジスタンスの構成員は市民や、あるいは旧ブランシャールの兵士。お優しいセドリックさまは、葛藤を抱えながら対峙しなければならない。
けれど、賊であれば……むしろセドリックさまだからこそためらいもなく、非情かつ苛烈に対応が出来る。
つまり――ライオネルナイツも、その真価を十全に発揮しうる、というわけで。
「――此度の戦は、無辜の民を屠るでもなく、大義なき戦いでもない! 思う存分才気を示し、そのことごとくを……粉砕せよっ!!!!!」
そのかけ声とともに、賊たちへ突進していくライオネルナイツ。
すぐに上がるは、聞くに堪えぬ断末魔。剣戟挟んで、また断末魔。
一人一人がまさに一騎当千、鬼神が如き無双。まるで赤子の手をひねるよう。
賊たちは逃亡する暇すら与えられず、仕舞いにはただ呆然と切られるのを待つばかりですらあったらしい。
ただ、それでも山城は未だ雨上がりでぬかるんでもいる。つまり彼らが獅子奮迅の活躍を見せるには、当然手助けも必要不可欠だった。
「――第三部隊、すぐに藁と砂利を敷き詰めろ! 工兵、急げ!」
そう、そんな日陰の仕事を引き受けたのが、ルブランドルだった。
元々が地下組織であり、戦闘よりも工作などの方が得意でもあったからこそ、騎馬が戦いやすいよう戦場を整えたり、横やりを突かれないよう脇を固めたりと、彼らはいぶし銀な活躍を見せていたらしい。
もちろんそうするよう、事前に言い含めてはおいたのだけれど……ここまで見事に采配がハマるとは思わなかった。
――練度の高い帝国側の歩兵部隊が、先陣を切って突っ込み。
そして広げた陣地を固めながら、ルブランドルが第二波を担う。
そしてお膳立てが完了した後は、ライオネルナイツが濁流となって、全てをなぎ倒していく。
侵略した側と、された側。そんないがみ合うべき両者が、一時的とは言え手を組むという、そんなあり得ないことを経て。
賊たちはほぼ全てが討ち取られ、かつ連合部隊の損害はごくわずかに留まるという、まさにこれ以上ない結果となり――。
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……そして私はそれを、現地にて馬上から眺めたわけではなく。
アンティーヌの客間に置かれたベッドの中で、ただ静かに聞かされていた。
脇には顛末を語ったばかりのクロード。そして戦の後だというのに、身ぎれいなままのセドリックさまがいる。
もちろんここに、ええと……ファゴール? とかいう例の男はいない。戦闘終了後、挨拶も何もなく部隊を引き連れ、去って行ってしまった、とのこと。
「ケホッ、コホッコホッ!」
「大丈夫か、マドレーヌ」
「……だ、大丈夫です、ズビビッ」
盛大に鼻をすすりながら、かすれ声で応じる。
……完全にやられた。それもかなりこっぴどく。曲がりなりにもブランシャール王女だったというのにこの体たらく……穴があったら入りたい。
とはいえ、今ここにそれを知るものはいない。それに連戦の疲れを癒やすべく、しばらくこの街に逗留するとの事なので、しばらくはいたいけな病人として、おとなしくしておこうと思う。
と、そんな事をぼんやりかんがえながら、私が弱々しく鼻をかむ様を、寄せた椅子に座ったセドリックさまは心配そうに、そして後ろで立つクロードも柔らかなあきれ顔で眺めていた。
「……セドリック様、無事にマドレーヌさんへのご報告も済みました。このまま居続けても体に障るでしょうし、ひとまず安静にさせませんか?」
「ああ、そうだな。……しばらく一人にするが、大丈夫か? もし不安なら、誰かを付けてはおくが」
「あっ、いえ……コホッ、大丈夫です」
「そうか。自室ではないし、気が休まらないだろうが、ひとまずゆっくりと休んでくれ。……ああ、もし部屋が落ち着かないのであれば、替わりの部屋を用意させ……」
「セドリック様……マドレーヌさんは、大丈夫と言っているのです。心配なのは分かりますが、これ以上やればしつこいだけですよ」
「……そうだな」
珍しくクロードから呆れ混じりにたしなめられ、セドリックさまは苦笑を返しながら、ゆっくりと立ち上がる。
「お気遣い、ありがとうございます。……早く、治します」
ふわりと微笑みながらそう返せば、セドリックさまはようやく少し安心した笑みを浮かべ、クロードと共に部屋を後にしていったのだった。
そうして一人客間に残された私は、咳をまた一つ挟んでから、その表情筋をストンと落とす。
