春 4
窓の向こうにのどかな田園風景が広がる。
撮影機材諸々を積んだ中型のロケバスで、俺とのぞみさんはとある関東の山あいへと運ばれていく。
最近はマジビビりする(やっぱりバレてる)のぞみさんのリアクションも人気ながら、何をやらせてもあんまり動じず、それなりにこなしてしまう俺を慌てさせたいという魂胆がみえる企画が増えてきたように思う。
今回の企画は山のふもとにある民家で田舎暮らしを体験させるというもの。他にもスタッフがいて、常にカメラで撮られているとはいえ、俺も男なのにのぞみさんは本当にこの撮影に参加して良かったんだろうか。事前の会議室での打ち合わせ以来、俺が考えていたことだ。
会議室には珍しくのぞみさんのプロダクションのマネージャーも同席していた。
企画内容を番組スタッフが説明しても、のぞみさんのマネージャーは「なんでもやりますのでよろしくお願いいたします」と答えていた。反面、庄司さんは「番組の企画とはいえ、うちのタレントを女の子と同じ屋根の下で寝泊まりさせるなんて、カオルのイメージが悪くならないか、何かあったらどうするのか」と難色を示していた。
何かあったらって、何かするのは俺の方なんじゃないかな~なんて思ったけれど黙っていた。まあ不自由しているわけじゃないし見境なく襲う趣味はないしね。
「番組としては視聴率が好評なら『田舎暮らし』企画をしばらく続けていきたいと思ってます。今回のロケの予定は三日間です。お二人とも多忙と思いますので、途中別の仕事で抜けていただいてもいいのですが……」
と、撮りたい場面とスケジュールの打ち合わせに入る。
正面に座るのぞみさんは、オフタイムのようなカジュアルな服装で真剣に資料を読んでいた。時おりお腹をさする様子をみせることに気付いた。朝ごはんを食べて来れなかったのだろうか。それも仕方がないのかもしれない。ロケの集合時間は早かったからね。でもそういう時、体調を調えてくるのが当たり前なんじゃないかなと、ついプロ意識について考えてしまう。そういう考えに至ってしまうのは、誰よりプロ意識が高い翔を常に側で見ていたからだろうか。まあ、翔も由紀ちゃん絡みの事で暴走したことがあるけどね。それでも仕事を疎かにしたことはないもんなぁ。
そしてロケバスは、ようやく山近くに建てられた民家に到着した。
カメラさんと音声さんと照明さんという僅かな人数のスタッフさんが、これから俺たちが田舎暮らしをする民家に入っていく。
ADさんは、地元のこの家の持ち主だという男性を俺たちに紹介した。
日焼けしてほっそりとした年配の男性の横に、背が低くてふっくらとした女性が立つ。
「カオルさん、のぞみさん。今回のロケでお世話になる大家さんの宮川さんです」
「よろしくお願いします」
礼儀正しく礼をすると、宮川さんたちは相好を崩した。
「一昨年まで住んでたけども、雨漏りやらなんやら大変だけども、まあ適当に直してくれていいから。畑も荒れ放題だけども、まあ好きに使ってください」
「しかしまあ、こんな田舎にねぇ。おほほ。カオルさん、あとでサインもらっていいですか。娘がファンだもんで」
「喜んで。今回は撮影のご協力ありがとうございます」
「宮川さん、サインはいいですけど、事前にもお話させて頂きましたが、ここにK'sのカオルさんと新感線ののぞみさんが来てるのは、オフレコってことでお願いします」
「わかりました」
そしてロケは始まった。
水道の蛇口から水は出ないけど、裏庭に現役で使える井戸がある。トイレはあるけど水洗ではなく、電気は通っておらず、お風呂も煮炊きもどうするんだこれの状態で始まる。季節は初夏といってもいい気温なので、まともな布団がなくても風邪は引かないだろうけれど。
のぞみさんと作戦会議をするために向き合った。
「ええと、三日間はなんとかしなきゃいけないんだよね」
「そうですね……」
のぞみさんがお腹をさすりながら同意する。
「お腹減ったよね。何か食べ物見つけて来なくちゃね。あー、でも水汲みが先かなぁ」
ちなみに食べ物が何も手に入らなかった場合、番組が用意した救済カードが使える。でも罰ゲームっていうかペナルティがつく。あんまりいい予感がしないのでなるべく使いたくないなぁ。
「私、食べ物探してきますよ」
「えー、大丈夫?」
正直言って俺も山の中の恵みが食用なのか、そうじゃないのか判別する自信はない。
「田舎育ちなので任せてください」
「そう? じゃ、俺は水を汲んでおくね」
番組が用意した、どこの農家のおばちゃんだ? っていうような大きな駕籠を背負ってのぞみさんはふらふらと出かけたのを見送る。ハンディカメラを持ったスタッフが付いているから大丈夫でしょう。
さて、と俺は井戸へと移動した。
滑車で汲むタイプの井戸だったら大変だなぁと思いつつ家の周りを歩くとすぐにそれはあった。小さな屋根が付いたポンプ式の井戸。
「んー、たしか呼び水? みたいなの入れるんだっけ? あれ? どうするんだ?」
試行錯誤のうえ、なんとか飲み水を確保する。っていうか、これ飲んでいいんだよね?
