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12.「寄り石なんかじゃねえ。カンノンだ!」

 なす術もなく、粂田は小屋のすき間から様子を見守っていた。

 祠のご神体がそんなにだいじなものなのか?

 ハズレも混じっているらしく、舌打ちしながら次のにとりかかる。


 男たちがこちらにやってきた。

 いくら暗いとはいっても、島の頂上にある掘っ立て小屋はあまりにも不自然すぎた。

 てっきり眼をつけられたら、すぐ乗り込んでくるのかと思いきや、男たちは気づいた様子も示さない。

 足もとの祠を見つけるに夢中になっているようだ。


 と、男の一人が近づきすぎた。

 手ぬぐいを頭にかぶった壮年の男だ。やけに猫背だった。

 小屋の壁に接触すると粂田は思った。

 万事休す。

 粂田は全身を硬直させたまま、眼をつぶった。おれはもう知らんぞ……。


 ところが、男は小屋にぶつかることなく素通りし、内部を突き抜けて出ていった。それこそ光の悪戯いたずらのように……。

 おかげでたっぷり肝を冷やした粂田だった。

 だが、合点がいくような気がした。


 なんてことはない。

 こいつらは実体をもっていないのだ。原理はわからないが、立体映像そのものではないか。

 眼を見開いて、入り口から抜けていった男のうしろ姿を追った。


 男は東側の突端にある石造りの祠を蹴り倒したところだった。

 実体をともなっていないのに、物理的に祠を壊すことができたのはこれいかにだが……。

 男はひざまずき、積み重なった石を荒々しくどけていると、


「お!」と声を裏返して叫んだ。そして粂田の方を見て、「こっちにきてみろ。あったぞ。寄り石なんかじゃねえ。カンノンだ! ナガレボトケだ」と、叫んだ。


 それを潮に、島のいたるところから応じる声があがった。


「おれも見つけた! 当たりだ」


「着物をつけたまんまのナガレボトケがある!」


「こっちにもだ。頭しか入ってないが、カンノンにちがいねえ。イルカのなんかじゃねえよ」


 粂田はすき間から男たちの行動を注意深く覗いた。

 破壊した祠からなにかをつかみ出していた。

 手に手に、なにかをかかげていた。

 うおッ!?


 ――骨だ。頭骨のみの部位もあれば、人体の主だった骨を組紐でグルグル巻きにし、ひと塊にしてあるものある。

 なかには、ミイラ化し、若干の肉が付着したものもあった。頭には毛髪が残っていた。

 反射的に粂田は吐いた。


 派手にえずき、酒と魚の身が混じった黄水おいすいを、シンガポールのマーライオンみたいに嘔吐し、ご丁寧にその上に四つん這いになって、身体を波打たせた。

 げえげえ、空えずきをくり返しといるのだから、いやでも粂田の存在がばれそうなものだ。

 ところが、男たちは小屋周辺に集まるどころか、頓着することなく、おのおのが回収した人体のパーツを見せあっていた。




 それにしても、祠にそんなものが埋葬されていたとは……。

 それらを足蹴にして冒涜のかぎりを尽くしていたのが、いまさらながらいけないことをしてしまったような背徳感を憶えた。

 おのが吐いた嘔吐物にまみれながら、どうにか呼吸をととのえた。


 乱れがちになる思考をつなぎあわせ、考えをめぐらせた――なんのために人間の遺骸を隠す必要があったのか?

 そして、男たちは祠からそれを奪い取ることで、なんのメリットがあるというのか?


 そもそもあの昔風の恰好の幽体たちが現れた理由はなんなのか。

 女郎蜘蛛みたいな怪物といい、分裂した老女たちといい、卒塔婆島は小さな面積のわりには話題のことかかない謎だらけの構成だった。

 なるほど、岡添の伯父も神経がおかしくなるのもわからないでもない。


 せないのは、粂田の存在がとうの昔に知れていてもおかしくないのに、まるで無視したように彼らは行動している点だ。

 まさに粂田が見えていないようなそぶりだ。

 そう、彼らのまえに粂田は存在しないも同然なのだろう。


 男たちの服装から察するに、これははるか昔、卒塔婆島での再現場面にすぎないのではないか。

 なぜ過去のできごとがくり返されているのか、そのメカニズムや意図はわからないが、とにかく粂田はその時代に介在することなく、見せつけられているのだ。

 そうとしか解釈しようがない。


 だったら、男たちのまえに飛び出していっても、殺されることはないはず。

 男たちにとって、おれはいないも同然なのだから。

 粂田はナイフを握り、小屋から出てみた。

 ところが――。

 人っ子ひとり、いやしなかった。


 外には誰もいなかった。

 周辺の祠が荒らされた形跡はない。

 あれほど手荒に蹴り倒され、破壊されたのになんともない。


 荒らされたものがあるとすれば、さっき粂田自身が手をかけたものだけだ。

 冴え冴えとした青白い月光が、この砂地の広場を浮かびあがらせていた。

 卒塔婆の群れが風にあおられ、寒さにふるえ、人の歯の根があわないようにいつまでも鳴っていた。


「どういうことだ。消えちまった。跡形もなく。こんなことってあるか?」


 と、粂田は茫然と立ち尽くしたまま言った。

 酒に幻覚剤でも投与されていたとしても、やけに生々しく迫真性がみなぎっていた。

 脳内の妄想が視覚化したとは思えない。

 カンノン、エビス、ナガレボトケというキーワードは、粂田の脳内のどこをどうまさぐってもつかみ出せはしまい。


 五人の男たちの気配は消え、むろん北側の絶壁を登りつつあった老女たちも姿を見せることはない。

 声もとだえていた。

 いずれも粂田の喉もとに切っ先を突きつけるも、すんでのところで脅威にはおよばなかった。その程度のものなのかと思った。


 …………

 いや、待て。安堵するのは朝を迎えるまでだ。悪夢は去っちゃいない。

 クソッ! やはり人の声がする。 

 こんどは南側の斜面から男たちの声がした。


 今夜の島は騒がしすぎた。

 それとも島は夜ごと、こんな狂宴をくり広げているのだろうか?

 粂田は地面に伏せ、手近な祠の陰に隠れた。

 いまさら小屋に戻るにせよ、離れすぎていた。

 小屋にいれば安全のような気がしたが、さっきの法則が通用するならば、どこにいたところで同じだろう。

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