63
………てっきり、ユージルと一緒にちょいちょいっと報告をして、それが終わったら、そのままオルガスタへ帰れると、そう思っていた斗季子です。
お父さんが王様へユージルの件を報告すると、なぜか謁見の場が設けられる事になった。
なぜかっていうか、考えてみれば、ユグドラシルが顕現したのだから、王様としてはそのことを大々的に発表したいよなぁ。
ちなみにマナミちゃんはハロルド殿下の元へは帰さず、とりあえず学園長でもあるエレンダールさんの妹に預けられる事となった。
本人にその気が無くても、ハロルド殿下に政治利用されてしまうのを防ぐためだ。
というわけで、謁見には私も当然参加することとなる。むしろ主役的な立ち位置。
今回は、マナミちゃんが「私、聖女じゃなかった!テヘペロ!」となったため、正しく《ユグドラシルの愛し子》としてユージルの隣に並ばなければいけなくなり、とても憂鬱だ。
「ユグドラニアの守り神!ユグドラシルである、ユージル様、そしてユグドラシルの愛し子、リリアンフィア・トキコ=ウォードガイア様のご来臨です!」
大々的にそう紹介されて、王城、大広間の重厚な扉が開かれる。
ユージルは私の手を腕にかけて、にこやかに入場した。
うううう…。緊張で転びそう。
余裕の表情で中央のカーペットを進むユージルと対照的に、右手と右足が同時にどころか右足と左足が同時に出そうなほど緊張してなんとか歩みを進める。
大広間に集まっている沢山の人々の視線が一斉に注がれているのがわかって、顔を上げているのも辛い。
努めて微笑みを浮かべようと努力するが、おそらく相当に引き攣っていることだろう。
それでもなんとか玉座近くまで進むと、エレンダールさんやリグロさん、リーズレットさんの顔や、お父さん、侑李の顔が見えて少しホッとした。
王様は玉座のある一段高い場所ではなく、お父さん達と同じ高さのカーペットの最奥で私たちを待っていた。
隣には王妃様とアルベ君も立っている。
「ユグドラニアを守る、ユグドラシルよ。御身が顕現し、こうして相目見える事、このフリードリヒ=マクシミリアン、歴代の王に誇れる栄誉。どうか、永くこのユグドラニアに祝福を。」
王様はそう言って片膝を付き、右手を胸に当てた。
それに倣い、大広間にいるすべての人が同じように臣下の礼をとった。
それに怯んで、思わず喉が鳴りそうになるのを、息を止めてなんとかのみこんだ。
「どうか、顔をあげて。畏まられるのは得意じゃないんだ。」
ユージルが柔らかく言うと、まずは王様が、そして周りの人たちも順に体を起こして行く。
私はふぅ、と息を吐き、ユージルは私の手をそっと撫でた。
「皆!この通りユグドラニアに守り神たるユグドラシルが降臨された!このことを誇りに、よりこのユグドラニアのため、励んでほしい!」
王様が大号令をかけ、「はっっ!」と一同が答える。
場が締まり、これで謁見は終了だ。
私はユージルに連れられて、扉に向けてカーペットを歩いていく。
やはり視線は集まったが、入ってくる時よりもだいぶ気持ちが楽だ。
「異議がある!待たれよ!」
扉が近づき、さぁ終わったと安堵したその時、その声はかけられた。
ユージルはピタリと足を止める。
「其方がユグドラシルというのなら、その証拠はあるのか?いくら王が認めたからといって、易々と信じられるものではない!」
疑念を含む、厳しい声を向けられ、ユージルは振り返らず視線だけ後ろに流す。
「控えよ!ハロルド!」
カーペットの向こうから王様の諌める声が聞こえる。
やがてドカドカと、柔らかいカーペットをわざと踏み鳴らし、乱暴な足音が近づいてきた。
振り返ると、射抜くような鋭い視線を向け、仁王立ちでこちらを見ているハロルド殿下がそこにいた。
思わずユージルの腕にかけた手に力がはいる。
私が怯んだのがわかったのか、ハロルド殿下は嘲るような目で私を見た。
「ふん!そこにいる愛し子とやらも、どこの馬の骨なのか怪しいものよ!聖女ならば私が聖女召喚で呼び寄せた本物の聖女がいるのだ!」
ハロルド殿下は周囲に聞かせるように大声を出した。
それを聞いてユージルの肩がピクリと震える。
「どうせ、どこからか拾って愛し子に仕立てあげたのだろう?ウォードガイア!其方はそこまでして権力に固執するか?浅ましい獣が!!」
ガシャン!!