――紆余曲折あったものの、セドリックさまは何とか当初の目的を果たす事が出来た。
すなわち、この地方にいた賊たちを一網打尽にすることが出来た。侵略したという事実は消えないけれど、これで多少なり住民感情は上向くはず。そしてライオネルナイツが手元にある理由を、内外にも示せた。
もちろん損害がゼロではなかったにせよ、危機的状況に見舞われながらのこの結果は、もはや最良といっても過言ではないと思う。
これなら……私が影ながら骨を折り、リスクを背負った甲斐もあるというもの。
当初は、ダミアンの計画から逃れるために、付いていっただけだったけれど。
結果だけ見れば、付いていって本当に正解だった。
……そう、これでいい。私は私に出来る事をしよう。
そうして影ながら、セドリックさまの補佐をし続けていこう。
きっとその先に、誰しもが望む未来があるはずだから。
「何とかリュカと連絡を取って、彼の処遇を決めて……あと、救出は不要だと、改めて伝えておかないと……コホッ」
やらなければならない事をそらんじながら、ふと窓の外を眺める。
――ブランシャールの雨上がりの空は、青く澄み渡っていた。
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「……どう、思われますか?」
客間を後にしてすぐ。
従者クロードは、レステンクール公爵セドリックに対し、雑な問いを投げかけていた。
「どう、とは?」
「マドレーヌさんの事です。やはり彼女は、明らかに普通ではありません」
深刻にそう言い放つクロードに対し、セドリックは静かに佇んだまま。
「あのライオネルナイツに叱咤激励を飛ばし、そして十全に指揮しただけでなく。突如現れた謎の部隊を言いくるめ、味方につけてもしまいました」
「そうだな」
「聞き取った中には、まるで高貴な身分の誰かが、彼女に憑依したかのようだった、という証言まであったほどです」
「言いたいことは分かる。……が、それがいったい、どうしたんだ?」
そうあっけらかんと告げたセドリックに、クロードは思わず食って掛かる。
「問題だらけではありませんか!」
「では言葉を換えよう。彼女の行動が、我々に何か不利益を及ぼしたことがあるか?」
「っ……」
「自ら率先して書類仕事を手伝い、助言をし。そして此度はライオネルナイツを、つまり私自身を救っても見せた。……何か、問題はあったか?」
「……」
押し黙るクロード。セドリックは真面目な表情のまま続けていく。
「彼女に秘密があることは、出会った時から分かってはいたこと。いまさら蒸し返す話でもない。むしろ私は……今回の件で、より一層信頼出来ると判断したくらいだ」
「な、何故です?」
「良いか、クロード。マドレーヌは今回、ただ黙っておとなしくもしていられたはずだ。もちろん我々は相当な痛手を負っただろうし、最悪の結果になった可能性もあるが、居候の彼女には本来関係のないこと。元々この国の出身なのだから、万が一の時はこの街に保護を求めれば良いだけだ。そんな事、聡明な彼女にはすぐに考えがついたはず」
「……」
「では、彼女は何故、それでもあえて秘密を口にし、その命まで賭けたんだ? それを最大級の献身と呼ばずして、いったい何と呼べば良い?」
「……。それでも、何か裏があるはずです。あんな背丈の小さな子供が、それほど聡明であることが、そもそも不自然すぎませんか?」
今度は、セドリックが口を閉ざす番だった。
……もちろんそれは、セドリックも常日頃から疑問に思ってはいたことだったからだ。
ただそれでも。セドリックは鼻息を一つ漏らし、遠くを見つめながら答える。
「分かっている。だが……出来ればそれは然るべき時に、自らの口で語って貰おうと思っている」
「宝剣で悪意だけは分かるから、焦って吐かせに行かずとも良い、ということでしょうか?」
「いや。単純に――彼女の事を、信じているからだ」
「……。…………」
「……なんだ、その目は」
「いえ。……実は我が主は、幼女趣味の気があるのでは、と」
「っ、な、何を言い出すんだいきなり……!!」
セドリックが珍しく、うろたえた表情を見せる。
長年の付き合いでもあまり見たことがなかったそんな様を前に、クロードは密かに嗜虐心を膨らませていく。
「いえ、見合いも最近はほとんど門前払いしていますし、ひょっとしたらと思いまして。それに彼女はどうやら、想い人の姿にうり二つとのこと。歳不相応に聡明でもありますから、懸想する気持ちも分からなくはありません。とは言え……出来れば、表沙汰にはしないようお願いします。同類と思われたくありませんし」
