13.「てっきり、ディダラボッチが現れたのかと思ったぜ」
南側のゆるやかな岩壁を親子みたいな二人組が登ってきた。
ひそやかな会話を交わしていた。
やけに子供じみた甲高い声が、
「あれからもう半年ですか。さすがに卒塔婆島も平和ですな」と、言った。さくさく砂地を歩いてくる音が近づいてきた。「騒動があった日は、たいへんでしたが、いまはどうです。あのときの修羅場はみじんもありはしない」
粂田は祠の影から狙撃するような恰好で覗いた。
またしても古臭い着物姿の男たちだった。
身体つきはがっしりしているが、片脚が悪いのか、杖をついた禿頭の男と、もう一人は小学生のような背丈の小男だった。背は小柄でも、人相はずる賢そうで、やけに老けていた。そういう病気にちがいない。
杖をついた方が沖を眺めながら、
「まさにナガレボトケと同じ効果をもたらしてくれたよ、あの女たちは。死してエビスとなってくれて、ありがたく思うておる」と言い、低く笑った。
小男が足をとめて、禿頭を見あげた。
「儀兵衛さん、いくらなんでもひどすぎやしませんか。あの女たちに非はなかったはずですぜ。なのにここに捨てるなんて、手をかけたも同然です。それとも最初っから、エビスにするために計画したわけで? 現にここは村の隠し場所でもあるわけだから、一石二鳥ですが」
「馬鹿言え。成り行きでそうなっただけにすぎん。偶然のたまものよ。いずれにせよ、寄りくるものはエビスさまが遣わせた。神仏の思し召しだ」
「連中は生きていたじゃないですか。命乞いをしていた。あっしはときどき心を痛めるときがあるんです。いくらなんでも不帰浜のためとはいえ、自分の利益しか考えてないのかと」
「時代が悪いんだ。おれたちゃ、生きてくのに精一杯なんだよ。こうでもしないと、村の存続があやうい。おれはな、嘉平」禿頭が杖を砂地に突き立てた。「よかれと思って、女どもを見捨てた。かくまうわけにはいかなかった。かくまうことによって、いらぬ飛び火が村に降りかかることもある。それをまえもって防いだ。そうだと思いたい」
「よりにもよって、ここなんかに」
「いいや」と、頑迷に首をふった。「女どもはエビスになってくれるため、わざわざ異界からいらっしゃった。そう信じろ。これを祀らずしてどうする。死んだ犬猫みたいに放置するよりか、埋葬してやれば霊魂も安らぐってもんだ。そしておれたちにも恵みがもたらされる。事実、そうなった。感謝したいほどだ。だから今夜だけじゃなく、ときどき供養しにきてやろう、な?」
「あなたは自分に都合のいいように解釈しているだけにすぎない」
「なんとでも言え」と、しまいに禿頭はそっぽを向いて、ふてくされたように言った。「おまえ、そもそも女たちが何者か、わかってたのか?」
「わかっていたつもりです」と、小男が腕組みして、得たり顔で言った。「あの恰好は、内地の人間じゃないです。言葉もなまりがありましたしね。おおかた、南方から流れてきたんでしょう。どんな理由があったかまでは存じません。しきりに助けを乞うていたことを察するに、なにかに追われていたのかもしれませんね」
「あれはな、嘉平」と、禿頭は我が子に言い聞かせるように辛抱強く言った。「巫女の集団だった。神に仕える身分だ。それもかなり位が上の。うわさじゃ向こうでは、政を司る男たちよりも巫女の地位は高いそうだ。おそらく琉球王国から流れてきたんだと思う。内地へ向けて北上したはいいが、途中、荒天にあい、対馬海流にのって迷走してきたんだろう。どんな事情があったかまでは知らん。もしかしたら、なんらかの権力から逃げてきたのかもしれん。なんにせよ、そんなのをかくまった日にゃあ、おまえ、こっちまでとばっちりを受けちまう。ああするよりしかたなかった」そこまで言って、言葉を切り、懐中からキセルを取り出し、火をつけ、うまそうに一服した。「成り行きとはいえ、巫女によるエビスか……。効果てきめんだったな。しかも九人分ときた。当分、不帰浜はこの霊威の恩恵にあずかることができる。嘘のような豊漁が続いて、かえって気味が悪いぐらいだ」と言って、喉の奥で笑った。
粂田はなんとなく事情が飲み込めてきた。
女郎蜘蛛の化け物は、素性のわからない九人の老女たちを島に置き去りにし、恨みを飲んで死後、変化したものなのかもしれない。
北側の絶壁をよじ登っていた人間の姿をしていたのも、形こそちがえど怨みの残滓みたいなものだろう。
老女たちは青森の恐山で口寄せなどを生業としているイタコに似た者にちがいない。
