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Ⅰ 到着

 穏やかな衝撃と共に、彼は目覚めた。

 テラからマルスへと向かう移動時間フライトで、どうやら眠ってしまったらしい。

 今まで飽きるほど寝ていたはずなのに、と、普通の人間ならば苦笑いの一つでもするところだろう。

 窓に映る自分の姿を見つめながら、彼はそう分析した。

 長引く植民星のフォボスによる独立争乱の影響なのだろうか、マルスのロサうことな宇宙港は行き交う人の姿もまばらである。

 そんなロビーに降り立った彼を、笑顔を浮かべ手を振りながら出迎える人物がいた。

 

「アンドル・ブラウン少佐殿?」

 

 彼は、声がした方に向き直る。

 と、背中に届く長髪にフライトジャケットという出で立ちの若い男が、人好きのする笑顔を浮かべ近寄ってきた。

 どこから見てもその男の服装は、スーツにトレンチコートという格好の客人と並び立つにはいささか不釣り合いである。

 しかしそれを意に介するようでもなく、男は客人に向かい一方的に話しかけた。

 

「お変わりはありませんか? フォボスでは大変お世話になって……」

 

 そこまで言って、長髪の男は何故かあわてて口をつぐむ。

 が、それまで一方的に話しかけられていた客人は、軽く手を上げると静かに切り出した。

 

「前置きはともかく、現状は? デイヴィット・ロー中尉……いや」

 

 一旦言葉を切ってから、アンドル・ブラウンと呼ばれた客人は、噛みしめるように言った。

 

「No.21」

 

 と同時に、長髪の男は背筋を伸ばした。

 笑顔はすっかり消えている。

『ブラウン少佐』はさらに続ける。

 

「『ヒト』を装っても、見るものが見れば我々の正体はすぐにわかる」

 

 そして、周囲の目が無い所では『名前』で呼ぶ必要はない、と付け加えた。

 その言葉を受けて、デイヴィット・ローことNo.21は僅かに肩をすくめる。

 

「すみません。失礼なことを申し上げたかと心配していたところです。申し訳ありません、No.5」

 

「システムの違いは仕方がない。私がスクラップ寸前の旧型であるのは、紛れもない事実だ」

 

 穏やかではあるが、まったく抑揚のない話し方もそれに由来するのだろうか。

 No.21の内心の疑問をよそに、平板な声はさらに続く。

 

「詳しい話は、みちすがら聞こう。構わないかな?」

 

「アイ・サー」

 

 ではこちらへ、とNo.21は自ら先に立って歩き出す。

 人ならざるモノ達の姿は、地下駐車場の中へと消えていった。

 

 

 緑化が進んでいない赤茶けた大地を真っ直ぐに横切る道路を快調に飛ばす車が一台。

 その中に、先程の二人の姿があった。

 

「正直なところ、貴官と以前共同作戦を取っていたと言われてもしっくり来ない」

 

 そう切り出すNo.5に、No.21は首を傾げる。

 

「それがシステムの違い、ってやつですか?」

 

「今の私は、起動の度にデータ入力を必要とするからな。それはあくまでも記録であって、記憶ではない」

 

 そして、No.5はおもむろに左手を目の前にかざす。

 

「申し訳ないが、前回損傷したというこれがまだ定着しきっていないらしい。いつ腐りだすともしれないから、短期戦になる」

 

「構いません。長引くならまだしも、早く終わる分には大歓迎です。で、Mカンパニーの内部事情と今回の件についてですが」

 

 言いながらNo.21は右手でハンドルを操りつつ、資料のファイルを引き寄せる。

 赤茶け大地を走る直線道には、対向車線も含めて彼ら以外の車影は全く見られない。

 それを良い事に、No.21は路肩に車を寄せ、しばしの違法駐車を決め込んだ。

 

「最新の調査資料を見ると、結構厄介ですよ。先方には午後にアポイントを取っているので、とりあえず先にホテルへ向かいます」

 

「そうだな。……数式で入っていても、どうも現実味がない」

 

