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20,


裏庭から戻り、何も言うな何も聞くなという圧をかけながらヴィスと対峙した。

どうせまた話し合ったところで譲り合いになるのだからと、ベッドは交代制にすると一方的に決める。

ヴィスは不満げな顔をしていたが、これ以上素晴らしい妥協案もなかろう。



それからは宣言通り、交代でベッドを使うことになった。

ただ、ヴィスがソファで眠る日には「早く寝なさい」とチクチク小言を言われるようになってしまった。

しかも言葉通り「早く寝なさい」と、こんな時だけ丁寧語な上に、それはそれはいい笑顔で背後に立つのだ。

「分かった」と返事をするとすぐ離れるのだが、それでも言うことを聞かず作業に没頭していると、暫くして痺れを切らしたヴィスに寝室まで強制連行されるようになった。

椅子から抱え上げられてのだっこ連行である。

リンデンには度々起こるそれを呆れた表情で見られていた。

「だから、だっこはよさぬか!?」と抗議するも聞き入れてもらえず「早く寝るんだよ」と寝かし付けのように背中をトントンされるのだ。


吾輩、赤子ではないのだが!?


不服に思いながらもベッドに入る度、サシェから香るラベンダーに混じってヴィスの匂いを感じ、吾輩は大きく首を横に振ってから眠りに就く。

一人で過ごしていた時より、何故か布団が温かいように思うのは、きっと気のせいに違いない。

そんな夜を繰り返していた。




その日の山はいつもより騒がしい気がした。

ヴィスが来てから四週間が経つ頃、夏本番を前に雨の気配が近付いていた。

これまでにも、しとしとと軽い雨が降ることはあった。

だが、どうやら今日はいつもより大雨になりそうな気配がする。

山の天気は変わりやすい。

吾輩は雨に備えて、早めに準備をしておくことにした。


「エルミルシェ殿?どうかしたのかい?」


ソファに腰かけ、肩にリンデンを乗せながら薬草図鑑を読んでいたヴィスが、慌ただしくしていた吾輩に声をかけてきた。

先程朝食を摂ったばかりのヴィスは、現在お勉強タイムらしい。



ヴィスはここでの暮らしのルーティーンを決めたようで、朝食後に勉強、その後に庭で剣の訓練をするのが日課となっている。

昼食後は吾輩と共に調薬をしたり、薬学全般を学ぶ時間にしている。

それが終われば山を走りに行き、体を鍛えながら薬草や食材を採ってきて、夕食後は吾輩と話したりリンデンと遊んだりする。

そして、寝る前には室内トレーニングとストレッチをし、読書をしてから眠るようだ。

何にも縛られることのない山暮らしだというのに、実直なことだ。


「いつもより多く雨が降りそうな気がするのでな。

少しの雨であれば植物にとっての恵みになるが、土が泥濘(ぬかる)み崩れるほどは宜しくない。

裏庭の畑に雨の対策をしに行ってくる」

「そっか。

じゃあ今日は剣を振りに出ない方がいいかな」


ヴィスは吾輩の言葉で窓の外へと目を向けた。

今はまだ曇っている程度だが、外に出れば湿気の混じる雨の匂いが感じられるだろう。


「そうかもしれんな。

今日は家でゆっくりと過ごす方がよかろう。

では少し出てくるぞ」

「いってらっしゃい。気を付けてね」


当たり前のように「いってらっしゃい」と言われ、吾輩はそれに手を上げて返事をする。

こんな生活が訪れるなど、誰が予想出来ようか。

口の端が上がって仕方がないではないか。



天候とは真反対の心持ちで裏庭に着き、ヴィナルという水を弾く素材の布を畑に被せていく。

畑の四隅に杭で打ち込んで留め、強度を上げるため途中にも何ヶ所か杭を打っていく。

畑が大きいので布一枚では足りず、その作業を繰り返す。

背の高い植物はヴィナルで覆うことが出来ないので、支柱を立てていく。