たしか現代でも、沖縄・奄美地方では巫女や神女と呼ばれる集団がいると聞いたことがある。
どんな理由で南方から流れてきたのかまでは推し量りかねるが、いずれにせよ不帰浜に漂着した。
巫女たちは衰弱しており、命を請うたはずだ。それを助けることなく卒塔婆島に置き去りにしたのだ。
とはいえ、置き去りにすることでエビスやカンノンなどの『効果』や『霊威』が、なにを意味するのかまでは知る由もない。
さっきは部屋の灯りを消すように、瞬間的に老女たちの時空の澱はかき消された。
不帰浜のことを快く思わない掠里集落の者たちと思われる五人組も過去の再現映像にすぎなかった。
とすれば、この儀兵衛と名乗るリーダー格と、その舎弟、嘉平も同様であるはずだ。そこに粂田は介在しないも同然のはずだ。
粂田は強気に出た。
祠の陰から立ちあがると、二人に向かって堂々たる態度で立ちふさがった。
手にはナイフ。
月光を冷たくはね返した。
とたんに南側から歩いてきた二人は、腰がひけた様子で立ち止まった。
「……なんでえ、おまえは」と、嘉平が素っ頓狂な声で叫んだ。
「勝手に卒塔婆島にあがるたあ、しきたりも知らねえ不届き者だな。どこの村の差し金だ」儀兵衛がキセルを吹かしながら言った。片手は懐に入っている。「なんちゅう髪の毛をしてやがる。しかも、巨人みたいに背が高けえとは……。まさか、異国の人間か? どうだ、言葉はわかるか?」
「おめえらは本物かよ。とんだ見込みちがいだったな」と、粂田はうめいた。これまでの法則は当てはまらなかったようだ。引っ込みがつかなくなり、覚悟を決めるしかなかった。「おめえらこそ何者だ。黙って聞いてりゃ、ずいぶんあくどいことをしたようだな。おれも人のことが言えたことじゃねえが、あんたらの方がはるかに悪党じゃねえか」
「ほ」嘉平が胸を押さえた。「見てくれは妙ちきりんだが、いちおう日本人らしいな。てっきり、ディダラボッチが現れたのかと思ったぜ」
「おかしな恰好してるのは、どういうつもりか知らんが、なんにせよおれたちを見られたあげく、話まで聞かれたとあっては、ちと旗色が悪くなるぜ、おまえさんの立場がな」と、儀兵衛が凄んだ。
「なら、おれを消しにかかるか? おれの命、とると。あ?」粂田は鳥の巣みたいなアフロをかいて、踏み出した。「そうだ。ひとつ、教えてくれ。いたるところにある祠――そこらじゅうに隠した人骨やミイラはなんだ? カンノンだのナガレボトケだの、どういう意味だ」
「見ちまったのか、おまえさんは。卒塔婆島伝説に怖れることなく、のこのこやってきて、せっかくの擬装をあばいちまったか」
「擬装だと?」
「おおかた掠里から寄こしたやくざ者かもしれませんぜ。夜中に偵察させ、あわよくばエビス盗みを働こうとしたにちがいありませんや」と、嘉平は儀兵衛に耳打ちした。「ひょっとしたら、奴ら、うすうす感づいていたのかも」
「おうおう……筒抜けだぜ。やくざ者は当たりだな。昔取った杵柄だが。エビス盗み。エビスって、七福神の一人じゃないのか? 商売繁盛、五穀豊穣をもたらすとか言われてる神さまのことじゃねえのかよ。それとも、もっとちがう意味合いがあるのか? なぜ、それを秘密に祀ったり、奪いあったりするんだ? そんなので漁にめぐまれるとか、どういうこった」
「驚いた。エビスを知らずして、島にあがるとは」と、儀兵衛があきれた口調でせせら笑い、キセルの雁首につまった刻みタバコの滓を叩き出した。「どうせ死ぬんだ。いま知る必要もあるまい。……いいや、それとも、せっかくだ。おまえさんもエビスとしてここに祀られてみるか。なんだったら、不帰浜のために使役させてやるぞ」
「よくわからんが、やなこった!」
言うと、粂田は砂地を蹴って前進し、まわし蹴りを放った。
儀兵衛と嘉平は左右にわかれ、それをかわした。
かわしたところに、粂田はすかさずナイフをフェンシングのように二度三度と閃かせた。
儀兵衛は地面をころがって距離をとった。
嘉平は顔を押さえ、化鳥のような絶叫をあげた。
鼻の真下に横一文字の切り傷がぱっくりあいていた。
月夜のなかで放血させ、卒塔婆をなぎ倒しながら悶絶した。
「どうよ、やるだろ。刃物使うとなりゃ、ためらってちゃ相手に傷を負わせられないんだぜ。ボヤボヤしてたら自分がやられちまう」
「堅気じゃねえな。その得物の使いっぷり」
のたうちまわる嘉平を尻目に見ながら、儀兵衛が起きあがって言った。
手にしていた杖を水平にかまえ、両手で左右に引っ張っると青い刀身があらわれた。
仕込み刀。