 抑揚のないNo.5の声に、No.21はあわてて手にしていたファイルを差し出した。

 受け取ったNo.5はしばしそれに目を通していたが、中ほどまで差し掛かったところです口を開く。

 

「概要はわかった……が、しかし……」

 

 そのまま最後の一ページまで読み終わり、No.5はファイルを閉じた。

 そして、表紙を見つめたまま低くつぶやく。

 

「当事者にとっては、重大問題なのかもしれない。だが、常識的に考えればおかしくはないか?」

 

 そう問いかけられ、No.21はうなずいて同意を示す。

 それを確認してから、No.5はさらに続ける。

 

「そして、これだけのことで我々が動くというのも奇妙だな」

 

 No.5の言う通り、彼らは本来『ヒトには危険すぎる任務に従事するモノ』である。

 今回彼らが担当する事件は、単なる一民間会社の社内機密情報漏えい未遂であり、どう考えてもそれに当てはまりそうにない。

 至極当然なNo.5の言葉にNo.21は同意を示してから、こう付け加える。

 

「ですが、命令が来たってことは、それなりのことがあったんじゃないですか?」

 

 なるほど、とうなずいてから、No.5は車窓から殺風景な景色を眺めやった。

 

 

 彼等が属する惑星連合……通称惑連は、ソル星系の惑星国家による最高機関である。

 自治を認められた惑星や衛星は、惑連を中心とした連邦国家的な様相を呈している。

 そして、和を乱すと見なされる様々な行為は、惑連が厳しく監視や指導を行う権限を有している。

 その惑連が公式文書に載せないまでも危険視している企業が、今回の事件の舞台となるMカンパニーだった。

 Mカンパニーはマルス有数の巨大企業で、その経済的影響力はマルスの衛星で植民星であるフォボスやディモスまでにも及ぶ。

 競合する他社をことごとく駆逐して市場を独占するその商法はいささか強引であり、反感を抱く者も存在はした。

 しかしその声はあまりにも小さく、暴走を止めるまでには至らなかった。

 創設者で代表取締役社長のセオドア・プライスは、こと商売に関しては貪欲な人物で、何でも座右の銘は『電卓から爆弾まで、売れるなら何でも作れ』だと、もっぱらの噂である。

 実際、先の見えないフォボス独立争乱や、ルナに本拠地を置く反惑連テロ組織が不穏な動きを見せている今、兵器はいくらでも買い手がつく。

 事実、Mカンパニーはそれを実行に移せるだけの技術と人材と財力をも有していた。

 この座右の銘が現実になるのでは、とささやかれるようになった矢先のことである。

 独立系の新聞社である恒星間通信が、Mカンパニー内で社員の一人がスパイ容疑で不当に拘束されている、とすっぱ抜いた。

 記事の内容は、一民間企業が職員に対してそのような行為に出るのは尋常ではない、明らかな人権侵害で正当な行為とは言いがたい、というものだった。

 この報道を受けて、惑連はようやく重い腰を上げ調査に乗り出すことを決定した。

 こうして表向きは惑連の人権問題専門調査官という肩書で、人ならざるモノで構成される特務所属の二名が捜査に当たることとなったのである。

 

 

 不意にNo.21は厳しい表情を浮かべ、サイドブレーキに手を伸ばした。

 何事かとNo.5が尋ねる前に、車は急発進する。

 

「自分がホテルを出た時から、ずっと付いて来ているんです。さっきまで姿が見えなかったので、油断しました」

 

 その言葉の通り、バックミラーには不審な黒い車の影が見える。

 おそらくはMカンパニーの関係者だろう。

 苦笑を浮かべながら、No.5はつぶやいた。

 

「これは確かに非常事態だな」

 

「そりゃあそうでしょう。余程の事がなければ、『休職中』の少佐殿にお呼びがかかるわけがない」

 

「まったくだ」

 

 しばらく会話が途切れる。

 No.5は外の景色に見入っていたが、市街地へ入ると辺りの風景は一変した。

 緑一つない殺風景な大地はいつしか途切れ、近代的な街並みへと姿を変える。

 超高層ビルが建ち並び、道路には人と車があふれるその様は、テラと比べても遜色なかった。

 No.21は、前方に姿を表した一際高いビルを指差してこう言った。

 