そうして作業をしていると鳥の群れが移動しているのか、いくつもの羽音が山に響いた。

その内の一羽が一鳴きした声に、吾輩は勢いよく顔を上げる。

鋭い目をした鷹が木に留まり、こちらを見据(みす)えていた。


『侵入者あり』


耳の奥に響くような「ピィーー」という甲高い鷹の声はそう伝えてきた。

吾輩は作業を中断し、急いで片付けを始めた。


ヴィスを狙う者だろうか。

遂にこの山に登って来ようとは。

ギリッと奥歯を噛み締める吾輩の両肩に、色とりどりの小鳥が三羽留まる。

ピーチクパーチクと口々に鳴く言葉を拾ってみると、どうやらヴィスを狙っている者ではなく、ヴィスを探している者のようだ。

時折「〜〜様、いらっしゃいませんか!?」と言いながら山を登ってきているらしい。

小鳥達からその男の特徴を聞き、家に駆け戻った。



家に飛び込んで辺りを見回すも、ヴィスの姿はなかった。

窓から表の庭を見るが、そこに剣を振る姿はない。

雨が降る前にと、少しだけ山を走りに行ってしまったのだろうか。

敵ではなさそうだが、もしもその人間がヴィスの鉢合わせたくない相手だったなら――。

居ないのか!?と叫ぶため口を開いた瞬間、背後から物音がした。

振り返ると、書斎で本を選んでいたと思われるヴィスが、数冊の本を抱え立っていた。

リンデンは相変わらずヴィスの肩に乗りっぱなしで、一人と一匹は呑気な顔をして同じように首を傾げている。

人の気も知らないでシンクロするな。

緊迫感が薄れるではないか、と吾輩は脱力しそうになる。


「あれ?もう作業は終わったの?」


吾輩は詰めていた息を肺から吐き出し、己を落ち着かせるように深く息を吸って、また吐き出した。

ヴィスとリンデンは吾輩の様子がおかしいと気付いたのか、怪訝そうな顔をしている。


「作業はいい、後回しだ。

それよりも重要な話がある」


ヴィスをリビングの椅子に座らせ、吾輩はキッチンへと向かう。

茶など入れている余裕はないので、取り敢えず水を入れて吾輩も席に着く。


「どうやら誰かが山に入り、奥へと進んできているらしい」

「なん……っ」


ガタッと立ち上がりかけたヴィスを手で制する。

座れと促すと、ヴィスは顔色を悪くしながら再び椅子に腰かけた。

未だヴィスの肩に乗っていたリンデンはずり落ちかけていたらしく、背中から這い上がって定位置に戻っていく。


「ただ、どうやらお主を害するような類いではなく、お主を探しておるらしい」

「それは、動物達が教えてくれたのかい?」

「左様。鳥達曰く――」


そこから、恐らくヴィスを探しているのだろう一団について、小鳥達から聞いた通りに説明する。

どうやら騎士のような者達が散開しながら、この山を登ってきているらしい。

その内、一人だけ同じ格好ではない者が居たようで、その特徴を知らせる。


「その者は淡い緑の髪で銀縁の眼鏡をかけているらしく、騎士ではなく魔術師のローブと、一見槍に見えるようなスタッフを持った青年が居たそうだ。

……お主のその表情。

どうやらその者を知っているようだな?」


ヴィスに特徴を伝えた途端、分かりやすいほど顔色を変えた。

表情から怯えや焦りは見えないので、一先ず最悪の来訪者ではなさそうだ。


「僕の……数少ない信頼出来る奴なんだ」

「そうか。

お主のことを心配しておるのだろう。

これから天気も悪くなりそうだというのに、こんな山奥まで入ってきては帰れなくなってしまう。

それなりに装備は整えてきておるだろうが、危険なことには変わりない。

会いに行ってやるか?」

「そう、だね……。

危ないから、早く山を下りるように言わないと」


そう言いながら立ち上がるも、ヴィスはそこでぴたりと動かなくなり、立ち止まってしまった。




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