「っ……あくまで、幼い頃の姿、だ! この年齢にもなって、当時と同じ心中でいるわけがないだろう!?」
「ええ、もちろん分かっておりますよ、もちろん」
「~~っ……」
ついには声にならない声を上げたセドリックは、顔を赤らめながら腕を薙ぎ、強引に会話を断ち切った。
「彼女の事はもういい! ……それより、この地方の賊の根絶は確認出来たのか!?」
「ふふっ……現在、確認中です。また合わせて、謎の部隊の消息と、その特定も進めております」
「ならよし。だが、優先すべきは賊の方だ。部隊の消耗が激しい以上、用が済んでいるのなら、すぐにでも本国に帰りたいからな」
「ええ、承知しております。一両日中にはご報告出来るかと」
「そうか。……その頃には、マドレーヌの容態も良くなっていると良いがな」
「自分から話を切っておいて、また彼女の話ですか?」
「……。いい加減にしないと、本当に……」
「ああ、これは失礼しました。では私は、報告を聞いて回らないといけませんので」
そうしてそそくさとその場を後にするクロードに、怒るとも引き留めるとも出来ず、セドリックは思わず立ち尽くす。
そして火照った顔を片手で覆い、ため息と共に目をそらした。
「……」
黙りこくったわけは、自分が彼女を必要以上に気に掛けていることに、今更ながら気づかされたからだ。
……確かに、純粋な恋心を抱いているわけではない。もちろん親心でもない。
では自分は、彼女をいったいどう捉え、どう接しようとしているのだろうか……。
――その自問にセドリック自らが答えを出すのは、まだ先の事である。
一方で、離れていったクロードもまた、額に手を当て思考に更けっていく。
……そう、彼は彼でまた、どうやってマドレーヌの正体を突き止めようか、性懲りもせず考え始めていたのだった。
「……確かに彼女は、我々に害を成そうとはしていないかも知れません。ただ、たとえば帝国本城が寄越したスパイであれば、帝国の戦力低下を懸念し、我々の手助けに走ってもおかしくない。あるいは……」
クロードは人知れず、ぶつくさと思考を口に出してゆく。
「……彼女が持つという品物に、何かしらカラクリがあって。たとえば、亡きブランシャール王家のものを一時的に喚び、体を貸すことが出来たり……。セドリック様の宝剣のように、各国に伝わる秘匿や秘宝レベルの代物であれば、あり得ない話でも……」
と、そこで、ふと足を止めるクロード。
「……。そういえば一度だけ、彼女が不審な命令を下していましたね。確か……山奥の鍾乳洞、でしたか」
おもむろに、アンティーヌの背後にそびえ立つ山々に目を向ける。
「せっかくこうして、現地にいるわけですし。……多少なり、調べさせてみても良いかも知れませんね……」
そんな独り言は誰の耳にも届くことなく、ふわりと溶けて消えてゆくのだった。
***
――その一方。レジスタンス『ルブランドル』を統括する本部でも、慌ただしい動きが見られていた。
「……プロヴィデンス地方に縁のある地主の息子という事で、大抜擢をしたのですが……まさか、ここまで愚かだったとは……」
幹部達がずらり並ぶテーブルの端で、滝のような汗をかきながらそう話す初老の男性。するとテーブルの対面、角に座っていた男が、おもむろに立ち上がる。
屈強なオーラを放つ男は、そのままつかつかと男性に近づいていきながら、腰に下げた大剣をすらりと抜いた。
「……おっ、お待ちくださいリュカ様、すぐにかの男を捕え、替わりのものを用意させます! ですから、今一度……ゅっ?!」
その言葉を言い終わる前に、大剣が鋭くなぎ払われ。そして男性の喉仏から、見るに堪えない血しぶきが上がってゆく。
「ひっ……」
「……っ」
引きつった声や、声にならない声が漏れ聞こえてくる中。
倒れ込んだ男性を見下ろす血みどろのリュカに対し、近くに座っていた幼き少女が、歳不相応の声色でもって声を掛ける。
「……躊躇の欠片もないですね」
「元々暗部にいた俺が、殺しに躊躇をするとでも?」
「そういう意味ではないです。命まで取るのは、流石にやり過ぎなのではないか、と言っているんです」
殺しの現場を見せられたというのに、遠慮の欠片もなくそう告げる少女に対し、リュカはため息交じりに告げた。
「仕方が無いだろう。規律が乱れに乱れている今、このような大失態を犯したものを放置しておけば、それこそ組織が崩壊しかねない」
