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会場に戻ると、そこは妙な雰囲気だった。

音楽は流れているけど、人々の話す声は一様に細々として、会場の一点に視線が集まっている。

私たちが戻った事にもみんな気がついていないみたいだ。

「……何があった。」

お父さんはドアのサイドに立つ衛兵らしき人に声をかけた。

「ウォードガイア公爵閣下…!それが…つい先程、ハロルド殿下が到着されまして…。ただ今、聖女様と共に陛下にご挨拶をされています。」

その言葉にお父さんは厳しい顔になった。

「ハロルド殿下は聖女を陛下に謁見させてないんじゃなかったのか?!」

お父さんが苦々しく呟く。

「それが…我々もおいでになるとは聞いていなかったのですが、突然…。」

衛兵さんの言葉に一つ舌打ちをしてお父さんは私を後ろに下がらせて、さらに他の公爵たちも庇うように私の周りに立つ。

「姫。こちらに。」

アルベ君は私を侑李とその友達の方へと促した。

なんだこの厳戒態勢は。

「ウォードガイア公爵。私が様子を見て参ります。場合によってはこのままご退場いただいた方がよろしいかと。」

アルベ君は王子様の顔でお父さんに言う。

「申し訳ありません。王太子殿下。」

お父さんが頭を下げて、アルベ君は会場を進んでいった。

「おお!アルベルト!どこに行っていた。」

先の方から大げさに声をかける男の人。

あれがハロルド殿下?

「ハロルド殿、どうしたというのです。今日の夜会は欠席のはずでは?」

「そのつもりだったが、たまには聖女様に華やかなところで楽しんでもらうのも良いと思ってな。それよりも遅いではないか。聖女様の御前であるぞ!」

何やら緊迫した雰囲気だけど、周りをしっかりと囲まれてよく見えない。

ぴょこぴょこと跳ねてみるが、エレンダールさんにぎゅ、と手を掴まれてしまった。

「こら!大人しくしてなさい!」

小声で怒られる。

えー。

口を尖らせていると侑李が息をついた。

「カジワラ マナミって言うらしい。聖女様ってのは。もしかしなくても、日本人だな。」

「ユウリ!何か知ってるのか?」

侑李の言葉にレンブラント君が目をみはった。

「ああ、名前からすると、俺たちと同じ世界、同じ国からの転移者だよ。つまり、ハロルド殿下の召喚自体は成功したってこと。」

「じゃあ本物の聖女ってことなのか?」

ハルディア君が言う。

「それはどうかな。転移者がすべて聖女の資格を持ってるなら本物だよ。ただ、俺が言えるのはねーちゃんは間違いなくユグドラシルの愛し子だって事。称号がそうなってるからね。」

侑李の言葉にエレンダールさんもうなずく。

「確かに鑑定でもそう称号があったわね。」

侑李が続けて説明する。

「それだけじゃなくて、俺たちの持ってるスマートフォンっていう機械でも自分のステータスがわかるんだ。俺たちはそれで自分達の称号を知った。」

「興味深いわね。あとで、見せてもらえる?」

エレンダールさんに言われて侑李はお父さんを見る。

「…父さん。」

「いいだろう。」

低い声でお父さんが答えた。

どうやらそのマナミちゃんはアルベ君と話をしていたらしいけど、今度はこちらにやってきたようだ。

「…来ました。」

レンブラント君が緊張した声で告げた。

それから少しして高い声が聞こえて来る。ちなみにその声の主は周りの人壁によりよく見えない。

「あなたたちは!この前は学園の案内をありがとうございます!

改めまして聖女としてこの世界に来た、マナミ=カジワラです。申し訳ないんだけど、今は学園と違って聖女の立場なの。気を使わせてしまうと思うんだけど。」

突撃してきた聖女様は、なんだかちょっとアレな感じだった。

これは…あれか?

『異世界転生ヒャッハー』なタイプか?

自称聖女様のマナミちゃんの突撃に、私の周りのバリケードたちはますます警戒を強めた。

「もしよければ私と夜会を楽しみましょう。ああ、そうだ。ユウリ様と言ったかしら?こちらでエスコートをおねがいしたいのだけど。」

よく見えないが、ほっそりとした手が侑李の方に差し出されているのが見える。

お…弟が!ヒャッハーの餌食に!

咄嗟に侑李を庇うように身を乗り出してしまう。

「ねーちゃん!ばか!出てくんな!」

侑李は私の肩を掴んで後ろにやったけど、遅かったらしい。

マナミちゃんは私を見て目を丸くして、それからジロジロと私を観察しだした。

マナミちゃんのターゲットが私に向いてしまった。

やばい。どうしよう。

オロオロと視線を彷徨わせていると、

「はじめまして、かしら?私はユグドラシルの愛し子と言われる聖女です。あなたは、どちらの方?ユウリ様を知っているの?」

マナミちゃんはやけに聖女を強調してそう言った。

酔っておる!酔っておるぞ!この娘!

聖女という肩書きに完全にのぼせあがっておる!

「ゆ…侑李は、弟ですので。」

なんとか絞り出たのはなんの役にも立たないただの事実だった。

「まあ!お姉様なの!」

マナミちゃんは口元で手を合わせて明るく言う。

「マナミ様、いかがされました?」

私たちの様子に恭しい声がかかる。

「ハロルド殿下!こちらのユウリ様は同じ学園なの。それにそちらの2人も。私、仲良くしたくて。」

マナミちゃんはレンブラント君、ジーノ君、ハルディア君にも視線を向けた。

「これはお目が高い!宰相の息子に騎士団長の息子、それに公爵家の息子ですな。マナミ様にお仕えするにはふさわしいかと。」

ハロルド殿下と呼ばれたその人は、王様とよく似たイケオジだった。

だけど、なんだか目が違う。

なんていうの?こう、ねっとり?