桶に入れて家に運び入れ、水瓶に移す。そうか、冷蔵庫もないんだっけ。
ちなみにいくら田舎の家でも電気がきてないってことはない。外に電柱はあるし、部屋の隅にはスイッチもある。ただ電気が通っていないだけ。
木の床に埃がたまっているのに気付いて、家じゅう捜索して座敷箒と雑巾を見つけた。こんなこと家じゃしないのにな、なんて思いながら家の奥から掃き、雑巾で水拭きする。経年で黒くなった床に艶が出て来て、なんともいえない満足感を得る。
そうこうしている間に、のぞみさんが戻ってきた。どうやらあっちも農家の手伝いをして野菜をもらってくることに成功したらしい。葉っぱ付きの夏大根とトマトときゅうりが大きな籠に入っていた。
「……川で魚とか獲ってきた方がいいのかな」
「え、そんなことできるんですか」
「いや、やったことないけど」
なにせ都会っ子だもので。
「サラダ……ならできるかもしれないけど、煮るなら薪割りからしなきゃだね」
「薪割りやってみます」
「いや、危ないから俺がするから」
男らしい方向に張り切っているのぞみさんから鉈を取り上げるのにまた一苦労だった。
とまあ、カメラが回っている前では張り切っていたのぞみさんだけれど、フレームアウトすると疲れた様子をみせる。ちょくちょくトイレにも行っているようだし、体調が優れないんだろうか。
そして、なんとか大根の味噌汁ときゅうりとトマトのサラダと、そこまで鬼になれなかった番組が用意してくれた米と調味料のおかげで夕食ができた。あんまり食欲はないみたいだけど。
「ずっとやるなら畑を耕して種を撒くって手もあるけどね」
「それいいですね」
スタッフさんの声に思わず苦笑いを浮かべる。
「三日じゃね、さるかにじゃあるまいし」
夜が更けるにつれて、のぞみさんの様子がおかしくなってきた。緊張しているように隅でじっと固まっている。
「安心してくれていいよ」
苦笑しながら声をかけると、びっくりしたようにのぞみさんは顔をあげた。
「えっ?」
「俺、このあと次の仕事があるから、ここに泊まらないってこと。しっかり戸締まりしておくようにね」
布団を敷いて、おやすみなさいの画を撮ったあと、俺と庄司さんはスタッフさんに挨拶をしてから次の仕事のために民家を出た。
タクシーの後部座席に座り、田と畑の広がる景色をヘッドライトの明かりだけでぼんやり眺める。ヘッドライトはやけに明るく、星がたくさん出ていることに気付く。
出かけに見送ってくれたのぞみさんの様子がなぜか気にかかる。何が、と言われても言葉にできないんだけど、ちょっと顔が青白いように見えた。なんだか嫌な予感がする。こういうときの俺の予感はたいがい当たるんだ。飲みに行くつもりなかったのに、なんとなくクラブに顔を出してみようかと思って行ってみたら、背伸びした格好でクラブに入っていく由紀ちゃんを見つけたみたいにね。
「あ……庄司さん、ごめん。スマホ忘れたから戻ってくれない?」
庄司さんは嫌な顔をしたけれど、タクシーの運転手さんに戻るように伝えてくれた。
「急いで取ってきてね、カオル」
「わかった」
妙に焦燥感にかられて、元宮川さん家のガラスがはまったレトロな玄関ドアをたたく。ガシャガシャと結構大きな音がするのに、のぞみさんの反応がない。
「寝ちゃったかな」
「まだ30分も経ってないわよ」
タクシーの運転手さんに待っててもらうように伝えた庄司さんが、俺の横に並んでのぞみさんを呼んだ。その声に作業していたスタッフさんも集まってくる。
「カオルくん、どうしたの」
「すみません、中にスマホ忘れたみたいで取りに戻ったんですけど、のぞみさんの反応がなくて」
「もう寝たのかなぁ」
「早くないですか」
「スマホないと困るでしょ。俺、宮川さんにスペアキーないか聞いてくるわ」
スタッフさんの一人が近くはない宮川さん家に走っていく。っていうか、誰も鍵を預かってなかったのかなぁ。のぞみさんのスマホに電話をかけるスタッフも呼び出し音を鳴らしたまま困惑顔をしている。
こんなに外で大騒ぎしてて、気付かないってことあるかな。いよいよ確信めいた焦りを感じる。なにかあったのかな、のぞみさん。
「おい、なにかあったんじゃないか」
ボソッと呟くスタッフさんの言葉に焦りが伝染していく。こんなとき、翔が主演している舞台の阿笠監督なら、密室殺人の被害者として発見されたりする流れなんだよね。って何を考えているんだか縁起でもない。
その時、エンジン音が聞こえたかと思ったら、白い軽トラックが庭先に停まった。鍵を借りに行ったスタッフさんが宮川さんの運転で戻ってきたんだ。
あ、すんません、鍵預かってました! アホかお前は!と端でコントみたいなやりとりをしている。
ロケの責任者の大江さんが、受け取った鍵を庄司さんに差し出した。
「熟睡してて気づかなかったのなら、それはそれでってことで、一応、女性同士だし、まずは庄司マネージャー、先陣をお願いしていいですか」
「分かりました」
わたくし一応女性ですので、と笑えない冗談を真顔で答え、庄司さんは鍵を受け取った。




