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「……はっ!」
我ながら、漫画のような目の覚め方をしてしまった。
気がつくといつの間にか横になっている。
「斗季子?気がついた?」
頭上からユージルの声がする。
むくりと体を起こすと、至近距離にユージルの美人すぎる顔があった。
「…ゆっ君?私…」
またもや漫画のような言葉を吐くと、ユージルはニコリと笑う。
状況的に、これは。
ゆったりとしたソファの上に投げ出された私の足。
そっと添えられたユージルの腕。
「もしかして、膝枕してくれてたの?」
聞いてみるとクスリと笑うユージル。
「ドレス着て気絶なんて、びっくりした。」
柔らかく言われて、これまでの事を反芻してみる。
…あちゃー。
我ながらやっちまった。
はぁ、とため息をつく。
呼吸が、楽だ。
見ればあのコルセットという名の拷問器具は外されており、着心地の良いワンピースを着せられている。
大きくため息をついて、ソファに座り直す。
それにしても、キツかったー。
本当にアレを、着なければならないのだろうか。
もしそうなら式典には断固として出ぬ。
「ゆっ君ごめんね?運んで、休ませてくれたんでしょう?」
聞いてみればユージルはフルフルとクビを振った。
「全然。斗季子は?大丈夫?」
「ん。もう大丈夫。アレも脱いだしね!」
笑顔で答えると、ユージルはキュ、と私を抱き寄せた。
「式典、俺も一緒に行くから。それから斗季子のドレスは俺が準備する。」
ユージルに言われて、ドレスという言葉に少々警戒する。
「大丈夫。コルセットもヒールも無いよ。あのあと、みんな心配してた。そんなにキツかったのかって、反省もしてた。」
私の警戒が伝わったのか、安心させるように言うユージルの言葉に少し罪悪感を感じた。
申し訳ない事、しちゃったな。
カテリーナさん達、せっかく準備してくれたのに。
「あとで謝らないと。」
こてん、とユージルの肩に頭を乗せてみる。
なんだろう。落ち着くなぁ。
ユージルとは、会ってまもないというのに、なんだろう?このしっくりくる感は。
ジッと、ユージルを見てみる。
深い森の中を思わせる、深緑の瞳。
木々の間から差し込む日の光のような緑がかった金色の髪。
本当に綺麗だ。
ありえないくらい。
「どうしたの?」
柔らかく微笑まれて、心臓がまるで違う生き物のようにボコンと変な動きをした。
…‥なんだ今のは。
不整脈でも起こしたのかと不安になるが、それ以上私の心臓はあやしい動きをすることもなく、落ち着いてくれたようなので気にしないようにする。
「なんでもないよ。お茶でも飲みに行こう。」
うん、とりあえず水分でも摂って、落ち着くのだ!
その後、宣言のとおりに準備してくれたユージルのドレスは、肩のところをユグドラシルの葉をモチーフにした宝石でかざり、そこから流れるように裾まで広がる形のものだった。
ウエスト部分の絞りがない為、拷問器具は必要無い。
そしてドレスに合わせた靴はヒールの低い、実に歩きやすそうなもので、留金に肩と同じモチーフの宝石があしらわれている。
ドレスは柔らかい金色で、裾に向かうにつれてグリーンのグラデーション。
なんとそれは、細かいさまざまな色味の、グリーンの宝石が縫い付けられて作られたものだった。
そして仕上げとばかりに肩から背中に長く垂らされた、金糸で編まれた長いベール。
髪飾りは金と、やはりグリーンの宝石でユグドラシルの葉をモチーフにしたサークレット。
月桂樹の冠、あれをもっと華奢にしたような感じ。
「まぁ、まあまあ!素晴らしいです!こんな…!まさに女神ですわ!」
たしかに、これはギリシャ神話に出てくる女神っぽい。
大興奮のカテリーナさんはじめメイド軍団。
コルセット等々、地獄の貴族女子装備で人事不省に陥った私に、しきりに謝り倒して落ち込んでいたけど、ユージルの準備したドレスを見て復活したみたいだ。
「あとは、これね。」
ユージルは両手に金のブレスレットを留めてくれた。
ユージルに笑顔を返して、ドレスを眺めてみる。
ふむ。とても軽い。
そして肌触りが素晴らしい。
透けてしまうのではという透明感のある生地なんだけど、決してそんなことはない。
何で出来てるんだろう?