お父さんがその言葉に反応し、腰の剣が音を立てる。
「…‥貴様…!」
「ラドクリフ!」
怒り立つお父さんをリグロさんが押さえているのが見えた。
その脇に立っていたエレンダールさんが私たちの方へゆっくりと進んできた。
その目は鋭く細められ、視線だけでハロルド殿下を刺殺しそうだった。
「言葉が、過ぎるのでは?ハロルド殿下。ラドクリフへの暴言は、4大公爵家への暴言と取りますが、どのようにお考えでしょう。」
エレンダールさんのアルトの声がバリトンに変わる。
「おやめください!ハロルド殿下!」
焦った様子でアルベ君が走り寄り、ハロルド殿下とエレンダールさんの間に立つ。
「ユージル様とトキコ姫になんという事を言うのです!それに、公爵家を敵に回す気ですか?!」
アルベ君は真っ青になってハロルド殿下に詰め寄った。
「アルベルト、其方も目を覚ませ。其方はこの国の王太子ぞ。その女の色香に惑わされたか?まったく、とんだ売女だ。」
その瞬間だった。
ザワ…と風が吹き上がる。
室内のはずなのに、そこにいた人々の髪が舞い上がり、ドレスが翻った。
ギシギシと、広間の壁に並ぶ柱が音を立てる。
やがて柱は、まるで生き物のようにうねうねと動き出し、ずるずると無数の枝を
伸ばし始めた。
その動きは加速していき、枝はいくつもの小枝を伸ばし、その幹を太くし、その先に葉を茂らせる。
まるで大木のように太くなった幹が、人々に向けてその枝葉を伸ばしていく。
「きゃああああ!!」
「うわあ!助けてくれ!」
あたりは悲鳴に包まれ、人々は出口を求めて逃げ惑う。
人の流れが扉に殺到したが、その扉もぼこぼこと節くれだし、大木の樹皮にその姿を変えた。
「ユージル?!」
私を抱き寄せて、口元を三日月の形に歪めて、ぎらつく瞳でハロルド殿下を睨みつけるユージルは、これまでの柔らかくおっとりとした表情を完全に消して、容赦のない威圧を放っていた。
壮絶な、美貌。
見るものを平伏せさせるその容貌は、まさしく神の威厳をたたえていた。
私はしばらくその姿に呼吸も忘れて見入っていたけど、4大公爵と、王様、アルベ君以外のほとんどの人が腰を抜かしてへたり込むのを見て、その腕を掴む。
「ちょっと!ゆっ君!!やめて!やめなさいって!!もういい!」
私の声にユージルは嘘のようにその威圧を解いて、いつもの柔らかい笑みを向けた。
そしてそれとともに、広間中に伸ばしていた枝の動きも止まった。
ゴクリ、と喉を鳴らし、瞬きも出来ずに変容してしまった大広間を見渡す。
まるで、大木の中にいるようだ。
「あ…あ…」
ハロルド殿下は涙と鼻水と涎を垂らし、顔をぐちゃぐちゃにしながら腰を抜かしてこちらを見ていた。
ユージルはそんなハロルド殿下にニッコリと笑いかけた。
「証拠って?これでいい?」
まるで自分の起こしたことがなんでもないことのように首を傾げる。
ハロルド殿下はガタガタと震えて、逃げるように這いずった。
ユージルはゆったりとした動きで、ハロルド殿下に近づく。
「よ……寄るな!」
歯の根が合わないハロルド殿下にユージルは再び視線を鋭くする。
「俺の大事な愛し子を愚弄するのは許せない。覚えておいて。」
低くそう言われて、ハロルド殿下は白目を剥いて、昏倒してしまった。
お読み下さりありがとうございました。