第7話:千年の研磨、十八年の執着
かつて、我らの一族はこの地の正しき守護者であった。黄金色の稲穂を揺らし、民の感謝を糧に神域の玉座に座していた。だが、人の世の戦火は容赦なく祠を焼き、信仰を灰に変え、我らの名を忘却の彼方へと追いやった。
寄る辺を失った我らは、誇り高き霊体は名もなき「怪異」へと腐敗し始めていた。
我ら一族が個としての意識を保てるのは、おそらくあと千年。このまま滅べば、我らは理を失った悪鬼となり、土地を腐敗に引きずり込んで自滅する。それは死よりも耐え難い屈辱であった。
そこに流れ込んできた哀れな「落人」たち。飢えを待つ彼らに我らが授けた「蕎麦」の種は、慈悲ではない。我らが生き延びるための、壮大な「品種改良」の始まりだった。
千年の間、代々の村人に異界の霊気を吸った実を食らわせ、その血肉を、魂を、我らの毒に馴染むよう「加工」し続けてきた。すべては、究極の「苗床」を作るために。
25年前。ついに「時」が来たかに思われた。
現れたのは、紺色の衣を纏った少女、沙耶。あの日、神隠しのように連れ去った彼女は、どの「女」よりも私の毒に甘く馴染んだ。
一日は、赤子のように泣き伏した。
二日は、蜜のような気に悦し、私を受け入れた。
三日目――彼女の魂は私の気と溶け合い、千年前のあの少女の記憶を呼び覚まそうとしていた。私は確信した。彼女こそが、千年の渇きを癒やす唯一の完成品だと。
だが、運命は残酷だった。魂が完全に重なろうとしたその瞬間、彼女の肢体は急速に熱を失い、白き無機質へと変質し始めたのだ。
「……往かないでくれ! 行かせてなるものか!」
私は己の矜持も忘れ、なりふり構わず懇願した。石化していく彼女の頬を、手で何度も何度も撫で、溢れるほどの霊気を注ぎ込んだ。けれど、沙耶は恐怖に歪んだ顔のまま固まっていった。
あと一歩、彼女の心が「人間」を捨てきれていれば、彼女は私の伴侶となり、私は神として新生できたはずだった。
私は誓った。次は、決して失敗しないと。
石化した沙耶から放たれた「魂の残り香」が再び村の血筋へと戻るのを待ち、そして、花耶――お前が生まれた。
私はお前が物心つく前から、九月の天気雨が降るたびに行列を組み、お前の前に姿を現し続けた。
最初は、泥遊びをする稚児として。
次は、提灯を持つ少年として。
そして、お前の初恋を奪うような、凛々しき青年として。
すべてはお前の瞳に、私の姿を、この異界の風景を、「日常という名の、逃れられぬ運命」として焼き付けるためだ。沙耶の時のように突然連れ去れば、お前の心は恐怖に強張り、また石へと化してしまうだろう。
だから私は十八年という歳月をかけ、お前の魂から「拒絶」を一枚ずつ、丁寧に削ぎ落としてきたのだ。
お前が天気雨のたび、畑の隅で私を見つけて笑い、あの蕎麦の花を受け取ってくれた時、私の脳は歓喜で焼き切れるかと思った。お前の深淵は、すでに私の毒を蜜として受け入れる準備を整えていたのだから。
あの日、土石流でお前の帰る場所をすべて消し、この腕に収めたのは、熟しきった果実を収穫するようなものだった。
「……お前は、石にはならない。私が、十八年かけてそう造り替えたのだから」
もはや人間としての形を保つことすら忘れたような花耶の瞳を見つめ、私は深き、深き、勝利の口づけを落とした。