「ゆっ君、これ、なんの布?シルク…に似てる感じだけど、なんか、ちょっと違うような。」
聞いてみればユージルはニコと笑う。
「惜しいね。これはガイアシルクだよ。」
ガシャーン…!
派手に何かが割れる音がして、思わず体が震える。
「も…申し訳ございません!」
お茶の支度をしていたメイドさんがお盆を落としたらしく、慌てて片付け始める。
しかしその手は震えているようで、なかなか作業が進まない。
見ればカテリーナさんも呆然としていて、ワナワナと震えている。
「カテリーナさん?」
声をかけたが反応が無い。
そそそ、と寄って行って肩に手をおく。
カテリーナさんはギギギと音がしそうなぎこちない動きでこちらを見た。
「…ガイア…シルク…?」
なんだか顔色が悪い。
どうしたのだ?
首を傾げていると、カテリーナさんはヘタリとその場にくずおれた。
「え?ちょっと、大丈夫?!」
一緒にしゃがみこんで様子を伺うと、
「姫様…!いけません!お立ちに…!」
震える手で私を起こそうとする。
「え、でも!「ドレスが床についちゃうからぁ!!」…えええ?」
およそカテリーナさんらしくない悲鳴に思わず立ち上がる。
シン、と鎮まりかえる室内。
ユージルに視線を向けると困ったように微笑まれた。
「…ゆっ君?もしかして、このドレス、とんでもなく高価なものなんじゃ……」
恐る恐る聞いてみると、ユージルは小首をかしげる。
「うーん、そうだねぇ。たしかにあんまり市場には出てないだろうねぇ。」
この言い方。
絶対高価だ。しかもとんでもなくお高い的なやつだ!
「ガイアシルクは……」
カテリーナさんが声を絞り出す。
コヒーコヒーといつかの私のような呼吸をしながら。
ちなみにカテリーナさんはコルセットをはめてない。
「ガイアシルクは、世界樹の葉を食べて育つと言われている幻の蚕から採れると言われているシルクです。たしか、王家でその糸が一巻き、保管されていると言われています。あまりの貴重さに国宝とされているとか。その話も本当かどうかわかりません。当然、布地に仕立てられたなど、伝承でも聞いたことはありません。」
カテリーナさんの言葉に私はゴクリと唾を飲み込み、周りのメイド軍団は「ヒッ!」と声を上げて私から遠ざかった。
「と…とりあえず!ぬ…脱ぎます!」
そんな話を聞いてしまって落ち着いて着ていられるわけがない!
でもどうしよう!
怖くてドレスに触れぬ!!
「ゆっ君…!どうしよう!脱げない!」
半泣きで訴えると。
「ガイアシルクはめちゃくちゃ丈夫だからちょっとやそっとじゃ傷つかないよ。普通に脱いで?」
「出来るかー!!」
私がワナワナしていると、カテリーナさんがすっくと立ち上がった。
「姫様。このカテリーナがお手伝い致します。メイド長としての誇りにかけ、無事にお脱がせ致します。」
キュ、とどこから出したのか白い手袋をはめながらそう言ったカテリーナさんは、まるで死地に向かう武士のようだった。
無事に脱げた…!!
普段着に着替えてやっと一息つく。
ドレスはユージルが持ってきた箱に丁寧に丁寧にしまわれ、鍵のかかる部屋に収められた。
一連の仕事を終えたカテリーナさんは、なんと気を失ってしまい、メイド軍団に
「さすがカテリーナ様です!」「大任、お疲れ様でございます!」「あとは我々におまかせを!お休みください!」
などと散々称賛されながら、自室に運ばれていってしまった。
それにしても。
本当にあのドレス、いったいどのくらいの価値があるのやら。
なんだかカテリーナさんも「幻の蚕」やら、「国宝」やらなんて物騒な事言ってたし…。
ん?待てよ?
ってことは、肩とか靴とかに使われてたアクセサリーも、もしかしたらとんでもない物…なんじゃ…。
ふるふると頭を振る。
「うん。考えないようにしよう。知らなかった。うん。」
とりあえず、精神衛生の為、この件は無かったことに!
お読み下さりありがとうございました。