冬 2 【最終話】
本日二話更新です。
「え?」
聞き取れなかったわけではないけれど、私はそれを思わず聞き返した。
翔はグリーンスムージーを一口飲むと、海老とアボカドのサンドイッチを手に柔らかく微笑んだ。夕陽に翔の眼鏡がキラリと反射して、すこし眩しそうに目を細めた。
「まだ聞いてなかったなぁと思ってね。由紀はどこを受験するの?」
「え、えと梅林女子の国文科だけど。それより翔、さっき何て言った?」
「ああ、僕の受験が済んだって話?」
「そうそう」
「なんかチョー有名な大学の名前を聞いた気がするんだけど……」
翔は少し恥ずかしそうにサンドイッチにかぶり付いた。
AO入学なんてずるーーい!
……ってまあ、翔の成績なら一般入試でも受かるんだろうけど、仕事もあるしね、ガッツリ受験勉強なんてしてられないよね。
そして四月、私も無事合格通知を手にし、希望通りの梅林女子大学の入学式を迎えた。
まあもともと女子大志望だったから翔と同じ大学には行けなかったわけだけれども、それでなくても翔の志望大学は私には偏差値が高すぎた。推薦なんて取れるわけでもないし。
高校の時は、学校に来るのが稀でも登校してきたら会えた。だけど、これからはそういうわけには行かない。
本当に遠くなっちゃったなぁ。
……なんてね。
学校帰りにスーパーマーケットに寄って食材を買い、私は入学祝いにもらった合鍵で翔の部屋に入った。
相変わらず忙しく仕事をしているK’s。
最近の翔は舞台や映画といった俳優としての仕事も多いらしい。本当はそちらをやりたかったらしいので、忙しそうにしていながらもイキイキとしている。
カオルはアーティスト一本らしくソロでも曲を出していて、一人でテレビに出ていることも多くなった。
翔からのリクエストで手巻き寿司の準備をしながら、早く帰ってこないかなーなんて若奥様みたいね~って浮かれすぎだな、うん。
お刺身を切ってお皿に盛り、キュウリとしそと卵焼きも細く切った。ラップをお皿にかけて冷蔵庫に入れる。
硬めに炊いたごはんには合わせ酢を混ぜ合わせ、白ごまを散らした。お麩のお澄ましの火を止めて、後は焼肉のたれで味付けした牛肉を焼くだけまでに調えた。
濡れた手を拭き、テレビを点けると夕方のニュースショーがやっていた。
芸能ニュースが始まって、翔が出るかな~と期待しながら、むぎ茶を一口飲んだ。
画面では新商品発表会でCMに出ているK’sの二人が大写しになっていた。新商品をアピールしているK’sはたくさんの写真を撮られている。
『カケルさんに新恋人ができたってきいたんですけど、恋は順調ですか?』
は? シンコイビト?
ナニソレ、オイシイノ?
インタビュアーの質問に私はテレビの前でむぎ茶を吹いた。
カケルの様子を伺っていると、少し照れぎみに目尻が下がる。
そんなカケルに私は嫌な予感がする。
「ええ~、また浮気?」
またと言われるような前科は翔にはないのだが、共演女優からコナをかけられることは多いらしく、たびたび世間をお騒がせする恋人泣かせなカケル。
今度もキッパリと否定するのかと思いきや、なんだか雲行きが怪しい。
『ええ、順調です』
突如フラッシュの光が倍に増えて、テレビを見ていると気分が悪くなりそうだ。テーブル拭きで思わず口を押さえた。
『お相手は一般の方だとか』
『ええ、そうなんです。彼女は恥ずかしがり屋なので、そっと応援してもらえたら嬉しいです』
『ひゃー、お相手の方が羨ましいですね。結婚も視野に? おいくつの方なんですか?』
『同い年です。ええ、結婚はしたいと思ってるんですけど、まずは彼女にプロポーズしてからですね』
始終ニコニコとしながら公共の電波で爆弾発言をかましたカケルをグーでパンチしたい。それはプロポーズも同然じゃないのか、と。本人に言う前にテレビでバラしてどうするよ??
スマホで検索してみてもアイドルの掲示板は、カケルの話題でもちきりだった。
でも意外なことに盛大にノロケたカケルを支持する書き込みが多いのに気付いた。
もちろん嫉妬からくるトゲのある書き込みもある。だけど、アイドルだって人間なんだから恋したっていいじゃないかという声もあった。
そして数時間後、能天気な恋人が帰ってきた。
「ただいまー、由紀来てくれてたんだね。ありがとう!」
「おかえり……」
嬉しいというより、戸惑いの方が大きい私は、出迎えながら不機嫌なのを隠せなかった。
翔は私が来ていることに喜んで、抱きついてくる。
翔の後ろでカオルが苦笑していた。
「あーあ、由紀ちゃん怒ってるよ?」
「え? どうして?」
翔はきょとんとして顔を覗きこんできた。
「カケルが由紀ちゃんにより先に取材でプロポーズしたからじゃない?」
くくくっとカオルが肩を揺らした。
「ごめんね」
「謝らなくていい! もお知らない!!」
嬉しいけど恥ずかしい。恥ずかしいけど、なにより直接先に聞かせて欲しかった。そしたら、そしたら、まだ結婚考える歳じゃないから待ってとか、アイドルが夫だなんて浮気に怯える日々は嫌だとか言えたのに。
牛肉はまだ焼いてないけど知らないっ! と、鞄を持って部屋を飛び出した。
「由紀っ!」
翔とカオルが上がった来たばかりのエレベーターは、直ぐに開いた。乗り込んだ私に続いて追いかけてきた翔がエレベーターに乗り込む。
「ごめん、由紀。でも結婚したいと思ってる気持ちは本当だから」
「謝らなくていいって言ってるでしょお!」
「うん、だけど。……じゃなくて、えっと、ずっと由紀には俺の側にいてほしいんだ。今でも由紀を不安にさせているのが分かってるんだけど、由紀のいるところに帰りたいなって……ダメ?」
大男がダメ? とかカワイコぶるなぁ!!
「……それだったら、べつに結婚までする必要ないでしょ? 今日みたいにちょこちょこ来るのでもいいじゃない」
シュンとした落ち込みワンコには惑わされない。
何度これでほだされたと思っているのだ。学習能力くらいは備わっている。
「とにかく、私はまだ結婚したくないから」
「将来的には?」
「……考えとく……」
エレベーターの中で翔の腕に囲われるようにして立っているこのシチュエーションは危険だ。顔を見たらほだされると下を向いたら、顎クイで上を向かされた。
こ、これは……。
いつかのガムのCMみたいだと思ったときには、翔の唇が私の下唇を捕らえていた。
そして、いつの間にか音もなくエレベーターは一階エントランスホールに着いて、観音扉が開いていた。
厳重に警備されているから、入ってこられないとはいえ、エントランスの扉は一部がガラスで出来ていて……そのガラスに押し付けるようにしてたくさんのカメラ、テレビカメラ……。
ブワッ! っと今まで浴びたことのないフラッシュに私たちは包まれた。
「え……?」
「あーあ、これ、鎮めようと思ったら、もう覚悟を決めて籍入れちゃうしかないよね」
翔がカケルの顔で綺麗ににっこり微笑みかけた。
謀られたーーー!!
これにて「コイビト(仮)」を完結とさせていただきます。
ここまでお付き合いくださいましてありがとうございました。