「あれがRホテル。当面の逗留地です」

 

「運営資本は?」

 

「自称、テラ資本企業が大株主となっています」

 

 それから意味有りげな笑みを浮かべて、No.21は付け加える。

 

「ま、それは表向きです。実際にはMカンパニーの関連会社が大半を占めているようですが」

 

 そうか、と言ってからNo.5は腕を組み直す。

 そして、ふと口を開いた。

 

「ところで宇宙港周辺だが、緑化と工業団地計画があるとのことだが、進んでいないようだな」

 

「ああ、そういえば二年ほど前あの辺りで群発地震が起きたとか。関係があるかどうかはわかりませんが……」

 

 不審な点がお有りですか、と問われて、No.5は僅かにうなずく。

 

「少し、気になった。それだけだ」

 

「一応特記事項ですね。照会しておきます。……ホテルに入ります。気を付けてください」

 

 

 Mカンパニー資本が入っていることを裏付けるかのように、ホテル内で彼らを取り巻く警備体制は尋常ではなかった。

 ロビーや廊下のそこかしこには、招かれざる客に向けられた監視カメラや盗聴器が設置されているようだった。

 注意しなければわからないが、職員や警備員の中にも不穏な空気を醸し出している者が混じっている。

 この様子では、ホテル内での行動はMカンパニーに筒抜けになるであろうことは間違いない。

 No.21が口にした気を付けろという言葉の意味を理解し、No.5は滞在することとなった部屋の隅々に視線を巡らせる。

 比較的ゆったりとしたシングルであるが、恐らくはこの室内にも監視の目は光っているのだろう。

 そのまま彼は無言でベッドに腰を下ろし、先程受け取ったファイルに改めて目を通した。

 スパイ嫌疑をかけられ拘束されているのは、生産管理部門所属の女性。

 名はクレア・T・デニーで、年齢は二十七歳とのことだ。

 事件の発端は、三週間前の抜き打ち所持品検査において、彼女の私物から社外持ち出し禁止の記録媒体が発見された事に始まる。

 何らかの処分を下す決定をした会社側に対し、彼女は事実無根の濡れ衣であると主張。

 そのまま両者の協議は平行線をたどり、現在に至っているという。

 そして、No.5は被疑者である女性の写真に目を落とした。

 ややきつい印象の、だが整った顔立ちである。

 第一印象は、『誰かに似ている』。

 そう、あれは確か……。

 No.5が自身の記録データをさかのぼろうとした時、扉を叩く音が室内に響いた。

 

「ブラウン捜査官殿、そろそろ出発したいのですがよろしいですか?」

 

 直後に、No.21の声が聞こえてきた。

 簡潔な物言いは、盗聴器の存在を気にしているからなのだろう。

 資料をまとめ、作戦用の疑似IDカードを確認しNo.5、否、アンドル・ブラウンは立ち上がった。

 

 扉の向こうに立っていたデイヴィットは、ノータイながらジャケットにスラックスという格好に着替えていた。

 

「先程のあれ、本部に送っておきました。回答は二、三日後、直接自分宛てとなります」

 

 車を離れたわずかな時間に何らかの細工をされたことを疑ってか、デイヴィットは妙に遠回しな言い方をする。

 それが宇宙港周辺の緑化と工業団地建設の遅延を指すと理解して、アンドルは無言でうなずいた。

 

「本社までは十分ほどです。で、件の社長なんですが」

 

 バックミラーで例の不審車がついてきていることを確認してから、デイヴィットは意味有りげな表情を浮かべ、聞えよがしに言う。

 

「食えない御仁ですよ、かなり」

 

「食えるようでは、ここまでの大企業にはできないだろう?」

 

「確かにそうですが……」

 

 苦笑いを浮かべながら、デイヴィットはそれを肯定する。

 気まずい沈黙が続く中、両者の視界にはMカンパニー本社ビルが飛び込んできた。

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