今もマナミちゃんに話しながら私と侑李をじっとりと観察するように見ている。

「勝手を申すな。小娘の戯言と黙って聞いておればおぬしまで。」

とうとうリグロさんが低い声を出した。

そして言いながらさりげなく私と侑李を後ろへ庇ってくれた。

リグロさん…!

なんて頼りになるんだろう!

父親の鑑!

「マクドウェル公爵、控えよ。無礼であろう。」

ハロルド殿下が眉を顰めた。

「無礼はどちらか?陛下、王太子殿下の御前で勝手な振る舞い、許されるものではない。」

「こちらには聖女であるマナミ様がおいでだ。ユグドラシルの愛し子たるマナミ様を前にしてもまだそのようなことを?」

「それとこれとは話が違う。陛下の勅命もなく息子を勝手にしないでもらおう。」

リグロさんがそう言うと、ハロルド殿下はフン!と鼻を鳴らした。

「聖女の存在はこのユグドラニアの安寧の為に大きな意味を持つ。それは王位にも影響するであろう。言っている意味はわかるな?」

上から目線この上ない態度でそう言う。

「話にならんな。」

リグロさんが深いため息をついたところで、アルベ君がやってきた。

「ウォードガイア公爵、ここは引きましょう。」

こそっとお父さんに耳打ちする。

「行くぞ。」

お父さんは私の背中に手を添えて歩き出

す。

「お待ちになって!」

何故か、それをマナミちゃんに止められた。

「公爵の皆様、もし良ければ、私とお話しませんか?私は聖女だし、この国のために皆様と仲良くなりたいんです。」

空気を読まずニッコリと笑顔でそう言うマナミちゃんに、お父さんのおでこにメロンが豊作になる。

「いいか…「黙れ。」」

お父さんの言葉を遮ったのはエレンダールさんだった。

いつものオネエ口調でなく、低い氷点下の声色。

「素性もわからぬものと馴れ合う気はない。」

凍てつくような視線に流石の自称聖女様もゴクリと言葉を飲み込んだ。

っていうか、寒い!寒いよ!

え?なにこれ、マジで気温が…!

「エレンダール、やめんか。」

ため息混じりにリーズレットさんがエレンダールさんの肩に手を置いた。

「これくらいで怯んでいるようなら、聖女の肩書きも怪しいものだ。」

エレンダールさんは絶対零度の視線を崩さない。

うわあ…。

さすがは公爵達の最年長。

こんなに迫力がある人だとは思わなかった。

てっきり、歳を重ね過ぎて一周回ってオネエになったのかと…。

「わ…私は聖女です!聖女は、国王と同等以上の存在のはずです!その私に、そんな言い方、ないと思います!」

マナミちゃんはムキになってエレンダールさんに食ってかかったけど、よく見ればその指先は震えている。

きっと怖いんだろうな。

「それならばその証を見せてみよ。もし其方が本物の聖女ならば、こちらの非礼、伏して詫びよう。ああ、そう。ハロルド殿下、当然鑑定は行っているのでしょう?どうだったのです?」

酷薄な笑みを浮かべて言うエレンダールさん。

ハロルド殿下はそれを言われて途端に顔色を無くす。

え…。ちょっと。まさか。

「そんなの!私がこの世界に召喚されて来たことが何よりの証拠だわ!それだけじゃない。私はこの世界には無い優れた知識があるもの!」

焦ったように言い出すマナミちゃんに彼女にユグドラシルの愛し子の称号がなかったのではと疑惑ががつのる。

「そんなものはなんの証拠にもならんな。」

エレンダールさんはそれだけ言うと、さっさと会場を出て行ってしまった。

「リグロ、ラドクリフ、姫を。」

リーズレットさんは残った公爵2人にそう言ってエレンダールさんを追いかけた。

「行こう。お前たちも一緒に来るといい。」

お父さんが私を促し、侑李達にも声をかけた。

「さあ姫。こちらへ。」

アルベ君も私の手を取り、出口へ歩き出す。

「アルベルト様?!何をなさっているの?!」

マナミちゃんは焦った様子でアルベ君の腕を掴んだ。

「離してください。」

アルベ君もいきなり掴まれた腕に驚きの顔になった。

曲がりなりにも王太子殿下だ。

そんな事をされたのは初めてだったのかもしれない。

「アルベルト様はこの国の王子様でしょう?だったら、聖女である私の側にいるべきだわ!」

マナミちゃんはアルベ君にそう言いながらギッと私を睨んだ。

いや、睨まれても怖かないけどね。

むしろ、そこまでブレずにヒャッハー出来て、すごいなぁ、とちょっと感心してるけどね。

「何を言っているのです!この方こそ本物のフガフガ…」

咄嗟にアルベ君の口を手で塞ぐ。

言わせないよ!そんな事!

マナミちゃんやら、ハロルド殿下やらに聞こえたら面倒な事になるに決まってるじゃないか!

「アルベ君!いいからいいから!さあ行こうか!あ、私、喉乾いちゃったなー。」

「姫…!は…はい!では果実水を用意させましょう。」

アルベ君は単純にも気をそらしてくれて私の手を引いて歩き出す。

「アルベルト様?!」

マナミちゃんはなおも抗議の声をあげるが、私はこれ以上余計なことを言われないようにむしろアルベ君の手をぐいぐい引っ張って会場を足速に出たのであった。



お読み下さりありがとうございました。

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