「だからこそ、恐怖政治でもって押さえつける、と?」
「では、どうすれば良い? ルクレシア様不在のいま、今回みたいな独断専行を犯し、組織の壊滅を招く馬鹿を二度と出さないようにするには……いったいどうすれば良いんだ、『エトワール』」
鮮血に染まったリュカが、その顔をゆっくりと少女に向ける。
何も知らない少女であれば卒倒しかねないその姿を前に、エトワールと呼ばれた少女は全く物怖じせず、告げた。
「一刻も早く、ルクレシア様をお連れすれば良いのです。……そうでしょう?」
そうして、列席の幹部達を順繰りに眺めていくエトワール。
当然ながら、それが出来るなら話は簡単だろう、という表情を浮かべられるものの。それでもエトワールは、構うことなく続けていく。
「そもそも報告を聞く限り、ルクレシア様の行動は何やらおかしいです。レステンクール公爵に何かしら弱みを握られているか、心を支配されているか。もしくは絆されている可能性すらありえます」
「……本当か?」
「ええ。でなければ……祖国を滅ぼした急先鋒である、まさに憎き仇を、どうして身を挺し助けようとするのです?」
「……、……」
その言動に、血が滴る大剣を握りしめたリュカですら押し黙る中。エトワールはなおも静かに語ってゆく。
「ですから、私自ら確かめさせて下さい。何かしら問題があれば対処をしますし、説得が必要であれば、必ず説得をしてみせます」
「……。しかし、お前は……」
「ええ。隠密の心得どころか、武術すらたしなんだことはないです。でも……」
そこで一拍置いたエトワールは、そこにいる全員を見渡しながら、言い放つ。
「その出自だけは、絶対に辿れません。何故なら私もまた――例の秘薬を、飲んだ身ですから」
そうしてエトワールは、秘薬を飲んだ王女とほぼ同じ背格好を、誇らしげに誇示してみせた。
――そう。若返りの秘薬は、実は複数個存在していた。
そもそもが自然の生成物であり、人が制御して作ることが難しい薬だからこそ、ポーションにする際には必ず余剰分が出来てしまうのである。今回は不慮の事態に備え、それを予備として保管していたのだった。
そしてそれは高純度の魔力を有している代物であり、どこかに流して捨てたとしても露呈する危険がある為、用が済んだ後は誰かに飲ませて処理をする必要もあった。
だからこそ今回は、それを王女ルクレシアの一番身近な存在、かつ一番仲の良かった侍女『エトワール・ピノー』に飲ませることが、実は事前に決まっていた。
どんなことがあっても口を割らず、かつ落城のその瞬間まで王女のすぐ側にいられたことや、共に落ち延びられた後のことも考え、王女と第二の人生まで共にするに相応しい存在であるという、そんな点が考慮されての抜擢だったのだが……。蓋を開けてみれば、無事に逃げることが出来たのは、侍女のエトワールのみ。
肝心要のルクレシアが敵国奥深くに連れ去られた現状は、エトワールにとっては特に、歯がゆすぎる状況でもあったのである。
「……幼少期から常に、ルクレシア様の側にいたお前であれば……確かに、適任かも知れないな」
血を拭った大剣を音もなくしまい込みながら、リュカがそう漏らす。
エトワールはそれに、元々は豊満でもあった、平たい胸をこれでもかと張る。
「ええ。ルクレシア様のことは、誰よりも熟知しているので」
「……なら、頼んだ」
その端的な言葉に対し。
エトワールは返事の代わりに、大仰に一つ頷いて見せたのだった――
ここまでお付き合い下さりまして、誠にありがとうございました。
お陰様で予定していた第一部を、こうしてなんとか無事に書き終えることが出来ました。
特に評価をして下さった方や、ブックマークにて追って下さいました方。
本当に本当に励みになりました。本当にありがとうございました。本当に、ありがとうございました。
なお、お読み頂いた通り、この後も構想自体は存在します。
しかし別作品に取りかかる関係で、続きを書く予定がしばらくありませんので、ひとまずは完結設定をさせて頂きます。
続きに関してはどういった形になるか分かりませんが、モチベーションなどと相談しつつ、皆様から頂いた反応も鑑みて考えていこうと思っています。
引き続き、応援のほどよろしくお願い致します。
また私自身が割と無節操に色んなジャンルを書く関係で、近日公開の作品は全然畑が違ったものにはなっているのですが。
興味が湧きましたら、是非そちらもお付き合い下されば幸いです。




